銀の国、アルゼンチン。神秘と魅惑の響きに惹きつけられたヨーロッパの探検家や征服者たちは、その奥に眠るといわれた銀の財宝を求めてラ・プラタ(銀)川をさかのぼった。
南米大陸において土地が広いということは、驚きに値しない。目の前に広がる地平線がすべて平原だったり、見渡す限りが山脈だったり、向こう側の見えない湖があったり、そんなことは当たり前のこと。アルゼンチンで驚くべきは、南米大陸の大自然すべてがあるということだ。灼熱のジャングルに始まり、365日決して夏が訪れることのない氷の大地まで、国土面積世界第8位の278万400km2、南北3800kmは、旅人が踏みしめる一歩一歩に異なった風景を与えてくれる。
征服者たちによって持ち込まれた500年前のヨーロッパ、おもにスペイン文化が、見渡す限りの草原と先住民文化を覆い尽くしたときから、アルゼンチンは、南米のほかの国とは異なった独自の道を歩み始める。19世紀末から20世紀初頭にかけてのわずか数十年の間、母国スペインだけにとどまらずイタリア、ドイツ、フランスなどのヨーロッパ各国から大量の移民たちが大西洋を越えてやって来た。ヨーロッパ文化をよりオリジナルに近い形で植え付けるために国中に手を加え、そこに違いをもった各国の文化が根を下ろす。さまざまな理由から生まれ故郷を離れた人々は、希望と失望の間をさまよいながら、アルゼンチンを第2のヨーロッパに塗り替えていった。人口の95%以上がヨーロッパ系移民者で形成されるこの国を訪れることによって、いままで南米大陸に抱いていたイメージは180度転換させられるだろう。
首都ブエノス・アイレスは、ラ・プラタ川沿いに位置する大都市。ブエノス・アイレスからチリ国境へかけての西側は、ワインの里として知られるメンドーサや保養地のコルドバといった気候のいいエリアが広がる。ボリビア国境にかけての北側は、灼熱の太陽がむき出しの山肌を照らす乾燥地帯。その中心サルタは、アルゼンチンフォルクローレのメッカであり、タンド流れるブエノス・アイレスとはまったく違った雰囲気がある。そして南緯40度以南を指すパタゴニア地方は、人よりも動物が多いエリア。世界に残された数少ない、大自然を実感できるフィールドだ。
〔 写真:アルゼンチン北部のサルタ周辺〕
南米大陸において土地が広いということは、驚きに値しない。目の前に広がる地平線がすべて平原だったり、見渡す限りが山脈だったり、向こう側の見えない湖があったり、そんなことは当たり前のこと。アルゼンチンで驚くべきは、南米大陸の大自然すべてがあるということだ。灼熱のジャングルに始まり、365日決して夏が訪れることのない氷の大地まで、国土面積世界第8位の278万400km2、南北3800kmは、旅人が踏みしめる一歩一歩に異なった風景を与えてくれる。
征服者たちによって持ち込まれた500年前のヨーロッパ、おもにスペイン文化が、見渡す限りの草原と先住民文化を覆い尽くしたときから、アルゼンチンは、南米のほかの国とは異なった独自の道を歩み始める。19世紀末から20世紀初頭にかけてのわずか数十年の間、母国スペインだけにとどまらずイタリア、ドイツ、フランスなどのヨーロッパ各国から大量の移民たちが大西洋を越えてやって来た。ヨーロッパ文化をよりオリジナルに近い形で植え付けるために国中に手を加え、そこに違いをもった各国の文化が根を下ろす。さまざまな理由から生まれ故郷を離れた人々は、希望と失望の間をさまよいながら、アルゼンチンを第2のヨーロッパに塗り替えていった。人口の95%以上がヨーロッパ系移民者で形成されるこの国を訪れることによって、いままで南米大陸に抱いていたイメージは180度転換させられるだろう。
首都ブエノス・アイレスは、ラ・プラタ川沿いに位置する大都市。ブエノス・アイレスからチリ国境へかけての西側は、ワインの里として知られるメンドーサや保養地のコルドバといった気候のいいエリアが広がる。ボリビア国境にかけての北側は、灼熱の太陽がむき出しの山肌を照らす乾燥地帯。その中心サルタは、アルゼンチンフォルクローレのメッカであり、タンド流れるブエノス・アイレスとはまったく違った雰囲気がある。そして南緯40度以南を指すパタゴニア地方は、人よりも動物が多いエリア。世界に残された数少ない、大自然を実感できるフィールドだ。
〔 写真:アルゼンチン北部のサルタ周辺〕








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