ウルグアイの国名はリオ・デ・ラ・プラタ盆地を形成しているウルグアイ川にちなんで命名された。「ウルグアイ」の語源はグアラニー語で「鳥の住む川」を意味している。
ブラジルとアルゼンチンに囲まれたウルグアイはラ・プラタ川流域の肥沃で広大なパンパ(草原地帯)にある。平均標高は約100mと全体的に平坦で、最も高いミラドール・ナシオナル山でも海抜500mほどしかない。国土は日本の半分の広さ、人口は約346万人ほどの小国だ。大国に挟まれ、歴史的にも大国の思惑に翻弄されながら、スペイン、ポルトガルの植民地支配を受けてきた。その後、1828年に独立を果たすも政情は安定せず、1900年代にようやく安定の兆しが見えるが、1950年代からは再び悪化、1970年代前半から1980年前半までは弾圧的な軍政がしかれることとなる。1985年、ようやく民政へと移行。現在政情は一応の安定を見せている。
主要産業は豊かな大草原地帯を利用した牧畜業。国土の90%以上が牧場である。かつてはヨーロッパ向けの輸出で潤い、模範的なまでの社会保障制度を誇ったが、戦後は工業化への遅れが目立つ。
首都モンテビデオは、対岸のブエノス・アイレスの喧噪をよそにヨーロッパの地方都市のように静かだ。道行く人々もどことなく穏やかで、しっとりとした落ち着きを保っている。1950年代のクラシックカーが現役で走っているし、町なかを馬車が駆け巡り、夜になると哀愁を帯びたタンゴの調べが古びたラジオから流れてくる。レトロ(懐古的)なという言葉がぴったりと当てはまる国である。
ブラジルとアルゼンチンに囲まれたウルグアイはラ・プラタ川流域の肥沃で広大なパンパ(草原地帯)にある。平均標高は約100mと全体的に平坦で、最も高いミラドール・ナシオナル山でも海抜500mほどしかない。国土は日本の半分の広さ、人口は約346万人ほどの小国だ。大国に挟まれ、歴史的にも大国の思惑に翻弄されながら、スペイン、ポルトガルの植民地支配を受けてきた。その後、1828年に独立を果たすも政情は安定せず、1900年代にようやく安定の兆しが見えるが、1950年代からは再び悪化、1970年代前半から1980年前半までは弾圧的な軍政がしかれることとなる。1985年、ようやく民政へと移行。現在政情は一応の安定を見せている。
主要産業は豊かな大草原地帯を利用した牧畜業。国土の90%以上が牧場である。かつてはヨーロッパ向けの輸出で潤い、模範的なまでの社会保障制度を誇ったが、戦後は工業化への遅れが目立つ。
首都モンテビデオは、対岸のブエノス・アイレスの喧噪をよそにヨーロッパの地方都市のように静かだ。道行く人々もどことなく穏やかで、しっとりとした落ち着きを保っている。1950年代のクラシックカーが現役で走っているし、町なかを馬車が駆け巡り、夜になると哀愁を帯びたタンゴの調べが古びたラジオから流れてくる。レトロ(懐古的)なという言葉がぴったりと当てはまる国である。








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