アラビア半島の南東部を占めるオマーン。アラブ首長国連邦と国境を接する北部は、険しいハジャル山地が海岸線に沿って連なり、ペルシャの支配時代に築かれたファラジュ(灌漑)や地下水を利用した農業が盛んに行われている。7世紀以降、ソハールの港はアラビア半島随一の規模を誇り、ここを拠点としてアフリカから中国の広東にかけて広範囲の交易が行われた。「アラビアン・ナイト(千夜一夜物語)」に語られた船乗りシンドバッドはソハールの港から出港したとされ、海のシルクロードをまたにかけた船乗りたちの伝説は当時のオマーンの隆盛ぶりを今に伝えている。また、南部のサラーラを中心とするドファール地方は、亜熱帯性気候のため、モンスーンなど北部とはまったく違った気候が見られる。特にモンスーンが去ったあとのドファール地方は一面が緑に覆われ、花が咲き乱れる美しさはたとえようもない。
1970年に現在のカブース国王が政権を奪取するまで、保守的な鎖国政策をとってきたオマーンだが、国王の即位と同時に積極的な開国政策を展開している。政治、経済、外交など、あらゆる改革を推進したことにより、オマーンはアラブの監視役としての地位を確立。イエメンの内戦時には積極的に調停に乗り出すなど、中立の立場からアラブを注視している。また、改革の一方で、オマーンは伝統的な文化遺産の保存にも力を入れている。官庁に勤める職員は民族衣装の着用が義務となっているほか、砦や古い住居の遺跡などの保存修復を進めている。
クウェートやドバイからやってきて、アラビア随一といわれるマトラのスークを歩いて感じるのは「ああ、やっとアラブに来たのだなぁ」ということ。郊外には手付かずの大自然も残されている。近代国家としての道を歩みながらも、よきアラブの姿を守りつづけるオマーンに「魅力」を感じずにはいられない。
〔 写真:モスクの装飾〕
1970年に現在のカブース国王が政権を奪取するまで、保守的な鎖国政策をとってきたオマーンだが、国王の即位と同時に積極的な開国政策を展開している。政治、経済、外交など、あらゆる改革を推進したことにより、オマーンはアラブの監視役としての地位を確立。イエメンの内戦時には積極的に調停に乗り出すなど、中立の立場からアラブを注視している。また、改革の一方で、オマーンは伝統的な文化遺産の保存にも力を入れている。官庁に勤める職員は民族衣装の着用が義務となっているほか、砦や古い住居の遺跡などの保存修復を進めている。
クウェートやドバイからやってきて、アラビア随一といわれるマトラのスークを歩いて感じるのは「ああ、やっとアラブに来たのだなぁ」ということ。郊外には手付かずの大自然も残されている。近代国家としての道を歩みながらも、よきアラブの姿を守りつづけるオマーンに「魅力」を感じずにはいられない。
〔 写真:モスクの装飾〕








メニューリスト→ホテル/宿/旅行→旅行ガイド→地球の歩き方




オマーンツアーを探す
オマーンツアーいくらで行ける?(東京発)



