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エクアドル エクアドルの基本情報

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日本よりもひとまわり小さいエクアドルには、山あり、海あり、ジャングルあり、さらにあのダーウイン博士の愛したガラパゴス諸島までもがある。国名が示す通り赤道(=Ecuador)直下に位置し、南北約1000kmにわたって走るアンデス山脈によって、その国土をコスタ(海岸地方)、シエラ(中央アンデス地方)、オリエンテ(東部熱帯低地)という3つの気候区に分けられ、この国を訪れる人は、バラエティ豊かな気候を体験することになる。
首都キトに代表されるシエラは、中央アンデス山脈を形成する4000~6000m級の万年雪を頂いた山々に囲まれ、涼風の吹きぬける盆地が点在する。かつてアンデスのフィレンツェとも形容されたこの地方は、年間を通して春のような気候だ。
アンデスをやや下ると、オリエンテとよばれる熱帯樹林に入る。そこは南米大陸に大きく広がるジャングルの北西部入口である。南米ジャングルの代名詞ともいえるアマゾン河は、ここエクアドルに源を発している。また、その近辺では、厳しい自然ゆえ、近代文明との接触を拒絶している部族もいる。
一方、港町グアヤキルに代表されるコスタは、国土の4分の1の面積を占める。気温は年間通して高く、雨期には雨が長時間降り続く。海岸沿いに広がる平野は、緯度ゼロに位置しながらも、太平洋岸を洗う寒流、フンボルト海流によって比較的しのぎやすい気候だ。そのフンボルト海流は、暑いはずのガラパゴス諸島にさえ、ペンギンを棲まわせているのだ。
エクアドルはボリビアに次いでインディヘナの割合が高い国であり、インディヘナおよび混血のメスティソが人口の約90%を占める。しかし、民族衣装の色彩も鮮やかで、ボリビアで見かける人々とは、異なった表情を見せている。赤道直下とはいえ、変化に富んだ地形を持つエクアドルの自然は、非常に多様性に富んでいる。絶滅の危機に瀕した動植物や、エクアドルにしか生息しない動植物も数多くいる。

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エクアドルの概要

国名 エクアドル
正式国名 エクアドル共和国 Republica de Ecuador
国旗 富と太陽と田園を表す黄・空と海を表す青・独立で流された血を表す赤の3色旗で、紋章にはアンデスの鳥コンドル、国内の最高峰チンボラソ山、商船、太陽と黄道などが描かれている。
面積 25万6370km2(日本の約4分の3) 
人口 1376万人(2007年)。南米の中で最も人口密度が高く、都市集中が目立つ。
首都 キト Quito
元首 ラファエル・コレア大統領
Rafael Correa(2007年1月就任。任期は2011年12月まで)
政体 共和制。20の州とキト、グアヤキルからなる。大統領は国民投票によって選ばれ、18歳以上のすべての国民は投票の義務がある。
民族構成 メスティソ(先住民族とスペイン人の混血)60%、インディヘナ(先住民)30%、ヨーロッパ系白人5%、アジア系、アフリカ系ほか5%
宗教 ローマ・カトリックが全体の90%を占め、残りはプロテスタントやイスラム教など。宗教の選択は自由。
祝日・祭日 1月1日 元日
2月中旬~3月上旬 カルナバル
3月下旬~4月下旬 復活祭
3月下旬~4月 聖木曜日
3月下旬~4月 聖金曜日
5月1日 メーデー
5月24日 ピチンチャ戦勝記念日
7月24日 シモン・ボリーバル出生記念日
8月10日 独立記念日
10月9日 グアヤキル独立記念日
10月12日 コロンブスの日
11月2日 死者の日
11月3日 クエンカ独立記念日
12月6日 キト祭
12月25日 クリスマス
歴史 南米で最も古い土器がエクアドルの海岸沿いで見つかっていることから、紀元前3000年頃にはすでに多くの文化が、今のマナビ州あたりを中心に花開いていたとされている。
代表的な文化はバルディビア文化Valdiviaと呼ばれ、プレ・コロンビアに属する。プレ・インカの土器とはかなり異なった、独特な文様の土器や女性をかたどった土偶などが特徴である。それらの土器、土偶は、日本の縄文時代のものと驚くほど似ており、考古学者の間では縄文時代の人々が何らかの形でここにたどり着き、同じ文化を起こしたのではないかといわれているほどだ。
紀元前2000年頃からは、海岸からアンデスの高原地帯にかけて文化は広がり、紀元前500年頃からインカ征服の少し前までに、各地方文化は最盛期を迎える。同時にアマゾン地方の文化も急速に発展し、海岸、山岳、アマゾンの各文化間での貿易も盛んに行われた。
14世紀になると、インカ帝国が急速に拡大し、エクアドルの部族は次々と併合されていった。後にインカ帝国は、北はエクアドルとコロンビアの国境、南はチリ北部にいたるまで南北4000kmを支配するまでになる。
エクアドルを征服したインカ王ワイナ・カパックは、首都キトが好きだった。晩年をキトで息子のアタワルパと過ごしたワイナ・カパックは、自分の死後は、アタワルパがエクアドル(キト)側の支配者、もうひとりの息子ワスカルがペルー(クスコ)側の支配者になることを提案した。しかし、彼が亡くなると、王位継承の争いが起こる。
キト派のアタワルパ軍とクスコ派のワスカル軍の戦いは、1532年、アタワルパ軍の勝利に終わった。ちょうどその頃、フランシスコ・ピサロの指揮するスペイン人がペルーのトゥンベスに上陸する。インカ帝国内の内乱は、スペイン征服者に絶好のチャンスを与えてしまった。
1532年11月、カハマルカでアタワルパが捕まり、インカ帝国は滅亡する。この日を境に、300年にわたるスペイン人による植民地時代が始まる。
植民地時代はペルーとともに、ペルー副王領の一部として統治された。先住民のインディヘナは植民地法によりカトリックに改宗させられ、また18世紀になると、黒人奴隷も連れて来られた。
19世紀に入るとラテン・アメリカ全土に独立の気運が高まり、エクアドルもその旋風に巻き込まれる。1822年には独立の英雄シモン・ボリーバルとサン・マルティンがエクアドルのグアヤキル市で歴史的な会談を行っている。この時の話の内容は明らかになっていないが、その後サン・マルティンはフランスへ逃亡し、独立運動の戦線から離れてしまった。ラテン・アメリカ独立史の最大の謎である。また、ボリーバルはコロンビア、エクアドル、ベネズエラを一国にまとめる“グラン・コロンビア連邦”の夢をいだき、実現に乗り出していたが結局失敗し、3国は別々の道を歩むことになった。エクアドルの大コロンビアからの分離独立は、1830年8月、フアン・フローレス大統領のもとで宣言された。
独立後は保守派(教会派)と自由派(反教会派)による対立、政権争いが続き、特に1960年代から70年代にかけては民政と軍政が入れ替わりをくり返した。また、隣国のペルーとは1941年から1942年にかけ、国境を接するアマゾン地域の領土問題を巡って紛争を起こしている。これが尾を引き、2国間の国境はいまだにはっきりと定められておらず、1995年には国境紛争で多数の死者、負傷者が出た。
最近の情勢も不安定な動きが続いており、2003年1月に就任したグティエレス大統領は緊縮政策の導入や外交面での対米接近を図ったが、任期途中で政権を追われた。2007年1月より国内の貧民層の支持を得てコレア大統領が就任。現在、大統領選挙の公約を推進しているが、国会に支持基盤を持たないため非常に難しい政権の舵取りを課されている。



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