ガイドブック編集部 > 特集 >  THE BEATLESの歩き方 in LIVERPOOL & LONDON > 第1章 MEET THE BEATLES! ビートルズ誕生の地 リヴァプール part1

MEET THE BEATLES! ビートルズ生誕の地 リヴァプール part1

ビートルズ誕生の地 リヴァプール part1

50年前の港町リヴァプールにあったのは、猥雑な喧騒だけでなかった。船乗りたちがアメリカから運んでくる多様な音楽に溢れ、新しい英国のミュージシャンを育む土壌が揃っていた。貧しいながらも、国際都市として機能するこの街の片隅では、1940年から1943年の間に生まれた4人が出会う日を待っていた。郊外には、ビートルズの中心であり、レノン=マッカートニーとして数々の名曲を生み出すことになるジョンとポールのふたりが暮らした家があった。現在もあのころのままの姿で、ナショナルトラストの管理で公開(家のなかを見学するにはナショナルトラストのツアーへの参加が必要)されている。

ジョン・レノンの家

窓から光が射し込んで居心地のいいモーニング・ルーム

窓から光が射し込んで居心地のいいモーニング・ルーム

メンディップス
Mendips

ジョンが育ったメンディップスは、リヴァプール郊外のウールトンのベール・ロードとメンローブ・アべニューの角の近くに立っている。ジョンの母ジュリアの姉メリー(ミミ伯母さん)と夫のジョージ・スミスの家であり、両 親の離婚の後、ジョンが5歳(1945年)のときに引き取られ暮らした家。高級住宅街の持ち家であり、小さいながらも庭もある。労働者階級出身のジョンというイメージでここを訪れると、大きな違和感を抱くに違いない。ここでジョンはポールと一緒に演奏したり、曲作りにも励んだ。メンディップスはふたり友情を育んだ場所でもある。


ブリジット・バルドーのポスターが貼られた

ブリジット・バルドーのポスターが貼られた
ジョンの部屋

1945年から1963年までジョンが住んだ家

1945年から1963年までジョンが住んだ家

裏庭の先にはストロベリー・フィールドに通じる小径がある

裏庭の先にはストロベリー・フィールドに通じる小径がある

ミミ伯母さんに追い出され、ジョンとポールが練習をしたポーチと管理人のコリン・ホールさん。

ミミ伯母さんに追い出され、ジョンとポールが練習をしたポーチと管理人のコリン・ホールさん。



ポール・マッカートニーの家

ポールが住んでいた集合住宅

ポールが住んでいた集合住宅

20フォースリン・ロード

20フォースリン・ロード
20 FORTHLIN ROAD

メンディップスからほど近いアラートンの20フォースリン・ロードが、ポールの家だ。1955年ポールは、両親と弟のマイケルとともにこの市営住宅に移り住んだ。ここではビートルズ初期の曲作りやリハーサルが行われた場所でもある。

▼ナショナルトラスト「メンディプス&20フォースリン・ロード」ツアーのヴェブサイト
http://www.nationaltrust.org.uk/main/w-the_beatles.htm



セント・ピーターズ教会での邂逅

ふたりが出会ったセント・ピーターズ教会の墓地にはエリナー・リグビーの墓がある

ふたりが出会ったセント・ピーターズ教会の墓地にはエリナー・リグビーの墓がある

ジョンとポールの出会いの場所を示すプレート

ジョンとポールの出会いの
場所を示すプレート

エリナ・リグビーの墓

エリナ・リグビーの墓

運命の1957年7月6日は、セント・ピーターズ教会50年とリヴァプール創設750周年を祝う祭りの日だった。ジョンはクォーリー・メンのメンバーと教会のホールに設けられたステージで演奏を行っていた(ミミ伯母さんは後にその演奏を“騒音の大噴火”と評している)。ポールが会場に顔を出すと、ステージで怪しいギターコードで演奏しながら、うろ覚えの歌詞で歌うジョンに目が留まる。ポールはジョンの演奏にテクニック以前のパワーを強く感じていた。演奏の合間にジョンと会話し、その日、正しいギターのチューニング法やコード、そして正しい歌詞を書き写してあげている。一方、ジョンはといえば、年下であるが、自分にはないスキルを持ったポールが気になる存在となった。仲間には入れたいが、主導権を失うのは困る・・・そんなジョンの思いを、ポールをクォーリー・メンのメンバーに誘うまでに要した2週間という時間が物語っているようだ。



ストロベリー・フィールドは永遠に

ストロベリー・フィールド

ストロベリー・フィールドは救世軍の孤児院の名前であり、ジョンが子どものころの遊び場である。友だちと一緒にガーデンパーティに行って遊んだり、レモネードを売ったりした場所でもあり、ジョンが少年時代を思い返すとき、幸福に満ちた空間だったのだ。その名前が〈ストロベリー・フィールズ〉でイメージとして使われたことで、多くのファンが訪れている。赤く塗られた門しか見ることはできないが、緑の木々から漏れる光の向こうにジョンの楽しい記憶を留めた場所があるのだと思うと、「心の安息所」という言葉が浮かんだ。ストロベリー・フィールドよ、永遠なれ!

ビートルズの聖地には細かい落書きがところ狭しと書き込まれている。ここも例外ではない。木々の緑と門の赤の調和が美しい

ビートルズの聖地には細かい落書きがところ狭しと書き込まれている。ここも例外ではない。木々の緑と門の赤の調和が美しい



あのころ、ペニーレーンで・・・

再三の盗難により、壁に直接描かれるようになったサインボード

再三の盗難により、壁に直接描かれるようになったサインボード

ラウンドアバウトがあり…

ラウンドアバウトがあり・・・

床屋あり…

床屋あり・・・

銀行あり…

銀行あり・・・

「(ペニーレーンは)通りというより、地域の名前なんだ。タイムズ・スクエアとか、コロンバス・アベニューみたいなものだよ」(『ジョンとヨーコ ラストインタビュー』デービット・シェフ著、集英社刊)ビートルズの中で唯一ペニーレーンに暮らしたことのあるのはジョンである。彼が4歳まで両親と祖父と一緒に連続住宅の一軒に住んでいた。〈ペニーレーン〉で歌われている床屋、銀行、ラウンドアバウトなどが今もある。〈ペニーレーン〉を口ずさみながら歩いてみたい。私が訪れた日は曇り空で、歌詞のように、青い空の下というわけにはいかなかったが・・・。


COLUMN

乗り物を利用して、もっと旅を楽しもう!

新しく設けられたサインボード

新しく設けられたサインボード

マジカル・ミステリー・ツアー
The Magical Mystery Tour

ビートルズのメンバーであるジョン、ポール、ジョージ、リンゴにちなんだ場所を訪ねるバスツアー。所要時間は約2時間、ペニー・レーンやストロベリー・フィールドなど、英語の解説を聞きながらまわる。料金は£12.95(2008年1月現在)。チケットはツーリスト・インフォメーションやビートルズショップなどで購入可能。

▼チケットの購入場所
www.cavernclub.org/mystery_tour_booking.php


ゆかりの地は比較的集中している

ゆかりの地は比較的集中している

チャータータクシー
Fab Cabs of Liverpool

自分たちの都合に合わせて、効率よく目的のポイントだけを見てまわれるのがチャーター・タクシーのよいところ。2時間あたり£35で、5人までは同一料金(2008年1月現在)なので複数集まれば非常にリーズナブル。ドライバーもビートルズゆかりの場所の主要なポイントは押さえているので、好みに合わせて相談してみるのもいい。

▼Fab Cabs of Liverpoolのヴェブサイト
http://www.fabcabsofliverpool.com/



PENNY LANE & THE BEATLESMAP

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2008年1月


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地球の歩き方ガイドブック 編集部