プロがすすめる旬の旅TOP >ビーエス観光「仏教・ヒンドゥー教の宗教世界とイスラム建築の最高傑作タージ・マハルを訪ねる」
現地取材
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  インド〜仏教・ヒンドゥー教の宗教世界とイスラム建築の最高傑作タージ・マハルを訪ねる
インドは、日本の9倍の国土に10億を超える人口を抱える国。約5000年に及ぶ歴史の上で、仏教、ヒンドゥー教、イスラム教など、さまざまな宗教文化を生み、育んできた。
紀元前563年、インド国境近くのネパールの田舎町ルンビニーで誕生したゴータマ・シッダッタ。彼は、29歳で故郷を旅立ち、ラージギールへと向かった。修行に励み、やがてブッダ・ガヤーで悟りを開き、ブッダとなる。仏教の生まれた地インドに、仏跡とヒンドゥー教徒の沐浴風景やインドを代表する世界遺産タージ・マハルを巡る旅に出かけてみよう。仏教・ヒンドゥー教の聖地とイスラム建築の最高美を訪ねる旅は、インドという国の多様性と奥深さを実感させてくれる。

<取材協力>ビーエス観光

インドの母なる大河、ガンガー
インドの母なる大河、ガンガー
世界一美しい墓と讃えられるタージ・マハル
世界一美しい墓と讃えられるタージ・マハル

 


今回の訪問地
デリー→パトナ→ラージギール→ブッダ・ガヤー→バナーラス→サールナート→アーグラー→デリー
 
デリー→パトナ→ラージギール→ブッダ・ガヤー→バナーラス→サールナート→アーグラー→デリー
 

  仏教・ヒンドゥー教の聖地とイスラムの美を訪ねて

出家したシッダッタが修行に入ったラージギール Rajgir

5つの山々に囲まれた要塞都市ラージギールは、ブッダの時代にはマガダ国の首都ラージャガハと呼ばれていた。当時は大都会としてにぎわっていたが、現在はブッシュに覆われ、岩山に残る城壁だけがかつての繁栄を物語っている。出家したゴータマ・シッダッタは、ここで最初の修行に入り、晩年にも長期滞在して説法を行った。グリッダクーダ山(霊鷲山)の山頂が晩年ブッダが暮らし、多くの説法をした聖地。マガダ国のビンビサーラ王がブッダの教団に寄進した竹林精舎跡、息子のアジャータシャトルにより幽閉され殺害された『王舎城の悲劇』の舞台であるビンビサーラ王の牢獄跡などが主な見どころ。

法華経の舞台となった霊鷲山
法華経の舞台となった霊鷲山

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悟りを開き、ブッダとなった地、ブッダ・ガヤー Buddha Gaya

生きるうえでの苦悩を痛感したゴータマ・シッダッタは、世俗の生活を捨て厳しい修行を続けていたが、なかなか解答を得ることはできなかった。やがてブッダ・ガヤーの菩提樹の木陰で瞑想するうち、悟りを開く。このときシッダッタは35歳。ブッダ・ガヤーは、仏教徒にとって最高の聖地である。世界遺産であるマハーボーディ寺院(大菩提寺)は、ブッダが悟りを得た地に建つ高さ52mの塔。アショーカ王が紀元前3世紀に建立した寺院が起源で7世紀にほぼ現在の形になった。シッダッタが49日間の瞑想を行い、悟りを得てブッダとなった菩提樹の末裔もあり、ブッダが座した場所には金剛座が祀られている。経典に尼蓮禅河として登場するネーランジャラー川の対岸には、苦行で力尽きたシッダッタに村娘スジャータが乳粥(パヤス)を持ってきてくれたセーナー村がある。シッダッタは悟りを得てブッダとなった後も生涯スジャータの名を忘れることがなかったという。

仏教の聖地にそびえるマハーボーディ寺院
仏教の聖地にそびえるマハーボーディ寺院

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ブッダが初めて説法をしたサールナート Sarnath

ブッダ・ガヤーで悟りを得たブッダは、当時多くの宗教者が集まっていたバナーラス郊外約10qに位置する鹿野苑(現在のサールナート)で最初の説法を行った。このとき、ブッダの説法を聞いたのは、昔からの修行仲間5人のみ。
6世紀に建造されたダメーク・ストゥーパはこの町のシンボル。ムルガンダ・クティー寺院には、日本人画家によるブッダの生涯を描いた壁画がある。考古学博物館には、ここから出土された貴重なコレクションが展示されており、見応え十分。悟りの内容を語るブッダの表情が美しい「初転法輪像」は5世紀の作品。ほかにも見事な収蔵品が多数揃っている。

ダメーク・ストゥーパの周囲には修行者の姿も
ダメーク・ストゥーパの周囲には修行者の姿も

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バナーラスの命、聖なる河ガンガーで沐浴風景を見学 Banaras

母なる大河ガンガー(ガンジス河)は、インドの象徴でもある。河の両岸には、岸辺から階段になって川水に没している堤「ガート」が並び、その数は60にも及ぶ。早朝から沐浴をする人や聖水を汲む人など、さまざまな人々が集まってくる。マミカルニカー・ガートは火葬場のガートで、1日中煙が絶えることがない。遺体は、インド中から運ばれ、ここで火葬されるが遺灰はすべてガンガーに流され、何ひとつ残らない。
バナーラス駅近くにあるバーラト・マーター寺院は、ヒンドゥー寺院。堂内には、インドの大型立体地図が祀られている。インドの民族文化を総合的に研究するために設立されたバナーラス・ヒンドゥー大学の構内には、インド美術館があり、彫刻や細密画などを収蔵・展示している。

子どもから老人まで多くの人が集まるガート
子どもから老人まで多くの人が集まるガート
バナーラス・ヒンドゥー寺院内にあるヴィシュワナート寺院
バナーラス・ヒンドゥー寺院内にあるヴィシュワナート寺院

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新旧が入りまじる首都デリー Delhi

イギリスが造ったモダンな町、コンノート・プレイスの西2qに位置するラクシュミー・ナーラーヤン寺院は1932年、インド有数の大財閥が建立したヒンドゥー寺院。また、コンノート・プレイスの東南2.5qにあるインド門は、第一次世界大戦で戦士したインド兵士の慰霊碑だ。壁面には13,500人の戦没者の名前が刻まれている。デリーでは、古典舞踊や音楽などのイベントも催されており、映画館もたくさんあるので、インドならではのエンターテインメントにもふれてみたい。

インド門には13,500人の戦没者名が刻まれている
インド門には13,500人の戦没者名が刻まれている

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コラム
インドを代表する世界遺産タージ・マハルTaj Mahal

デリーからヤムナー河沿いに約200q下った地にある地方都市アーグラー。ヤムナー河のほとりに建つ白い大理石製のタージ・マハルは、インドでもっとも人気が高い観光スポットだ。マハル(宮殿)と名付けられているが、ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーン(在位1628〜58年)の妃ムムターズ・マハルの墓。1631年に愛妃ムムターズが死ぬと、シャー・ジャハーンは、ムガル帝国の国力を傾けて世界一美しい墓、タージ・マハルの建造を開始した。世界各地から貴石を取り寄せ、2万人もの職人を集め、22年間もの歳月と莫大な費用をかけて1653年に完成。基壇の大きさは、95m四方、本体は57m四方で、ドームの高さ67m、四隅に立つミナレット(塔)の高さは43m。完璧なシンメトリーで、イスラム建築の最高傑作として1983年に世界遺産に登録された。

【タージ・マハル】
開園時間:6:00〜19:00、金曜休

タージ・マハルは、白大理石製の優美なデザイン
タージ・マハルは、白大理石製の優美なデザイン

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編集部からひとこと
本当のインドを見たいなら田舎がいい

インド独立の父、マハートマ・ガーンディーは「本当のインドを見たいなら田舎へ行け」と言った。仏跡を訪ねる旅で訪れる地、サールナートは静かでのどかな村。世界遺産に登録されているマハーボーディ寺院があるブッダ・ガヤーも小さな町だ。コルカタ(カルカッタ)やデリーといったにぎやかな大都会の混沌とした雰囲気もインドを実感させてくれるが、宗教世界を訪ねて地方を巡る旅は真のインドにふれることができる。

●専門会社のツアーに学ぶ
今回紹介したコースはブッダゆかりの地と仏跡を巡るだけでなく、インドのシンボルである世界遺産、タージ・マハルや首都デリーも訪れるバラエティ豊かな内容。こうした旅は、個人旅行では短期間に効率的に巡るのは難しいが、専門会社が主催するツアーでは、1週間程度で周遊することが可能。バナーラスでは、沐浴する人が最も多い時間帯に合わせて小舟を出し、ガンガーの沐浴風景を河から見学できる。

【取材協力会社】ビーエス観光 アショカツアーズ
30年間にわたりインドを専門に扱ってきた旅行会社。インドを知り尽くしたスタッフが蓄積された経験を基に、各地の観光スポットやホテルを厳選したコースを企画している。「ヨガ体験」や「アユールヴェーダ」、「インド占星術」などユニークなオプショナルツアーも揃っている。また、人気のあるスポットの必要最小限の手配(国際線航空券・インド国内交通機関・宿泊期間・送迎サービス)を行い、パッケージツアーとはひと味違う『READYMADEの自由旅行』もある。
URL:www.ashoka.co.jp


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