南アフリカは、アフリカ大陸の最南端に位置し、東はインド洋、西は大西洋に囲まれた、豊かな自然と資源を有する国である。沿岸部はケープタウンを中心に、いくつもの見どころや観光地が続く。ひとたび内陸部に入れば、クルーガー国立公園を筆頭に数多くの国立公園や自然保護区が各地で見られる。
大自然の美しさを各地に残しつつ、ダイヤや金の発見によりゴールドラッシュ、ダイヤモンドラッシュが沸き起こり、経済的にもアフリカ大陸最大の国となった。そんな南アフリカだが、アフリカで最もアフリカらしくない国といわれている。それは、白人による国の中枢支配の歴史がほんのひと昔前まであったことが影響を及ぼしたと、考えられる。しかし、それが悪いことだけではなかった、と思いたい。南アフリカがここまで発展したのも、早いうちから歴史の表舞台に登場することにより、アフリカとも、ヨーロッパとも違う独自の文化を育んできたからだと思う。悲しい歴史や、忌むべき事柄も数多く起きた。しかし、そのすべてを乗り越えて、南アフリカは一丸となって新しい時代を歩んでいるのだ。
知れば知るほど奥が深く、旅行者の心を惹き付けて止まない国、南アフリカ。その魅力を大自然とともにゆっくり堪能してみよう。
〔 写真:テーブル・マウンテンから見るケープタウンとライオンズ・ヘッド〕
南アフリカの概要
国名
南アフリカ
正式国名
南アフリカ共和国 Republic of South Africa(英語) Republeik van Suid Afrika(アフリカーンス)
国歌
South Africa National Anthem
特にタイトルはなく、1994年にマンデラ前大統領の就任を機に、以前の国歌「die steam」に黒人の間で歌われていた「Nkosi sikele'Africa」を半分ずつ歌うことに制定された。前半がズールー語とソト語、後半がアフリカーンス語と英語。
面積
121万9090km2 (日本の約3.2倍)
リンポポ、ムプマランガ、ハウテン、ノース・ウエスト、フリー・ステート、クワズル・ナタール、北ケープ、西ケープ、東ケープの9つの州に分けられている。
人口
約4785万人(2007年)
首都
プレトリアPretoria(行政府)、ケープタウンCape Town(立法府)、ブルームフォンテンBloemfontein(司法府)の3都市。ちなみに南アフリカ最大の経済都市にして国際空港もあるヨハネスブルグJohannesburgを首都だと勘違いしている人も多いが、ここは経済の中心地に過ぎない。
元首
ジェイコブ・ズマ大統領
政体
共和制(独立1961年)
民族構成
コーサ、ズールー、ソト、ツワナなどのアフリカ先住民族79.6%、ヨーロッパ系(アフリカーナー、イギリス系など)9.1%、カラード8.9%、インド系2.5%
宗教
キリスト教(オランダ改革教会、メソディスト、アフリカ独立教会など)79.8%、イスラム教1.5%、ヒンドゥー教1.2%、ユダヤ教など。ほかにも、各部族の伝統的な自然崇拝などがある。
祝日・祭日
2010年
1月1日 元日
3月21日 人権の日
3月22日 人権の日振替休日
4月2日 ※グッドフライデー
4月5日 ※イースターマンデー
4月27日 自由の日
5月1日 メーデー
6月16日 青年の日
8月9日 婦人の日
9月24日 文化遺産記念日
12月16日 和解の日
12月25日 クリスマス
12月26日 親善の日
12月27日 親善の日振替休日
※は年によって変動するので注意。
歴史
南アフリカ西部の先住民はコイ・サン系、東部の先住民はバントゥー系だったが、1652年にオランダ人の入植が始まりケープ植民地を造った。以後フランス、ドイツから移民が続き、オランダ語から生まれた独特の言語を話すアフリカーナーを形成した。イギリスの支配が強まり、ついに1814年、ケープタウンがイギリス領になると、イギリスの支配を嫌ったアフリカーナーたちは内陸部へ移動し、トランスバール共和国やオレンジ自由国を建設した。この間、アジア各地から移入した奴隷や先住民、また白人との間にカラード(混血)が出現した。今でもケープ地方にはカラードが多く、またクワズル・ナタール州にはサトウキビ畑の労働者として移住させられたインド人の子孫が大勢暮らしている。
19世紀末にアフリカーナーが金とダイヤモンドを発見、その産地の支配権を巡り、イギリスとの間にボーア戦争(1899~1902年)が起こった。戦争に勝ったイギリスは、1910年にアフリカーナーの地域を自治領の南アフリカ連邦として統合、独立させた。
1948年にアフリカーナーの国民党(NP)が政権を樹立、アパルトヘイト(人種隔離)体制を築いたが、国際社会から非難されたため、1961年にイギリス連邦を脱退し共和国となった。世界から孤立して人種差別政策を維持、反政府運動を弾圧してきたが、1989年に大統領になったデクラークはアパルトヘイト撤廃政策を進め、1990年にアフリカ民族会議(ANC)元議長ネルソン・マンデラを、1991年には全政治犯を釈放した。1994年の初の全民族参加による総選挙によって、ANC主導の民主政府が成立し、ネルソン・マンデラが大統領となった。1996年、あらゆる差別を明確に禁止した新憲法が公布されたが、治安の悪化と経済状態の是正が今後の大きな課題である。
1999年6月には2度目の全民族参加による総選挙が行われ、ネルソン・マンデラに代わって、ターボ・ムベキ大統領が就任した。
2010年には、サッカーのワールドカップが開催される予定だ。
その他
【物価】日本の7~8割程度と考えればいい。ただし、これは日本並みの快適さを求めればのことで、庶民の使うミニバスや市バスを使い、露店で食事をすれば5割程度の出費で済む。ドミトリー(相部屋)形式の宿に泊まり、自炊をすれば1日3000円以内に抑えられる。
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