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文豪ヘミングウェイをもっと知りたい

ヘミングウェイに興味を抱いたら、著作や関連書籍を読んでみよう。映画化されている作品も多いので、ビデオで文豪の世界にひたってみるのもいいだろう。また、次回の旅ではヘミングウェイゆかりの地を訪ねてみてはいかがだろうか。

ヘミングウェイのプロフィール

アーネスト・ヘミングウェイ Ernest Hemingway(1899〜1961)

20世紀のアメリカを代表する文豪。1899年、イリノイ州オークパーク生まれ。高校卒業後、『Kansas City Star』紙の記者となり、辞職後、赤十字の一員としてイタリアに渡るがケガをして帰国。その後パリに渡り、作家への道を進む。1925年に出版した短編集『われらの時代に』が好評を博し、『日はまた昇る』(1926)、『武器よさらば』(1929)で作家としての地位を不動のものにした。1952年には『老人と海』を発表。1954年にノーベル賞を受賞したが、健康及び精神状態が悪化し、1961年にアイダホ州ケチャムで猟銃自殺を遂げる。

ヘミングウェイゆかりの地

故郷であるアメリカ以外にも世界各地にヘミングウェイは足跡を残している。

アメリカ

アーネスト・ヘミングウェイ博物館 (Ernest Hemingway Museum)

ヘミングウェイがオークパークで過ごした20歳までの生活記録を展示。写真、日記、手紙などが公開されている。

住所:
200 N. Oak Park Avenue Oak Park, Illinois,U.S.A.
TEL:
(708)848-2222
OPEN:
月〜金、日13:00〜17:00、土10:00〜17:00
アーネスト・ヘミングウェイ博物館

へミングウェイ誕生の地

1899年7月21日、ヘミングウェイはこの家で6人兄弟の2番目として生まれた。

住所:
339 N. Oak Park Avenue Oak Park, Illinois,U.S.A.
TEL:
(708)848-2222
OPEN:
月、金、日:13:00〜17:00/土10:00〜17:00
へミングウェイ誕生の地

ヘミングウェイ・ホーム (Hemingway Home & Museum)

フロリダ州キーウエストにある。ヘミングウェイの住んでいた家が一般に公開されている。愛用のタイプライターや部屋の調度品等が当時のままに保存されており、庭にはたくさんの猫がいる。これらの猫は、ヘミングウェイが飼っていた猫の子孫で、足の指が6本ある事で知られている。

ヘミングウェイ・ホーム

スラッピー・ジョーズ (Sloppy Joe's)

キーウエストでのヘミングウェイは、毎朝6時に起き、午後2時まで原稿を書いた後、泳ぎに行くという日常を送っていた。当時、毎晩のように通ったのがデュバル・ストリートにあるバー「スラッピー・ジョーズ」、現在の「トニーズ・サルーン」だ。ここでライムとグレープフルーツ、ホワイト・ラムをミックスしたカクテルを飲むのが日課だった。

スラッピー・ジョーズ

ハリウッド・ルーズヴェルト・ホテル

チャイニーズシアターの前に建つホテル。開業は1927年。ホテルに入るとチャップリン像が出迎えてくれる。1929年、第1回アカデミー賞受賞式がこのホテルで開催された。ヘミングウェイは、ホテル内にある伝統的なクラブ「シネグリル」の常連だった。マリリン・モンローもお気に入りだったこの店は現在もカクテルが楽しめる。

キューバ

首都のハバナは、ヘミングウェイが晩年を暮らした街。旧市街地は、19世紀後半、スペインの植民地時代に造られた雰囲気のある街でユネスコの世界遺産にも登録されている。ヘミングウェイは主に旧市街地、サンフランシスコ・デ・パウラにあるフィンカ・ビヒアという彼の家、彼が海に出ていたコヒマルの港の3カ所が生活圏だった。

フィンカ・ビヒア(ヘミングウェイ博物館)

ヘミングウェイが20年間暮らしたキューバの家。彼はここからコヒマールの港に向かい、愛艇ピラール号に乗ってカジキ釣りを楽しんでいたという。ヘミングウェイの死後、博物館として当時のまま保存・公開している。9000冊以上の蔵書などを見ることができる。ハバナ市旧市街から車で約30分。

ラ・フロリディータ

ヘミングウェイが毎日のように通ったバー。ハバナ旧市街のオビスポ通り沿いにあり、カクテル「ダイキリ」発祥の店。店奧にはレストランもあり、キューバ料理を味わえる。入り口奧にはヘミングウェイ像と写真がある。

ヘホテル・アンボス・ムンドス(Hotel Ambos Mundos)

ヘミングウェイがキューバに来た当初、常宿としていたホテル。1919年開業。彼が滞在した511号室はヘミングウェイのミニ博物館となっている。

マリナ・ヘミングウェイ(Sloppy Joe's)

釣り好きだったヘミングウェイにちなんで命名された。毎年6月には、「ヘミングウェイ・カップ」が開催され、世界中の釣り好きがここから海に出る。ハバナ旧市街から約15分。敷地内に「老人と海」というホテルもある。

コヒマール(Cojimar)

ハバナ郊外の小さな漁村。『老人と海』の舞台となった場所として知られている。ヘミングウェイが通っていたレストラン「ラ・テラーサ La Terazza」の店内には当時の記念品や貴重な写真が飾られている。

フランス

パリ(Paris)

1921年、22歳のヘミングウェイは、作家になることを夢見てパリへとやって来た。途中、妻の出産のため、アメリカに一時帰国したが、1924年再びパリを訪れ、ノートルダム・デ・シャン通り113番地のアパートで暮らした。当時のヘミングウェイは、カフェ「クローズリー・デ・リラ」に通って執筆を続けた。このカフェには、ヘミングウェイ専用のテーブルがあったという。お気に入りのメニューは、熱いコーヒーにクリームをたっぷりのせた「カフェ・クレーム」。『雨のなかの猫』『ある訣別』『エリオット夫妻』など、数々の短編小説が専用テーブルで誕生したといわれている

スペイン

パンプローナ(Pamplona)

スペイン北東部に位置する町。1923年、ヘミングウェイは23歳のとき、この町を訪れた。ナバーラ王国時代から続いているサン・フェルミン祭り Fiesta de San Fieminに魅せられたヘミングウェイは、著書『日はまた昇る』のなかで、祭りの始まりを「炸裂」という言葉で表現している。祭りを見た後、ヘミングウェイは労働者向けのカフェ「マルレリーノ」で「パンプローナ風の鱈」というスープを食べ、とても気に入ったという。

マドリッド(Madrid)

パンプローナを訪れたのと同じ旅の途中、ヘミングウェイは首都マドリッドを訪ね、闘牛におおいに魅了された。“闘牛は「見物」するのではなく、「鑑賞」するもの。闘牛はスポーツではなく、バレエと同じ芸術だ”と語った。

ヘミングウェイの著作

  • ・『老人と海』新潮文庫
  • ・『日はまた昇る』新潮文庫
  • ・『われらの時代・男だけの世界』新潮文庫
  • ・『武器よさらば』新潮文庫

関連書籍

偉大な文豪の人間像や足跡を追う書籍や写真集。

『並はずれた生涯 アーネスト・ヘミングウェイ』
デービッド・サンディソン著/産調出版 少年時代から戦争、名声、キューバへの愛、多くの女性との恋愛、うつ病を患い自殺に至った晩年までヘミングウェイの人間像を追う。
『ライオンを夢見る』
作俊彦著・安珠写真/東京書籍 キューバ、キーウエスト、パリ、スペイン、故郷オーパーク……ヘミングウェイを訪ねる旅へ。
写真集『アーネスト・ヘミングウェイ』
クラウディオ・イスキエルド・フンシア 著/海風書房 ヘミングウェイ生誕100年記念出版。フィンカ・ビヒアでの生活と創作活動を中心にヘミングウェイの実像に迫る写真集。
『パパがニューヨークにやってきた』
リリアン・ロス著/マガジンハウス 1949年10月、ヘミングウェイがニューヨークにやってきた時の著者によるルポルタージュ(版元品切)。
『ハリーズ・バー 世界でいちばん愛されている伝説的なバーの物語』
アリーゴ・チプリアーニ著/にじゅうに ハリーズ・バーの創業者であるジュゼッペ・チプリアーニの息子が書いた伝説のバーの真実。ヘミングウェイのエピソードが楽しい。

映画化された著作の主なもの


『武器よさらば』
1932年/出演:ゲーリー・クーパー、ヘレン・ヘイズ他

『誰がために鐘は鳴る』
1943年/出演:ゲーリー・クーパー、イングリッド・バーグマン他

『キリマンジャロの雪』
1952年/出演:グレゴリー・ペック、スーザン・ヘイワード他


『日はまた昇る』
1958年/出演:タイロン・パワー、エヴァ・ガードナー他

『老人と海』
1958年/出演:スペンサー・トレイシー他
『持つと持たぬと』
1944年/出演:ハンフリー・ボガート、ローレン・バコール他
『海流の中の島々』
1977年/出演:ジョージ・C・スコット他

関連サイト

●参考資料

『ハリーズ・バー世界でいちばん愛されている伝説的なバーの物語』
アリーゴ・チプリアーニ著/にじゅうに刊
『パパがニューヨークにやってきた』
リリアン・ロス著/マガジンハウス刊
『イタリア料理100のおいしいキーワード』
落合務著/講談社刊
2004年2月


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地球の歩き方ガイドブック 編集部