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スミソニアンの歩き方 コース#01-#05 ダイオウイカ/エノラ・ゲイほか

#01 スミソニアン協会誕生のディープな ハ・ナ・シ

世界最大の博物館群である、スミソニアン協会。誕生は、ひとりのイギリス人から始まった。
“自由の国アメリカ”に渡ることを、死ぬまで夢見たイギリスの科学者、ジェームズ・スミソン。正式な婚姻のもとに生まれなかった彼は、幼少よりイギリス社会に冷たくされたと言われている。生涯独身を貫き、莫大な財産を残すが、その遺産を「人類の知識の普及と向上のために」生涯夢見たアメリカに、ぽーんと寄付してしまったのだ。その基金をもとに誕生したのがスミソニアン協会Smithsonian Institutionなのである。

スミソニアン協会の情報センターであるキャッスル(写真左)入口にある、スミソンの墓。スミソンは、死んでからやっとアメリカに渡ることができたのだ。スミソニアン見学は、最大の功労者の墓参りから始めよう

スミソニアン協会の情報センターであるキャッスル(写真左)入口にある、スミソンの墓。スミソンは、死んでからやっとアメリカに渡ることができたのだ。スミソニアン見学は、最大の功労者の墓参りから始めよう


#02 ダイオウイカよりダイヤモンド

スミソニアンで所蔵品数No.1を誇るのが自然史博物館だ。その数、1億2600万。骨のコーナーには巨大なTレックスなどの化石標本が、民族のコーナーにはモアイ像が並ぶ(NYの自然史博物館と同じ)。館でダントツの人気を誇るのが宝石コーナーの、世界最大のブルーダイヤ“ホープダイヤモンド”だ。数奇な運命をたどったダイヤの美しさに、女性からため息が漏れる。

いつも人だかりのホープダイヤモンド。あまりの見学者の多さにこのダイヤだけをひとつのケースに入れ、誰もが見ることができるよう展示板が自動で回るしかけとなっている

いつも人だかりのホープダイヤモンド。あまりの見学者の多さにこのダイヤだけをひとつのケースに入れ、誰もが見ることができるよう展示板が自動で回るしかけとなっている


#03 モハメド・アリのグローブ、マイケル・ジョーダンのユニホームも展示!?

航空宇宙博物館に次いで、訪問者数が多いのがアメリカ歴史博物館。植民地時代から現在までのアメリカの、裏も表も包み隠さず見せてくれるところだ。「チョウのように舞い、蜂のように刺す」と形容されたプロボクサー、モハメド・アリのグローブや、マイケル・ジョーダンのブルズのユニホームなどは、アメリカ人にとっては国宝なのである。2009年の一番人気は、国歌誕生の元になった本物の星条旗のコーナー。

映画でカームンラーが試していたモハメド・アリのグローブ。同じく映画にも出てきた『オズの魔法使い』でドロシーがはいていたルビーの靴なども展示されている

映画でカームンラーが試していたモハメド・アリのグローブ。同じく映画にも出てきた『オズの魔法使い』でドロシーがはいていたルビーの靴なども展示されている

前作の「ファラオ・アメンクラー」の兄、カームンラー

前作の「ファラオ・アメンクラー」の兄、カームンラー


#04 B-29 エノラ・ゲイ

1945年8月6日、広島に人類初の原子爆弾が投下された。約14万人もの一般市民が犠牲となり、人類史上最も凄惨な出来事として歴史の1ページに刻まれている。その原爆を投下したのが、B-29「エノラ・ゲイ」の爆撃機である。この機体が修復され、ワシントン郊外のダレス空港に近いウドバー・ハジー・センター(航空宇宙博物館別館)で見ることができる。

キャプション

「エノラ・ゲイ」とは機長であるティベッツ大佐の母親の名前。修復中の同機の一部公開が決定されたとき、スミソニアンではあわせて広島で何が起こったかの展示を行おうとした。これが退役軍人の猛反発に遭い、館長が辞任に追い込まれたいわく付きの機体でもある


#05 展示物・フロム・ジャパン

ゼロ戦

航空宇宙博物館《本館》に展示されているゼロ戦

世界最大の博物館には、日本からの所蔵品もある。圧巻は第2次世界大戦時の戦闘機の数々だ。航空宇宙博物館本館にはゼロ戦が、別館(ウドバー・ハジー・センター)には紫電改、潜水艦の中に折り畳んで輸送した晴嵐、そして特攻機・桜花などが展示されている。資源のない小国の、技術力の素晴らしさを目のあたりにすることができる。なお、別館はワシントン・ダレス国際空港の近くにある。月光、屠龍もこちらだ。

晴嵐

晴嵐(上)をはじめとする日本の戦闘機は見事に修復され、航空宇宙博物館《別館》に展示されている

日本の戦闘機群

《別館 内部遠景》


2009年08月


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地球の歩き方ガイドブック 編集部