変化に富んだ美しい自然と、黄金郷(エル・ドラード)伝説を生んだ優れたインディヘナ文化と、コロンビアは旅人を魅了する多彩な顔を持っている。さらにこの国の社会やここで生きる人々を深く見つめていくと、南米という世界がハッキリと見えてくる。
豊かさと貧しさ、陽気さと暗さ、支配と服従、寛容と厳格。コロンビアを旅していると、こうした相反するものがひとつに収まっている姿をしばしば目にする。ひとりの人間のなかにも、真面目さといい加減さが同居し、自由の陰に保守的なこだわりが見え隠れする。
コロンビアという国は、南米世界の矛盾と混沌を重く引きずっている国だ。南米大陸の国々は、ヨーロッパによる侵略と略奪、支配といった暗い過去を乗り越えて誕生した。だが、反旗を翻した相手は、元をたどれば自らの祖国であったスペインだ。また、国内に目を向ければ、かつての征服者であった白人と被征服者であったインディヘナの血は混じり合い、ひとつになろうとしている。特にコロンビアは混血度が南米でも極めて高い。それでいて、文化的には今もスペインの影響を色濃く残している。ひとつであるべきものが分裂し、反目し合うものがまたひとつになろうとする矛盾、それをコロンビアという国は内包している。まったく方向の異なるベクトルが、それでも反発せずにひとつの方向に向かって進んでいく、それがコロンビアなのだ。確かに、南米はどの国も多かれ少なかれそうした矛盾を抱えているが、コロンビアは特にはっきりとそれが見えてしまう。そこがコロンビアのおもしろさである。
政治を見ても、なんと150年もの間、保守党と自由党は互いに対立しながら国をひとつにまとめてきた。今日、麻薬組織、ゲリラ組織のテロ活動に社会は混乱しているが、人々の暮らしを見るとさほど動揺した様子がない。街に出てみれば、夜の街角でオカマの売春婦(夫)と親しげに言葉を交わすパトロールの警官がいる。車の追突事故を起こしても、謝りもせず都合のいい言い訳を並べる男がいる。何が正しくて、何が間違っているのかさえわからなくなってしまう混沌の世界がそこにある。また、それでも何とかうまくやっている現実がある。いちいち悩んだり、怒ったりせずに、「まあ、それもいいか」と感じるようになると、途端にこの国は居心地がよくなってしまうのだ。
豊かさと貧しさ、陽気さと暗さ、支配と服従、寛容と厳格。コロンビアを旅していると、こうした相反するものがひとつに収まっている姿をしばしば目にする。ひとりの人間のなかにも、真面目さといい加減さが同居し、自由の陰に保守的なこだわりが見え隠れする。
コロンビアという国は、南米世界の矛盾と混沌を重く引きずっている国だ。南米大陸の国々は、ヨーロッパによる侵略と略奪、支配といった暗い過去を乗り越えて誕生した。だが、反旗を翻した相手は、元をたどれば自らの祖国であったスペインだ。また、国内に目を向ければ、かつての征服者であった白人と被征服者であったインディヘナの血は混じり合い、ひとつになろうとしている。特にコロンビアは混血度が南米でも極めて高い。それでいて、文化的には今もスペインの影響を色濃く残している。ひとつであるべきものが分裂し、反目し合うものがまたひとつになろうとする矛盾、それをコロンビアという国は内包している。まったく方向の異なるベクトルが、それでも反発せずにひとつの方向に向かって進んでいく、それがコロンビアなのだ。確かに、南米はどの国も多かれ少なかれそうした矛盾を抱えているが、コロンビアは特にはっきりとそれが見えてしまう。そこがコロンビアのおもしろさである。
政治を見ても、なんと150年もの間、保守党と自由党は互いに対立しながら国をひとつにまとめてきた。今日、麻薬組織、ゲリラ組織のテロ活動に社会は混乱しているが、人々の暮らしを見るとさほど動揺した様子がない。街に出てみれば、夜の街角でオカマの売春婦(夫)と親しげに言葉を交わすパトロールの警官がいる。車の追突事故を起こしても、謝りもせず都合のいい言い訳を並べる男がいる。何が正しくて、何が間違っているのかさえわからなくなってしまう混沌の世界がそこにある。また、それでも何とかうまくやっている現実がある。いちいち悩んだり、怒ったりせずに、「まあ、それもいいか」と感じるようになると、途端にこの国は居心地がよくなってしまうのだ。








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