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ポルトガルより道、まわり道・その(1)

コスタ・ド・ソル(太陽海岸)に沿って走るカスカイス行き列車

コスタ・ド・ソル(太陽海岸)に沿って走るカスカイス行き列車

もって帰りたい散歩道がある。中世の時代から時間が止まってしまったような町を歩いていると、既視感のようなものを感じてしまう。アズレージョのコバルトブルーも屋根瓦のオレンジ色も旅人の心を和ませてくれる。駆け足で見たポルトガルの日々を振り返り感じるこの気持も、サウダーデなのだろうか。

門外不出のワインを求めて
パレス・ホテル・ド・ブサコへ

ポルトガル王室によって狩猟用の宮殿として使われていた建物が、パレス・ホテル・ド・ブサコの原形である。1907年、ポルトガル最後の国王マヌエル2世によって建てられたものの、王制の廃止により王宮として機能することはほとんどなかったということだ。そして今、優雅な宮殿ホテルとして観光客の憧れのホテルになっている。その憧憬をさらにかき立てているのがブサコワインの存在。ホテルのワイナリーで造られ、ここでしか手に入らない幻のワインなのだ。

ネオ・マヌエル様式の建物は華麗であり、豪華な印象。エントランスホールには、ウェリントン将軍率いるイギリス・ポルトガルの連合軍がナポレオン軍の侵攻を防いだブサコの戦いを描いたアズレージョがある。

ネオ・マヌエル様式の建物は華麗であり、豪華な印象。エントランスホールには、ウェリントン将軍率いるイギリス・ポルトガルの連合軍がナポレオン軍の侵攻を防いだブサコの戦いを描いたアズレージョがある。

ワインセラーにはたくさんのヴィンテージワインが眠る。ブサコワインの赤にはバガという小粒で濃厚な品種のブドウが使用されている。バガ種は酸味が強く、タンニンを多く含んでいるのが特徴だ。

ワインセラーにはたくさんのヴィンテージワインが眠る。ブサコワインの赤にはバガという小粒で濃厚な品種のブドウが使用されている。バガ種は酸味が強く、タンニンを多く含んでいるのが特徴だ。


早朝ハイキング(下記参照)の後、オープンエアのテラスで朝食をとる。木々に包まれた環境だけに清々しい気分になれる。笑顔ももちろんご馳走だ。

早朝ハイキング(下記参照)の後、オープンエアのテラスで朝食をとる。木々に包まれた環境だけに清々しい気分になれる。笑顔ももちろんご馳走だ。


ネオ・マヌエル様式の装飾が施されたメイン・ダイニングルーム。2泊以上する日本の宿泊客がオーダーできるスペシャルメニューがある。ちょっとお洒落して夕食を。

ネオ・マヌエル様式の装飾が施されたメイン・ダイニングルーム。2泊以上する日本の宿泊客がオーダーできるスペシャルメニューがある。ちょっとお洒落して夕食を。


ブサコにはハイキングコースがある。早朝、鬱蒼とした森の中を鳥のさえずを聞きながら“聖なる道”を行く。聖なる道には礼拝堂が点在している。運動不足を反省しつつ、息を切らしながらクルス・アルタ(展望台)を目指す。
大階段のアズレージョに描かれているのは「セウタ攻略」の図。窓から差し込む柔らかい光を受けネオ・マヌエル様式の装飾が浮かび上がる。

大階段のアズレージョに描かれているのは「セウタ攻略」の図。窓から差し込む柔らかい光を受けネオ・マヌエル様式の装飾が浮かび上がる。


ブサコにはハイキングコースがある。早朝、鬱蒼とした森の中を鳥のさえずを聞きながら“聖なる道”を行く。聖なる道には礼拝堂が点在している。運動不足を反省しつつ、息を切らしながらクルス・アルタ(展望台)を目指す。

クルス・アルタを目指したつもりが、別の小さな展望台に出てしまった。パレス・ホテル・ド・ブサコを見下ろせるロケーションには変わりはないのでとりあえずOK。

クルス・アルタを目指したつもりが、別の小さな展望台に出てしまった。パレス・ホテル・ド・ブサコを見下ろせるロケーションには変わりはないのでとりあえずOK。


パレス・ホテル・ド・ブサコ

パレス・ホテル・ド・ブサコ ★★★★★
住所:Mata do Bussaco 3050-261 Luso

丘の上に建つ大学を中心に
街並みが形成されたコインブラ

コインブラはリスボン、ポルトに次ぐ第3の都市。レコンキスタ後の12〜13世紀に、ポルトガル王国の最初の首都が置かれた場所である。そして、コインブラ大学の街。1911年にリスボン大学ができるまでは、ポルトガルの学術の中心であった。5月第2週の火曜日にはケイマ・ダス・フィタスという卒業生のお祭りがある。我々が訪れたのが6月上旬だったが、大学の周辺には、先月行われたお祭りの写真を貼りだして販売している店があったり、空き家になった部屋が貸し出されていたりと、卒業の余韻が残っていた。学生の街を実感するシーンだった。

1724年に建設されたコインブラ大学の図書館。ジョアン5世によって建てられたため「ジョアン5世の図書館」とも呼ばれる。蔵書は30万冊を超える。書棚や内装、調度品はターリャ・ドウラーダ(金泥細工)によって華麗な装飾が施されている。また、この図書館にはコウモリが棲んでいて、夜は、コウモリの糞をよけるために革のシートをかけるという。

1724年に建設されたコインブラ大学の図書館。ジョアン5世によって建てられたため「ジョアン5世の図書館」とも呼ばれる。蔵書は30万冊を超える。書棚や内装、調度品はターリャ・ドウラーダ(金泥細工)によって華麗な装飾が施されている。また、この図書館にはコウモリが棲んでいて、夜は、コウモリの糞をよけるために革のシートをかけるという。

かつてラテン語を話すことが義務づけられていたラテンの回廊。

かつてラテン語を話すことが義務づけられていたラテンの回廊。

おみやげにいいコインブラ大学の名前が入ったTシャツ。

おみやげにいいコインブラ大学の名前が入ったTシャツ。。


5月はコインブラでは卒業の季節。ケイマ・ダス・フィタスという卒業生の祭りが第2週の火曜日に行われる。

5月はコインブラでは卒業の季節。ケイマ・ダス・フィタスという卒業生の祭りが第2週の火曜日に行われる。

窓に貼られた白い紙は“FOR RENT”のサイン。

窓に貼られた白い紙は“FOR RENT”のサイン。


サンタクルス修道院の建物は向かって左手が市庁舎、右手がカフェレストランになっている。

サンタクルス修道院の建物は向かって左手が市庁舎、右手がカフェレストランになっている。

女性ならきっと好きになる町
谷間の真珠、オビドス。

城壁に囲まれたオビドス。その中にオレンジ色の瓦屋根と白壁の家々が立ち並ぶ姿はまさに谷間の真珠という言葉がふさわしい。

1282年、王妃イザベルがオビドスを訪れ、その美しさに魅了されてしまった。そこで、デニス王は、愛する王妃にこの町を贈り、王妃の直轄地とした。以来1834年まで代々の王妃に受け継がれることになった。そんな童話の世界のような小さな町がオビドス。

1444年、わずか10歳のアフォンソ5世が、8歳のいとこイザベルと結婚式を挙げたサンタ・マリア教会。全面が17世紀のアズレージョで飾られた教会内部は壮観。

1444年、わずか10歳のアフォンソ5世が、8歳のいとこイザベルと結婚式を挙げたサンタ・マリア教会。全面が17世紀のアズレージョで飾られた教会内部は壮観。

城壁に囲まれたオビドス。その中にオレンジ色の瓦屋根と白壁の家々が立ち並ぶ姿はまさに谷間の真珠という言葉がふさわしい。

イスラム時代に造られたメインゲート、ポルタ・ダ・ヴィラの門を抜けたすぐ左手に城壁の登り口がある。城壁に空いた穴からポルトガル独特のちょっと太めの風車が見えた。

イスラム時代に造られたメインゲート、ポルタ・ダ・ヴィラの門を抜けたすぐ左手に城壁の登り口がある。城壁に空いた穴からポルトガル独特のちょっと太めの風車が見えた。


いたるところでブーゲンビリアの花が咲き乱れて、白壁とのコントラストが美しい。こんなところも女性に人気がある理由のひとつ。

いたるところでブーゲンビリアの花が咲き乱れて、白壁とのコントラストが美しい。こんなところも女性に人気がある理由のひとつ。


ポザーダ・ド・カステロ。15世紀の古城は改装されポザーダ(古城や修道院を改装した国営ホテル)になっている。客室数が9室しかないので予約は早めに。レストランの評判も高い。

ポザーダ・ド・カステロ。15世紀の古城は改装されポザーダ(古城や修道院を改装した国営ホテル)になっている。客室数が9室しかないので予約は早めに。レストランの評判も高い。


ポルタの先から畑の中を南に延びているのは、16世紀の水道橋である。

ポルタの先から畑の中を南に延びているのは、16世紀の水道橋である。

北緯38度47分、西経9度30分。
ここに地果て、海始まる 

ロカ岬。北緯38度47分、西経9度30分。ユーラシア大陸の最西端に立つ。喜望峰からノールカップまで、人間はどうしてこうも“端っこ”や“果て”に惹かれるのだろうか。これ以上先に行けないぞ、という諦観を味わいたいのか、それとも、ここまで来てやったぞという征服欲なのか? 十字架の塔にはめ込まれた石碑には有名なカモンイスの『ウズ・ルジアダス(ルシタニアの人々)』の一節「ここに地果て、海始まる」が刻まれている。いつかロカ岬から、海に沈む夕陽を観てみたい。

ちなみに沢木耕太郎氏が『深夜特急6 南ヨーロッパ・ロンドン』の「果ての岬」の章で訪れているのは、ユーラシア大陸の最西端のロカ岬ではなく、最西南端の位置にあるサグレスのサン・ヴィンセンテ岬である。リスボンのバイロ・アルトのレストランでたまたま飲んだ「セルベージャ(サグレス)」というビールがきっかけで足を運んでいる。沢木氏は、果ての岬としてのサグレス訪問に、“旅の終わりの汐どき”を見いだして帰路に就いている。

観光案内所では「最西端の地到達の証明書」を有料で発行してくれるので、記念にどうぞ。

観光案内所では「最西端の地到達の証明書」を有料で発行してくれるので、記念にどうぞ。


雑草が繁茂する向こうにロカ岬のもうひとつのシンボル、赤い灯台がそびえる。

雑草が繁茂する向こうにロカ岬のもうひとつのシンボル、赤い灯台がそびえる。

詩人ルイス・デ・カモンイスの詩とユーラシア大陸最西端の地と刻まれた石碑。

詩人ルイス・デ・カモンイスの詩とユーラシア大陸最西端の地と刻まれた石碑。

断崖の下には蒼い海があり、岩で砕けた白い波しぶきが風に吹かれている。

断崖の下には蒼い海があり、岩で砕けた白い波しぶきが風に吹かれている。

ポルトガルグルメ
思い出のひと皿×3

素材を活かしてあっさり味に仕上げるポルトガル料理は、日本人にとって馴染みやすい。ワインと一緒に味わった数々のメニューがよみがえる。そのなかで個人的な感動の3皿を勝手に紹介。

カルド・ヴェルデはチリメンキャベツの千切りを煮込んだポテトスープ。何度か食べる機会があったが、ワイナリー、キンタ・ド・バラードで食べたカルド・ヴェルデはクリーミーな舌触りとチョリソの塩味のバランスが絶妙だった。

カルド・ヴェルデはチリメンキャベツの千切りを煮込んだポテトスープ。何度か食べる機会があったが、ワイナリー、キンタ・ド・バラードで食べたカルド・ヴェルデはクリーミーな舌触りとチョリソの塩味のバランスが絶妙だった。

現地で最初に食べたひと皿が、カルネ・デ・ポルコ・アレンテジャーナ、豚肉とアサリを炒めコリアンダーとレモン汁で仕上げた料理。味の染みた豚肉とアサリはちょうどよい塩加減でレモンの酸味が味を引き締める。

現地で最初に食べたひと皿が、カルネ・デ・ポルコ・アレンテジャーナ、豚肉とアサリを炒めコリアンダーとレモン汁で仕上げた料理。味の染みた豚肉とアサリはちょうどよい塩加減でレモンの酸味が味を引き締める。

コインブラのレストランで食べた子豚の丸焼き、レイタオン・ダ・バイラーダ。スパーリングワイン「エスプマンテ」と共にバイラーダ地方の名物。北京ダックのようにローストされた皮が香ばしく、肉も軟らかくジューシーだった。

コインブラのレストランで食べた子豚の丸焼き、レイタオン・ダ・バイラーダ。スパーリングワイン「エスプマンテ」と共にバイラーダ地方の名物。北京ダックのようにローストされた皮が香ばしく、肉も軟らかくジューシーだった。

2007年9月


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地球の歩き方ガイドブック 編集部