飛行機がブリュッセル空港に近づいて高度を下げ始めると、森や牧草地、整然と耕された畑、そしてその間に赤レンガでできたおもちゃのような家々が見えてくる。幼い頃絵本で見たヨーロッパの風景にそっくりだ。そして空港内に入り、各種標示がベルギーの国語であるフランス語、オランダ語、ドイツ語で記されているのを見て、この国の複雑な言語事情を実感することだろう。
現在のベルギーの言語境界線や文化の原形が作られたのは、ローマ時代にまでさかのぼる。ベルギーはおもにフランデレンとワロンのふたつの民族によって構成されている国家だ。フランデレン人はシーザーのガリア征服の際ゲルマンの領域に留まった民族で、オランダ語の方言であるフランデレン語を話す。
一方のワロン人はローマ領としてラテン化し、ラテンの言葉であるフランス語を話す(ワロン語も存在するが、日常的に使われているのは完全にフランス語である)。なお、第1次世界大戦後にベルギーとなったかつてのドイツ領に住む人々は、ドイツ語を母語としている。1830年にオランダから独立して以後、フランデレンとワロンの両民族は、言語戦争と呼ばれる対立を繰り返しながらも、現在の豊かで安定したベルギーを築き上げてきた。
フランス、ドイツ、オランダ、ルクセンブルクと国境を接し、ドーバー海峡によってイギリスと通じているベルギーは、“ヨーロッパの心臓”と呼ばれている。首都ブリュッセルは、EU本部やNATOなどの機関が集まるヨーロッパきっての国際都市である。これには地理的な条件もあるが、何よりベルギーがゲルマンとラテンというヨーロッパの2大民族の融合した国であるというのも、大きな要因となっているのだ。ゲルマンとラテンの文化がたくみに調和したこの小さな国ベルギーは、ここを訪れる私たちの心に、ヨーロッパの人々が長い歴史のなかで大切に造り上げてきたものが何であるかをしっかりと刻み込んでくれる。そして外国に侵略された歴史が長いだけに、外国人には開放的で親切だが、自分たちの生活や伝統を頑として変えない一面ももっている。
ベルギーを訪れることなくしてヨーロッパを語ることなかれ、というのは大げさだとしても、ヨーロッパを知りたかったらベルギーを見るのが最も近道だとはいえそうである。
現在のベルギーの言語境界線や文化の原形が作られたのは、ローマ時代にまでさかのぼる。ベルギーはおもにフランデレンとワロンのふたつの民族によって構成されている国家だ。フランデレン人はシーザーのガリア征服の際ゲルマンの領域に留まった民族で、オランダ語の方言であるフランデレン語を話す。
一方のワロン人はローマ領としてラテン化し、ラテンの言葉であるフランス語を話す(ワロン語も存在するが、日常的に使われているのは完全にフランス語である)。なお、第1次世界大戦後にベルギーとなったかつてのドイツ領に住む人々は、ドイツ語を母語としている。1830年にオランダから独立して以後、フランデレンとワロンの両民族は、言語戦争と呼ばれる対立を繰り返しながらも、現在の豊かで安定したベルギーを築き上げてきた。
フランス、ドイツ、オランダ、ルクセンブルクと国境を接し、ドーバー海峡によってイギリスと通じているベルギーは、“ヨーロッパの心臓”と呼ばれている。首都ブリュッセルは、EU本部やNATOなどの機関が集まるヨーロッパきっての国際都市である。これには地理的な条件もあるが、何よりベルギーがゲルマンとラテンというヨーロッパの2大民族の融合した国であるというのも、大きな要因となっているのだ。ゲルマンとラテンの文化がたくみに調和したこの小さな国ベルギーは、ここを訪れる私たちの心に、ヨーロッパの人々が長い歴史のなかで大切に造り上げてきたものが何であるかをしっかりと刻み込んでくれる。そして外国に侵略された歴史が長いだけに、外国人には開放的で親切だが、自分たちの生活や伝統を頑として変えない一面ももっている。
ベルギーを訪れることなくしてヨーロッパを語ることなかれ、というのは大げさだとしても、ヨーロッパを知りたかったらベルギーを見るのが最も近道だとはいえそうである。








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