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ピースブリッジが語るもの Bridge for peace

ロンリープラネットで“行くべき都市”に選ばれたこともあり、注目の観光地として脚光を浴びているベルファスト。城塞都市デリーも2013年の英国文化都市に向けた再開発が進行中だ。ケルトの文化、郊外の美しい景色やパブでのビールといったアイルランドならではの魅力も存分にありながら、荒波に翻弄されてきた北アイルランドの歴史が世界から人々を引きつけている。

2011年5月にデリーのカトリック側とプロテスタント側を結んだピースブリッジ。歩行者と自転車専用の橋

2011年5月にデリーのカトリック側とプロテスタント側を結んだピースブリッジ。歩行者と自転車専用の橋

ベルファストの壁画を巡って

ベルファストは北アイルランド第一の都市。19世紀には紡績業や造船業で栄え、タイタニックもここで造られた。沈没から100年となる今年、この悲劇の豪華客船が造られた街として造船所跡周辺はタイタニッククオーターとして生まれ変わっている。その一方、観光ポイントを循環するバスに乗ると、かつて紛争があったエリアやプロテスタントとカトリックを隔てた壁も通る。ドライバーガイドの解説を聞きながら壁画を巡るブラックタクシーツアーも人気だ。これらの紛争跡巡りは今やベルファスト観光の目玉ともいえる。イスラエルから来た夫婦は「平和を見に来た」と話していた。

中心街のラガン川沿いは再開発でよみがえった

中心街のラガン川沿いは再開発でよみがえった


ショッピングの中心、ロイヤルアベニュー

ショッピングの中心、ロイヤルアベニュー

キャプション

 


ベルファストはタイタニック誕生の地。ハートランド&ウルフ社のクレーン「サムソンとゴリアテ」はベルファスト港のシンボル

ベルファストはタイタニック誕生の地。ハートランド&ウルフ社のクレーン「サムソンとゴリアテ」はベルファスト港のシンボル

タイタニックを製造したドライドックが残されている

タイタニックを製造したドライドックが残されている


政治的なプロパガンダが描かれた壁画はカトリックとプロテスタントそれぞれの地区にある。カトリック側で有名な場所がベルファスト西にあるフォールズロード。今はアイルランドだけでなく世界中で起きている戦争や差別などに対するメッセージが描かれている。抗争で亡くなった人の慰霊碑もあるフォールズロード周辺と北側のプロテスタントのエリアの間には1969年の紛争以来、高さ5.5mの壁が存在してきた。ピースラインと呼ばれるこの壁も、今は世界中から訪れた人のメッセージが書き込まれるようになった。

フォールズロードの壁画はもはや観光ポイントに
フォールズロードの壁画はもはや観光ポイントに

フォールズロードの壁画はもはや観光ポイントに

ピースラインの落書きも平和に関するアートワークができている

ピースラインの落書きも平和に関するアートワークができている

さまざまな国の人が平和を願うメッセージも(ピースライン)

さまざまな国の人が平和を願うメッセージも(ピースライン)


カトリック居住区から北に向かい、シャンキルロードに出ると、景色は一変。通り中にユニオンジャックの小さな国旗が飾られている。ユニオニスト(英国との連合維持を主張する人、多くがプロテスタント)のエリアなのは一目瞭然。パブの中も旗だらけ。夏は彼らユニオニストのイベントが続くこともあり、土産店にはユニオンジャック、スコットランド、アルスター※の旗や、プレミアリーグのグッズ、ケイトとウィリアム夫妻はじめロイヤルファミリーグッズの数々が。シャンキルロード側にも壁画があり、第一次世界大戦の連合軍への貢献など主にユニオニストの歴史的イベントを描いたものが多いが、カトリック側同様、抗争に巻き込まれたプロテスタント市民についての記念碑もある。通りから奥まった住宅地の広場周辺に政治的プロパガンダの壁画が残るものの、平和を象徴する絵が描かれるなど徐々に変わってきている。

※「アルスター」は銀行、大学、バスなどの公共施設の名前にも幅広く付けられ、主にユニオニストの人が北アイルランドをアルスターと呼ぶ。アイルランド全域の独立を目指す人々=ナショナリスト(主にカトリック)はアルスターとは呼ばない。ややこしいのは、アルスターという地方名は北6州と南の3州を合わせた9つの州のことで、北と南の両方の国にまたがっていること。アルスターは厳密には北アイルランドの同義語ではない。

観光バスのガイドが次のように解説した。「ここは1つの国に2つの宗教、2つのアイデンティティがある」と。ベルファストの中心地に戻ると、そこは活気溢れる英国風の街だ。和平合意以降、ベルファストへの直行便も増えるなど、投資も増え、街の経済発展に貢献しているという。

通り中にユニオンジャックが。ユニオニスト(多くがプロテスタント)の居住区域とわかる

通り中にユニオンジャックが。ユニオニスト(多くがプロテスタント)の居住区域とわかる

国旗などユニオニストグッズが売られている。

国旗などユニオニストグッズが売られている。

かつては危険だったエリアも今は観光バスが循環。

かつては危険だったエリアも今は観光バスが循環。


「すべての子供が持つ権利」。シャンキルロード居住区にほっとするような絵も。

「すべての子供が持つ権利」。シャンキルロード居住区にほっとするような絵も。

自治体によるアートプロジェクトも進められている。

地元コミュニティによるアートプロジェクトも進められている。


News!博物館「タイタニック・ベルファスト」が3月31日オープン

ライド系アトラクションで造船作業をバーチャル体験

ライド系アトラクションで造船作業をバーチャル体験

今年はタイタニック号の沈没からちょうど100年。この豪華客船が造られたベルファストでは造船所跡地はタイタニッククオーターとして再開発の真っ最中。ホテルやエンターテイメント施設などが建設され、中でも観光アトラクションとして注目されるのがタイタニックの博物館「タイタニック・ベルファスト」。船がどのように建設されたのかの解説をはじめ、造船作業を体験したり、再現された客室やバンケットルームが見られたりと迫力満点。生存者の声や船が沈んだ海の中など多角的でリアルな展示の数々が見られる。オープンは3月31日。

3月31日〜5月31日はタイタニックフェスティバルとして、式典や展覧会やツアーなどさまざまな関連イベントが開催される。なお、ベルファストには造船当時のドックが残っており、1年中ガイドツアー行われている。

斬新なデザインの博物館「タイタニック・ベルファスト」

斬新なデザインの博物館「タイタニック・ベルファスト」

ドックでのガイドツアーも行われている

ドックでのガイドツアーも行われている


ローリー・マキロイはカトリックorプロテスタント?

北アイルランド出身のローリー・マキロイは、2011年の全米オープンでメジャー初優勝を果たした若手ゴルフ選手。女子テニスプレーヤーのキャロライン・ウォズニアッキと付き合っているという話題のほかに、注目されるのがカソリックかプロテスタントか、という帰属の問題。出身はプロテスタントの多いベルファスト郊外ハリウッド、両親はカトリック、抗争で亡くなった叔父もカトリック、宗派を問わない学校に変わっていたりという背景からさまざまな憶測が飛ぶものの、彼は明言を避けている。そうすれば、北アイルランドだけでなく、英国とアイルランドを巻き込んで波紋を呼ぶからだ。

北アイルランド出身の元F1ドライバー、エディ・アーバインが1997年に表彰台に上ったときに手違いで英国のユニオンジャックでなく、アイルランドの国旗が掲げられてしまい、両親に脅迫電話がかかってきたことがあった。それだけ北アイルランドではこの帰属がセンシティブな問題なのだ。

マキロイはゴルフが正式種目となる2016年のオリンピックには英国代表として出場したいと話しており、その理由は単に「パスポートが英国だから」。マキロイはいう。「どこの出身だとかどの教会に行くかでなく、どんなプレイをするかで判断される未来が来て欲しい」と。マキロイには新しい時代の北アイルランドのヒーローとなってもらいたい。

※北と南でチームが分かれるラグビーやクリケットとは異なり、アイルランドのゴルフ連盟は北アイルランドも含めて南北一緒の組織。オリンピックやワールドカップなどの国別対抗では南北のアイルランドでチームを構成する。ただし、北アイルランド出身の選手は英国かアイルランドかを選択できる。

デリーが2013年の英国文化都市に

フォイル川の河口に開けた街デリー/ロンドンデリー。546年に川岸に建てられた修道院から歴史が始まったというアイルランド島でも古い街。入植したプロテスタントがカトリックから守るために1613〜1618年に築いた城壁がその姿を留め、中世の面影を感じさせる。一方、城壁の下にあるカトリックの居住地、ボグサイドには1969年にカトリックの住民たちがバリケードを築いたという「デリー解放区」のモニュメントがある。ボグサイドは1968年から激しさを増した公民権運動の中心地で、1972年には英軍の発砲で14人の市民が亡くなった血の日曜日事件が起こっている。このエリアもベルファスト同様、政治的な壁画が見られるが、今では城壁だけでなく、これらの壁画や解放区のサインも観光客の撮影ポイントになっている。

ボグサイドにあるハンガーストライキの記念碑、背景に「デリー解放区」が見える

ボグサイドにあるハンガーストライキの記念碑、背景に「デリー解放区」が見える

2009年にはガザ紛争に対して「ガザ解放区」になっていた ※追加

2009年にはガザ紛争に対して「ガザ解放区」になっていた


そしてデリーは今、新しい歴史を刻もうとしている。デリーは2013年の英国文化都市に選ばれ、これにともなう開発が進められている。英国文化都市は、1年間にわたり集中的に各種プログラムや文化イベントを展開する事業。欧州各都市で行われている欧州文化首都の英国版で、2013年が初開催となる。この記念すべき第1回の開催地に、最終審査に残ったバーミンガム、ノーリッジ、シェフィールドを押さえて選ばれたのがデリーだったのだ。

再開発の中心はフォイル川の東側、セントコロンブス公園と隣接するエブリントン。ここはデリー包囲戦以来、英国軍の基地だったところ。広場は1万4000人を収容するコンサートやイベント会場に、兵舎などの歴史的建造物はギャラリーやカフェやレストランなどが入り、新しい市民のレクリエーションスペースとなる。再開発の一環として、2011年6月25日にはEUからの援助約1400万ポンドにより、エブリントンと城壁のある旧市街地側を結ぶピースブリッジが完成した。フォイル川によって分かれていたプロテスタントとカトリックのエリアをつなぐ象徴的な橋ともなり、北アイルランド自治政府副首相マーティン・マクギネスは「街が変わる“触媒”となる」とコメントした(BBCのニュースより)。

ピースブリッジを渡ると開発中のエブリントンへ

ピースブリッジを渡ると開発中のエブリントンへ


工事中の壁に掲示されていた完成予想図

工事中の壁に掲示されていた完成予想図

長さ235m、幅4mのピースブリッジは人々をつなぐ橋になった。夜はライトアップされ、明るい景観づくりにも役立っている

長さ235m、幅4mのピースブリッジは人々をつなぐ橋になった。夜はライトアップされ、明るい景観づくりにも役立っている


城壁内にある第一長老派教会も5月に再建された。この教会は1690年のデリー包囲戦でのプロテスタント勝利の褒美としてメアリー2世の援助によって建てられたプロテスタント教会で、これまでカトリックの攻撃にさらされ、荒廃がひどく、閉鎖されていた。しかし、カトリックとプロテスタントの各コミュニティの協力で、集まった寄付金250万ポンドを投じて再建にこぎつけた。開会式にはロイヤリスト、リパブリカン、カトリック、教会、警官、政治家など抗争に関わった全ての人が垣根を越えてここに集まったという。地元ガイドのマーティン・マクロッサン氏は「18年間この街のガイドをしてきた中で、最良の日だった」と振り返る。スコットランドのプロテスタント系である長老派教会にカトリックが来ることはありえなかったのだという。

再建された第一長老派教会

再建された第一長老派教会

地元の有名ガイド、マーティン・マクロッサン氏。街の姿を伝える各種ツアーを実施

地元の有名ガイド、マーティン・マクロッサン氏。街の姿を伝える各種ツアーを実施


人の流れも変わってきた。抗争により、中心部の店の上にある部屋に住む人が減ってしまったが、そこに住んでもらうことで、中心部に人を呼び戻そうというLOTS(Living Over the Shop)プロジェクトも進められている。目に見えない停戦から目に見える平和の象徴の誕生へ、北アイルランドの都市は新しく変わろうとしている。

現在までの街の歴史を紹介するタワーミュージアム、抗争について考えるきっかけになる

現在までの街の歴史を紹介するタワーミュージアム、抗争について考えるきっかけになる

ギルドホールスクエア前の建物も化粧直し中

ギルドホールスクエア前の建物も化粧直し中

1992年にクレイガボン橋たもとに立てられた、平和を象徴する銅像「和解」

1992年にクレイガボン橋たもとに立てられた、平和を象徴する銅像「和解」

リネンや本屋などのかわいらしいショップが並ぶデリークラフトビレッジも再開発中

リネンや本屋などのかわいらしいショップが並ぶデリークラフトビレッジも再開発中


2012年02月


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地球の歩き方ガイドブック 編集部