芸術家にとって、オーストリアほど創造のインスピレーションにあふれた場所はないだろう。風光明媚な景観やハプスブルク帝国の宮廷文化は、画家や音楽家たちの創作活動に多大な影響を与え、クリムトやモーツァルト、シューベルトなど錚々たる顔ぶれのアーティストを世に輩出した。


しかし、この国にインスパイアされた芸術家はオーストリア人だけではない。ドイツ・ハンブルク出身の作曲家ヨハネス・ブラームスもまた、この国の魅力に惹かれたひとり。毎年夏になるとオーストリアの湖畔や山間部に長期滞在し、余暇を楽しみながら曲作りに励んでいたという。


ここでは彼が愛したオーストリアの避暑地を2カ所ご紹介しよう。

ヨハネス・ブラームス

ブラームスの肖像画©ÖW / Gerhard Trumler

19世紀に活躍したドイツ人作曲家。同じドイツの作曲家バッハとベートーヴェンも「B」頭文字に持つことから、「ドイツ三大B」とも称される。

1833年にハンブルクで誕生したブラームスは、音楽家だった父の影響もあり、幼い頃からピアニストとして才能を開花。20歳の時、同じドイツ人作曲家のシューマンにその才能を認められ音楽雑誌『新音楽時報』で紹介されると、ブラームスの存在は一気にヨーロッパ中に知れ渡った。

1872年にはウィーン楽友協会の音楽監督に就任し、ウィーンへ移住。ウィーンを拠点に欧州各国で演奏することの多かったブラームスだが、毎年夏になるとオーストリア国内の避暑地へ出かけ、英気を養いながら多くの名曲を作った。

オーストラリア

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ブラームスが愛したオーストリアの避暑地 1 ペルチャッハ
Pörtschach

ペルチャッハ © Wörthersee Tourismus GmbH/ Franz Gerdl
かつて「美しい旋律が飛び交っている」とブラームスが表現したヴェルターゼー湖畔。風光明媚な景観と清々しい気候は、彼の創作意欲をおおいに刺激した。

神秘的なまでに美しい
ヴェルターゼー湖畔の景勝地

ペルチャッハはオーストリア南部、ケルンテン州ヴェルターゼー湖畔の北側に位置する小さな町だ。イタリア国境にも近く、ウィーンからは電車で約4時間かかるが、空港のあるクラーゲンフルトからだと15分ほどでアクセスできる。

ブラームスが夏の間、ペルチャッハで過ごしたのは1877年から1879年にかけて。まずこの街の魅力を伝えるために、当時ブラームスがクララ・シューマン宛に書いた手紙の内容を紹介したい。

「ペルチャッハには1日いるだけですぐにウィーンに帰ろうと思っていた。だが、1日目がとても美しかったので2日目も滞在することにした。すると2日目はさらに美しいではないか。私はしばらくここに残ることに決めた!」。

夏の日差しの下でキラキラと輝くヴェルターゼー湖畔は、まるで宝石のエメラルドのように美しい。港湾都市ハンブルクで生まれたブラームスを虜にし、予定外の長期滞在を決意させたのも確かにうなずける。

ペルチャッハ © WörtherseeTourismusGmbH/ Petra Nestelbacher
ペルチャッハ © WörtherseeTourismusGmbH/ Petra Nestelbacher
ペルチャッハのハイキングコース「ブラームスの散策路」を登った先にある展望台からは山と湖が織りなす景観を堪能できる。

オーストリアでは「避暑」のことを「Sommerfrische」と呼ぶ。これは夏を表す「Sommer」と、清涼やフレッシュさを表す「Frische」が合わさった言葉だ。

ペルチャッハはオーストリアを代表するSommerfrischeの人気スポットであり、かつてのブラームスのように、清涼感や新鮮さの中でリフレッシュしようとヨーロッパ中からバカンス客が訪れる。彼らはオーストリアの魅力はウィーンやザルツブルクだけでないとよくわかっている。

ちなみにヴェルターゼー湖はアルプスの湖の中では比較的水温が高いため、湖畔は海水浴場のようににぎわい、クルージングやウェイクボード、ウィンドサーフィンなどのウォーターアクティビティも盛んである。

ペルチャッハ © Wörthersee Tourismus GmbH/ Petra Nestelbacher
ブラームスも滞在したホテル・レオンシュタイン。中庭があり、そこにはブラームスの胸像が置かれている。

リゾートホテルやレストランが特に集中しているのは、ペルチャッハから電車で15分ほど西へ行ったフェルデン・アム・ヴェルターゼーだが、もちろんペルチャッハにも素敵なホテルはたくさんある。

特にホテル・レオンシュタインは、ブラームスが滞在したことでも知られているホテル。築470年の古城を改築しており、今でもホテルとして泊まることができるので滞在してみるのもよいだろう。ちなみにブラームスは、このホテルで「交響曲第2番」や「ヴァイオリン協奏曲」を作曲している。

最後に、ブラームスがウィーンの音楽評論家ハンスリックへ書いた手紙を紹介しよう。

「ヴェルターゼー湖畔には美しい旋律が飛び交っている。踏みつけないように気をつけねば」。 彼がいかにペルチャッハを愛し、この地から音楽的なインスピレーションを受けていたか、この文章だけで窺い知ることができるであろう。

ブラームスが愛したオーストリアの避暑地 2 バート・イッシュル
Bad Ischl

バート・イッシュル © Liu Lidan
皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の別荘「カイザー・ヴィラ」。またその先に10分ほど歩くと皇帝夫妻が朝食サロンとして使っていた「大理石の古城」がある。

皇帝フランツ・ヨーゼフ1世も愛した
由緒正しき温泉リゾート

晩年、ブラームスは温泉保養地として知られるバート・イッシュルでも多くの時間を過ごしてきた。訪問回数はなんと10回以上というから、特にお気に入りの避暑地だったのだろう。

50代後半になって一時は創作意欲を失い、遺書をしたためるほどだったブラームスだが、1891年(ブラームスは58歳)の夏に「クラリネット三重奏」「クラリネット五重奏」などの名曲を、ここバート・イッシュルで作曲した。

クラリネットの名手リヒャルト・ミュールフェルトとの出会いに触発されたのがきっかけとされているが、ブラームスにしては珍しく速筆で書き上げたというから、バート・イッシュルという場所から、多くのインスピレーションとエナジーを得ていたに違いない。

バート・イッシュル ©ÖW/Shinobu Matsuba
ガイドツアーで見学することが可能なカイザーヴィラ。説明はドイツ語のみだが、ツアー開始前に申し出れば日本語の解説書も貸してもらえる。

また夏のバート・イッシュルには華やかな社交場としての側面もあり、「ウィーン中の政治家や貴族などの要人が、夏になるとみんなバート・イッシュルに集まる」、そう言われるほどだった。

それを物語る、オーストリア人の作曲家グスタフ・マーラーとブラームスのエピソードがある。

まだ30代と若く野心に溢れていたマーラーは、バート・イッシュルで暮らすブラームスにお近づきになりたいがため町の近くに住み込み、ブラームスが行きつけだったカフェに足繁く通ったという。

マーラーの作戦は功を奏し、これがきっかけでマーラーはブラームスと親しくなり、推薦を取り付けることに成功。のちにウィーン宮廷歌劇場で音楽監督として活躍することとなった。

避暑地バート・イッシュルでの出会いは、音楽家の運命を大きく変えることもあったのだった。

バート・イッシュル © ÖW/Shinobu Matsuba
薬局クアアポテーケではエリザベートのイラストが描かれたバスソルトなどがおみやげに人気
バート・イッシュル © ÖW/Harald Eisenberger
ブラームスも通ったというカフェ・ツァウナー。店内もクラシックな雰囲気。

ザルツカンマーグートの中心に位置し、ザルツブルクからバスで1時間半ほどのこの町は、観光客にとっても見どころの多い街だ。

例えば、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世(在位1848〜1916年)の別荘カイザーヴィラは今でもガイドツアーで見学が可能だし、フランツ・ヨーゼフ1世と妃エリザベートの婚約を発表し祝宴の宴を催した建物は市立博物館として開放されている。

薬局クアアポテーケと菓子店カフェ・ツァウナーは、どちらも1800年代に建てられた老舗店。「K. u. K. Hoflieferant」と掲げているが、これは皇室御用達であることを意味している。

もちろんオーストリア最古の湯治場として温泉も欠かせない楽しみのひとつ。日本の温泉とは少々異なり、バート・イッシュルでは健康のために温泉を飲むことが湯治の主目的。飲泉場トリンクハレは、まるでお城のような豪華絢爛な外観で必見だ。温浴施設オイロテルメン・リゾート・バート・イッシュルに行けば、短期滞在の旅行者でも気軽に利用できる温泉プールがある。

避暑と湯治、一見違う季節の楽しみ方にも思えるが、それを同時に楽しむことができるのもオーストリアの魅力的な夏の過ごし方だ。かつてブラームスも英気を養ったこの地で、あなただけのインスピレーションを得てみてはいかがだろうか。

International Johannes Brahms Competition
ヨハネス・ブラームス
国際コンクール

 

ブラームスの愛した避暑地で紹介したペルチャッハでは、毎年9月上旬に「ヨハネス・ブラームス国際コンクール」が開催されている。

ピアノやヴァイオリンなど6部門で競われるコンクールは若手音楽家の登竜門と言われており、2020年には岡山県出身でウィーン在住の森野美咲さんが優勝(声楽部門)。伴奏を務めた木口雄人さんも最優秀ピアノ伴奏賞を受賞した。2021年にもチェロの三井静さんとピアノの大淵真悠子さんによるデュオが室内楽部門で第2位に入賞しており、近年日本人の活躍が目立っている。

こちらの動画はコンクール優勝者の森野美咲さんがナビゲーターとなり、ウィーンでの生活やヴェルターゼー湖畔のペルチャッハで、どのような音楽インスピレーションを感じられるのか紹介。現代においてもオーストリアが創作活動によい刺激と影響を与えてくれることが伝わってくる内容となっている。美しい風景と透き通るような歌声を動画で楽しんだら、きっとあなたも来年の夏はオーストリアの避暑地で過ごしたくなることだろう。

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