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| トルコ 歴史とロマン紀行 トルコの歴史の舞台を訪ねる10日間 |
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![]() エフェソス遺跡 |
![]() ボスポラス海峡よりイスタンブールを望む |
東西文明の十字路といわれるトルコ。ヨーロッパ大陸とアジア大陸の中間に位置するこの地を舞台に、様々な人が行き交い、様々な文明が出会い、そこからさらに新しい文化が生まれてきました。トルコに最初の統一国家ヒッタイトが現れたのが、紀元前2000年頃。ヒッタイトは鉄と馬を中心とした軍事国家で、紀元前1400年頃にはトルコの大半を支配する王国を築きました。その後、ペルシアによる征服、アレキサンダー大王の支配、ローマ皇帝コンスタンティヌスの支配によるビザンツ帝国(東ローマ帝国)時代、イスラム王朝のオスマン帝国時代を経て、1923年に現在のトルコ共和国となりました。現在でもトルコには幾多の民族が行き交った歴史的遺産や世界遺産が数多く残されています。 |
トルコ歴史紀行の第一歩は、ヒッタイト王国の首都ハットゥシャシュの遺跡から。紀元前13世紀に造られたこの遺跡から、2000kmも離れたエジプトのラメセス2世と取り交わされた平和条約の粘土板が発見されています。 大地から生えた巨大なキノコのような奇岩が不思議な景観を造り出すカッパドキアは、かつてキリスト教徒が弾圧を逃れて住んだといわれる巨大な地下都市。そこには礼拝堂や食料庫まで完備し、数万人が暮らしていたといわれています。 エフェスにはエーゲ海最大のローマ遺跡であるエフェソス遺跡が残されています。24,000人を収容できた大劇場や公共浴場、図書館などの広大な遺跡からは、当時の高度な文明がしのばれます。 アレキサンダー大王の死後、後継者争いで帝国は分裂するが、ギリシアとオリエントの文化が融合したヘレニズム文化が栄えました。後継国家の一つ、ペルガモン王国の首都であったペルザモン遺跡は、代表的なヘレニズム都市として繁栄しました。 |
![]() カッパドキア ![]() パムッカレ |
![]() カッパドキア洞窟内 ![]() エフェソス遺跡 |
![]() ペルガモン遺跡 トラヤヌス神殿 |
![]() エフェソス遺跡ケルスス図書館 ![]() ペルガモン遺跡 |
![]() エフェソス遺跡大劇場 ![]() ペルガモン遺跡・アクロポリス劇場跡 |
![]() トロイ遺跡 |
![]() トロイ遺跡 |
ギリシア最古の叙事詩「イーリアス」に描かれたトロイ戦争を、伝説ではなく史実と信じ、私財を投じて発掘を続け、ついに遺跡を発掘したドイツ人シュリーマン。遺跡の入口には、伝説にちなんだ「トロイの木馬」が復元されています。 |
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| 最後に訪れるのは、東西の文化が接し、そしてまじりあって作られた街、イスタンブール。ボスポラス海峡を境に、西側をヨーロッパ、東側をアジアと呼びます。 古代ギリシアの植民地として生まれ、4世紀にローマ帝国の首都コンスタンチノープルとなって交易・宗教の拠点として発展。東西ローマ分裂の後も、当時のキリスト教世界最大の都市として繁栄しました。 その後、15世紀にビザンツ帝国がイスラム王朝のオスマン帝国に滅ぼされると、イスタンブールと名を変え、オスマン帝国の首都としてさらに繁栄を続けます。旧市街にあるトプカプ宮殿は、400年に渡りそのオスマン朝の歴代スルタン(国王)の居城でした。 また、ビザンツ建築の傑作と言われるアヤソフィアは、ビザンツ帝国時代には帝国最大の教会として建てられました。その後、オスマン帝国時代には最も格式の高いモスクとして転用された、時代の変遷を物語る貴重な建築物です。 |
![]() アヤソフィア |
![]() トプカプ宮殿 |
![]() 地下宮殿/イスタンブール |
![]() グランバザール |
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