レバノンの国名はセム語で山の色を表す「白」を意味している。冬には2000m級の山々が雪に覆われ、夏にははるか遠くにその石灰岩の斜面が白く光る姿がこの国を象徴しているためだ。
古くから数多くの王や将軍がこの土地の支配に成功したとき、自らの勝利に酔いながら永遠の統治を願ってカルブ川のほとりに碑文を残した。世界が地中海を中心に動いていた頃、この土地を制することは世界を制することであったからだ。
国土の豊かさ、気候の温暖さにおいて、ほかの中東諸国の追随を許さないレバノンは「中東のスイス」とも呼ばれ、アラブ諸国のなかで唯一、不毛の砂漠がない国として、湾岸をはじめ近隣諸国からの避暑地として、また東西の貿易の中継点として繁栄の極みにあった。しかし、かねてから鬱積していた各宗教間の力関係の不均衡が原因となり、1970年代に内戦へと発展した。
暗いニュースが続くなかで、レバノンといえば物騒な国というレッテルを貼られてしまった感がある。だが、その後の治安は著しく、観光という意味では長く忘れられていたこの国も、南部を除いては多くの観光客を引き寄せるほどに返り咲いた。
レバノン観光の3Bと称されるベイルート、ビブロス、バールベックをはじめ、見どころは多く、国内にはフェニキア、ギリシア、ローマほか各時代の遺跡が点在し、最近は観光名所の再オープンが相次いでいる。
ただ、現在でも続くイスラエルとパレスチナの問題はこの国の人々にも重くのしかかっており、特に南部では戦闘行為の危険性が高い。首都のベイルートには70年代の内戦、80年代のイスラエル侵攻、そして2006年のイスラエルによる空爆によってできた廃墟が残る。これらを見ると、遠い国の争いごととして忘れ去ってはいけないと、強く訴えかけてくるように感じる。レバノンの旅行は、すばらしい文化的遺産と根強く残る文化や宗教の争いを身近に感じる感慨深い旅になるはずだ。
〔 写真:緑の多いバールベック周辺〕
古くから数多くの王や将軍がこの土地の支配に成功したとき、自らの勝利に酔いながら永遠の統治を願ってカルブ川のほとりに碑文を残した。世界が地中海を中心に動いていた頃、この土地を制することは世界を制することであったからだ。
国土の豊かさ、気候の温暖さにおいて、ほかの中東諸国の追随を許さないレバノンは「中東のスイス」とも呼ばれ、アラブ諸国のなかで唯一、不毛の砂漠がない国として、湾岸をはじめ近隣諸国からの避暑地として、また東西の貿易の中継点として繁栄の極みにあった。しかし、かねてから鬱積していた各宗教間の力関係の不均衡が原因となり、1970年代に内戦へと発展した。
暗いニュースが続くなかで、レバノンといえば物騒な国というレッテルを貼られてしまった感がある。だが、その後の治安は著しく、観光という意味では長く忘れられていたこの国も、南部を除いては多くの観光客を引き寄せるほどに返り咲いた。
レバノン観光の3Bと称されるベイルート、ビブロス、バールベックをはじめ、見どころは多く、国内にはフェニキア、ギリシア、ローマほか各時代の遺跡が点在し、最近は観光名所の再オープンが相次いでいる。
ただ、現在でも続くイスラエルとパレスチナの問題はこの国の人々にも重くのしかかっており、特に南部では戦闘行為の危険性が高い。首都のベイルートには70年代の内戦、80年代のイスラエル侵攻、そして2006年のイスラエルによる空爆によってできた廃墟が残る。これらを見ると、遠い国の争いごととして忘れ去ってはいけないと、強く訴えかけてくるように感じる。レバノンの旅行は、すばらしい文化的遺産と根強く残る文化や宗教の争いを身近に感じる感慨深い旅になるはずだ。
〔 写真:緑の多いバールベック周辺〕








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