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ストラットフォード・アポン・エイボン

ストラットフォード・アポン・エイボンの町を流れる美しいエイボン川

ストラットフォード・アポン・エイボンの町を流れる美しいエイボン川


文豪ゆかりの家々を巡って

ホーリー・トリニティー教会にあるシェイクスピアの胸像

ホーリー・トリニティー教会にあるシェイクスピアの胸像

ストラットフォード・アポン・エイボンは、16世紀末に劇作家として成功を収めたシェイクスピアの故郷。一人の作家の故郷としてここまで特化している町も珍しい。18世紀に文豪として評価を得たころには、すでに観光名所であったという筋金入りの観光地なのである。シェイクスピア終焉の家ニュー・プレイスが今残っていないのは、1759年、あまりの見学者の多さに往時の所有者が壊したという逸話が残っているほど。

世界中から多くの観光客が集まるわりには、木骨造りのチューダー朝時代の家並みと美しいエイボン川が、落ち着いた風情を醸し出し、心も体ものびやかになる町だ。

まず、最初にシェイクスピアとその家族が永眠するホーリー・トリニティー教会を訪れよう。教会の内陣にあるお墓や彫像が有名だが、13世紀に建てられた教会の佇まいが実に美しい。裏に回ればゆったりしたエイボン川、川岸を彩る木々とその向こうに広がる緑の野原が気持ちいい。因みに、教会の中にあるシェイクスピアの胸像は、死後7年以内、妻と友だちが生きている間に建立されているので、一番似ているとされている。


ホーリー・トリニティー教会。かつて誰でも触れば安全が確保されたという13世紀のノッカーが内ドアに残っている

ホーリー・トリニティー教会。かつて誰でも触れば安全が確保されたという13世紀のノッカーが内ドアに残っている

シェイクスピアの生家(左端)はかなり広いヘンリー・ストリートに面している

シェイクスピアの生家(左端)はかなり広いヘンリー・ストリートに面している


教会の近くには、シェイクスピアの長女スザンナと夫で医者のジョン・クロフトの家「ホールズ・クロフト」があり、そこから町の中心へ向かって歩けば、「ナッシュの家とニュー・プレイス跡地」。かつてのニュー・プレイスは『煉瓦と木骨造りのきれいな家』であり、町の最大級の屋敷だったという。現在、跡地にはエリザベス朝時代に流行したノットガーデン(飾り結び庭園)が作られ、訪れた3月には水仙やパンジーなど春を告げる花が咲いていた。庭から見る煉瓦作りのナッシュの家とギルド・チャペルの光景は、シェイクスピアが住んだ時代とそう変わりはないという。

さらに北に歩けば、ヘンリー・ストリートに面して建つのが「シェイクスピアの生家」。シェイクスピアの父は手袋職人ながら、羊毛商や金融業も手がけた人物で、かなり立派な木骨造りの生家だ。1階には家事全般が行われたパーラー、食事をしたホール、手袋工房寝室など、2階には寝室など、すべて16世紀当時を再現している。裏庭には16世紀にはすでに一般的だったハーブや果樹が植えられている。表通りの広さが妙に気にかかった。昔から交通の要衝だった町には、ロンドンからの情報が行き交ったに違いない。すでに3人の子供を持つシェイクスピアだったが、23歳のときにロンドンへ一人旅立ったのである。

中世の雰囲気を今に伝える木骨造りが美しいシェイクスピア・ホテル

中世の雰囲気を今に伝える木骨造りが美しいシェイクスピア・ホテル

終の住拠となったニュー・プレイスは今は庭園に。奥に見えるのは孫娘の夫ナッシュの家

終の住拠となったニュー・プレイスは今は庭園に。奥に見えるのは孫娘の夫ナッシュの家


きちんとシェイクスピアを読もうか・・・・・

シェイクスピアの作品によく登場する牧歌的な情景を求めて、町から1.6km離れたショッタリー村のシェイクスピアの妻の実家「アン・ハサウェイのコテージ」へ。木と石と煉瓦の建物と茅葺き屋根、そして小さな庭園。まさに古き良きイングランドを彷彿させる“田舎のコテージ&ガーデン”そのもの。庭先の柳の木を絡ませて作ったウイローキャビンではソネットの朗読も聞けるし、さらに樹木園には戯曲に登場するほとんどの樹木が植えられている。ストラットフォード・アポン・エイボンのツーリスト・インフォメーション・センターに来る日本人で一番多い質問は『あとこれだけ時間があるのだがどこへ行ける?』というものだそうだ。時間があるならコテージ近くの散策道をぶらりぶらり歩くのはいかが? ショッタリー川の風景は『ハムレット』のオフィーリアが溺死する場面に描かれているといわれている場所だ。

また、北へ5kmほど離れたウィルムコート村にある『メアリ・アーデンの家』はシェイクスピアの母の実家。かつては隣接のパーマー農園がメアリの家とされていたが、2000年の調査の結果、煉瓦の建物が『メアリ・アーデンの家』と判明した。18世紀に煉瓦の外壁に改築されてはいるが、内部は木組み構造が残り、その年輪から1514年の建築と推定された。これら2つの農家と農園により、16世紀の農家の暮らしを再現している。近くに『お気に召すまま』に描かれたアーデンの森が広がるこのあたりは、のどかな空気に包まれ、心地いい時間が過ぎていく。

ロンドンへ出てから37の戯曲を書いたシェイクスピアは、1616年に亡くなるまでの18年を故郷に戻って暮している。彼が生きた時代はエリザベス1世の時代。絶対王政が確立し、国力の充実を図り、スペインの無敵艦隊に勝利するなど、後の大英帝国への道筋をつけた。さまざまな問題は残しながらも平和を維持した治世の時代だった。ロンドンは成長し、文化も熟し、シェイクスピアは後世に残る名作を残す。人間観察が鋭く、その普遍性を高く評価されるシェイクスピア戯曲。産業革命前のまだまだ静かな時代だからこそ、人間の本質を見つめられたのだろうか。往時のままに残る田園風景に触れて、きちんとシェイクスピアを読んでみたいと思った。

茅葺き屋根も見事なアン・ハサウェイの家。コテージ・ガーデンも見どころのひとつ

茅葺き屋根も見事なアン・ハサウェイの家。コテージ・ガーデンも見どころのひとつ

裏庭にある柳の木で造られたウイローキャビン。ボタンを押せばソネットが聞こえる

裏庭にある柳の木で造られたウイローキャビン。ボタンを押せばソネットが聞こえる

メアリー・アーデンの家の外観は18世紀にレンガで改築されたが、内部は16世紀の生活を伝えている

メアリー・アーデンの家の外観は18世紀にレンガで改築されたが、内部は16世紀の生活を伝えている


ナイトライフ&エクスカーション

さて、ストラットフォード・アポン・エイボンのナイトライフは本場のシェイクスピア劇の鑑賞、あるいはマナーハウスに泊まっていれば豪華なディナーなど意外に限られる。そこで、英国ならではのナローボート『カウンテス・オブ・イブシャム号』のエイボン川イブニング・クルーズに乗船してみた。夜の7時半から3時間と長いようだが、食事をいただきながらなのであっという間。夕暮れの静かなときを音もなくゆっくりと進むクルーズは、カントリーサイドののどかさを一番感じさせてくれた。

また、ストラットフォード・アポン・エイボン近郊には、温泉保養地レミントン・スパやエリザベス朝時代の壮大な城跡で知られるケニルワースなど見どころも多い。なかでも町から約13kmのウォーリック城は、歴史アトラクションとして人気がある中世の名城。堅牢な塔が建っているとおり、11世紀に城塞として建てられ、15世紀半ばにはウォーリック伯爵が活躍、1978年にタッソー・グループに売却されるまでウォーリック伯の居城だった。見どころは、武器もよろいもすべて手作りだった15世紀半ばの闘いの準備と、19世紀末に開催された豪華なロイヤル・ウィークエンド・パーティーの再現シーン。ろう人形を駆使しているので往時の服装なども楽しめる。中世から現代までのイングランド史を凝縮した形で楽しめる。

イブニング・クルーズでナイトライフも充実

イブニング・クルーズでナイトライフも充実

中世の名城ウォーリック城

中世の名城ウォーリック城

19世紀のウィークエンド・パーティーを再現

19世紀のウィークエンド・パーティーを再現


2008年7月


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地球の歩き方ガイドブック 編集部