ガイドブック編集部 > 特集 >  春から初夏のオンタリオの魅力 〜水路でつながる花に彩られた水辺の街々〜 > ビクトリア女王に選ばれた水辺の都・オタワ 〜Day1 オタワの街を知る〜

ビクトリア女王に選ばれた水辺の都・オタワ 〜Day1 オタワの街を知る〜

首都ならではの見どころが揃う

空港から街に向かう途中で通る、市内をつらぬく川。これがオンタリオ湖までつながる世界遺産のリドー運河で、冬には水が凍り、天然のスケートリンクになるため、スケート靴で通勤通学する人もいるという。運河をさらに北上し、オタワ川とぶつかる高台ネピアンポイントは、カナダの首都機能が集中するオタワ首都圏であるオタワとケベック州ガティノーが見渡せる絶景ポイント。夕暮れどきにはカップルが姿を見せる。

オタワ川を挟んで左がオンタリオ州オタワ、右がケベック州(ネピアンポイントからの景色)

オタワ川を挟んで左がオンタリオ州オタワ、右がケベック州(ネピアンポイントからの景色)


荘厳なネオゴシック様式の国会議事堂はオタワのシンボル。前の広場は出入り自由なスペースで、子供たちや散歩の人たちが普通に歩いている。

ガイドツアーで見学できる議事堂は内部の建築も素晴らしく、なかでも1916年の火災を逃れた1859〜1866年のオリジナル建築である図書館の円形閲覧室が美しい。ガイドさんは英語で説明するが、フランス語もペラペラ。オタワでは標識や看板もパンフレットも全て英仏のバイリンガル仕様だ。

画家集団「グループ・オブ・セブン」をはじめカナダを代表するアーティストのコレクションを誇るナショナルギャラリー、昆虫から鉱物までカナダのユニークな展示が見られるカナダ自然博物館など、見応えのある国立のミュージアムが揃っている。

荘厳なネオゴシックの国会議事堂

荘厳なネオゴシックの国会議事堂


DATA

国会議事堂
PARLIAMENT of CANADA

上院議場の内部。女王の席があるが通常は総督が座る

上院議場の内部。女王の席があるが通常は総督が座る

広場には建国100周年に作られたセンテニアルフレームがあり、夏には衛兵交代セレモニーが行なわれる

広場には建国100周年に作られたセンテニアルフレームがあり、夏には衛兵交代セレモニーが行なわれる

議長が通るときに見学者がパパラッチ状態

議長が通るときに見学者がパパラッチ状態

ナショナルギャラリー
National Gallery of Canada

建物前にジョー・ファファード作の鉄と青銅の彫刻がある(ナショナルギャラリー側から撮影)

建物前にジョー・ファファード作の鉄と青銅の彫刻がある(ナショナルギャラリー側から撮影)

カナダ自然史博物館
Canadian Museum of Nature

かつて上下院だった歴史的建造物を地球と生物がテーマの博物館に改装

かつて上下院だった歴史的建造物を地球と生物がテーマの博物館に改装

鉱石やカナダの動物、鳥の剥製、昆虫が見られる

鉱石やカナダの動物、鳥の剥製、昆虫が見られる

バイ大佐が造ったカナダ建国の舞台

リドー運河脇にあるバイタウンミュージアムでは、なぜここに運河が作られ、どのように町が発展したのか、日本語のオーディオガイドで聞くことができる。

もとは原野で木材や毛皮の集積所にすぎなかった場所に運河が計画されたのは、1812年の米英戦争がきっかけだった。その頃この地は英国領。英国は米国の脅威を避けるため、米国境に接したセントローレンス川に代わる水路として、オタワ川からオンタリオ湖に抜ける運河を計画した。

この建設を命じられ1826年にやってきたのが英国海軍の軍人ジョン・バイ大佐で、運河の工事本部を設け、同時に町づくりに着手。この地はバイ大佐の名前からバイタウンと呼ばれ、現在のオタワの元となる。

1855年にはオタワは市に昇格。2年後の1857年、英国ビクトリア女王の一声でオタワが首都になる。1841年にアッパーカナダ(今のオンタリオ州)とロワーカナダ(現ケベック州)が合併し、連合カナダ植民地となっていたものの、首都は英国系のキングストンとトロント、フランス系のケベックとモントリオールを転々としていた。女王が選んだオタワはこれら4都市と違い、国境に近すぎず、英国領とフランス領の境目という絶妙なロケーション。両文化の架け橋にふさわしい場所だった。

バイタウン時代の佇まいを今に残すのが、アイルランド人とフランス系カナダ人が多いエリアにあった市場のバイワードマーケット。1840年代から市民の台所として親しまれ、バイ大佐の名前が今も残る貴重な場所。レンガ造りのマーケットの周辺は生鮮食品や雑貨、おみやげなどの露天市が立ち、個性的なショップやギャラリーなどが集まり、昔と変わらず賑わうエリアとなっている。

バイ大佐
DATA

バイタウンミュージアム
Bytown Museum

1827年に物資配給所として作られたオタワ最古の石造建築

1827年に物資配給所として作られたオタワ最古の石造建築

メイジャーズヒル・パークから自分が作った街を見下ろすバイ大佐

メイジャーズヒル・パークから自分が作った街を見下ろすバイ大佐

各種のゴーストツアーHaunted Walkも実施。違う角度からオタワの歴史がわかる

各種のゴーストツアーHaunted Walkも実施。違う角度からオタワの歴史がわかる


DATA

バイワードマーケット
ByWard Market

レトロ感溢れる建物にさまざまな店が入る

レトロ感溢れる建物にさまざまな店が入る

マーケットの外には店が並ぶが、寄ってみたいのはオタワ名物の揚げパン店「ビーバーテイル」

マーケットの外には店が並ぶが、寄ってみたいのはオタワ名物の揚げパン店「ビーバーテイル」

メープルシロップなどの露天も並ぶ

メープルシロップなどの露天も並ぶ

食事は付近の中庭で喧噪を離れゆっくりと

食事は付近の中庭で喧噪を離れゆっくりと

カナダがわかるhistory1
建国の背景に米独立と英仏の覇権争い

17世紀初頭にフランス人探検家シャンプランがケベックを創設以来、ここが拠点となってヌーベルフランスが繁栄していた。ところが1763年に英仏戦争で負けたフランスは北米の植民地を英国に割譲、ケベックは英国の統治下となる。さらに1776年の米国独立で英国側についたロイヤリスト(王党派)がセントローレンス川上流地域に移住(フランス系は下流に住んでいた)。ロイヤリストの流入で英国系の割合が増えたため、英国は1791年に旧フランス領のケベック植民地をセントローレンス川の上流のアッパーカナダ(現オンタリオ州)と下流のロワーカナダ(現ケベック州)に分けて、分割統治を始めた。

米国の独立運動を背景に、両植民地議会の権限を制限したため、それぞれでの反乱を受け、1841年にはアッパーカナダとロワーカナダがカナダ連合として再統合。1867年には植民地を自治領に移行させる英国本国の政策により、東部4州(オンタリオ、ケベック、ノバスコシア、ニューブランズウィック)から成る自治領ドミニオン・オブ・カナダが誕生、これがカナダの建国となっている。

ネピアンポイントに立つサミュエル・ド・シャンプランの像。1608年にケベックを築いたフランス人

ネピアンポイントに立つサミュエル・ド・シャンプランの像。1608年にケベックを築いたフランス人

1812年の米英戦争でカナダ植民地を守ったアッパーカナダとロワーカナダの指揮官が掲げられている

1812年の米英戦争でカナダ植民地を守ったアッパーカナダとロワーカナダの指揮官が掲げられている


カナダ連邦設立会議に出席した各州の代表「連邦の父たち」(カナダ文明博物館)

カナダ連邦設立会議に出席した各州の代表「連邦の父たち」(カナダ文明博物館)

DATA

カナダ文明博物館
Canadian Museum of Civilization

室内最大のトーテムポールコレクションなど先住民の展示が充実

室内最大のトーテムポールコレクションなど先住民の展示が充実

毛皮交易でも活躍した先住民のカヌー

毛皮交易でも活躍した先住民のカヌー

ウクライナ移民がオープンした店なども再現

ウクライナ移民がオープンした店なども再現

中国人経営のランドリーもリアル

中国人経営のランドリーもリアル

カナダがわかるhistory2
ビーバーの毛皮を求めたヨーロッパ人

カナダの国獣ビーバーもヨーロッパによる植民地化の犠牲者だった。茶色い毛の内側にびっしり生える白い毛が水がしみるのを防ぎ、かつ肌触りがいいビロードのようなビーバーの毛皮がヨーロッパの上流階級に珍重され、洋服や帽子の材料として、乱獲のターゲットになった。

大航海時代、アジア航路を求めてやってきたフランス人がセントローレンス川地域で大量のビーバーとを発見、後に英国が開拓に乗り出し、先住民を巻き込んでの毛皮争奪戦が行なわれていた。1670年、英国は毛皮交易の勅許会社としてハドソン湾会社(百貨店「ザ・ベイ」はその流れを組む)を設立。ヌーベルフランスを英国が方包囲する形で勢力を広げていた。

毛皮交易はカナダの主要産業となり、白人入植前は1000万匹いたというビーバーは乱獲され、19世紀中ごろには絶滅寸前に。一方でヨーロッパでは、ファッションのトレンドも変化し、カナダの毛皮交易は衰退。ビーバーが生き残ることができた。

国会議事堂前のビーバー

国会議事堂前のビーバー

ビーバーの毛皮はヨーロッパで大人気だった。革は靴やバッグに使われた

ビーバーの毛皮はヨーロッパで大人気だった。革は靴やバッグに使われた

ロード・エルジン
Lord Elgin Hotel

1941年に軍用ホテル兼会議施設として作られた高級ホテルで、名前は創業時のオーナー、エルギン卿にちなむ。壁にかかる絵画、置かれている彫刻はチューリップがモチーフ。春はチューリップフェスティバル、冬はウインタールードのイベント会場に近い便利な立地。スターバックスが入る。

フロントもチューリップで飾られる

フロントもチューリップで飾られる

観光に便利なロケーション

観光に便利なロケーション

フェアモント・シャトーローリエ
Fairmont Chateau Laurier Hotel

駅舎ホテルとして1912年に建設された名門ホテルで、ホテル名はフランス系として初のカナダ首相になったローリエ氏の名前にちなむ。チャーチル英国首相、エリザベス女王、ニクソン大統領など歴史上の人物も滞在し、ロビーには訪れたセレブの写真が飾られている。ホテルのオーナーだった鉄道会社社長はカナダへの帰途タイタニック号に乗船、帰らぬ人となったなどさまざまなエピソードがある。

オタワのランドマークのひとつ

オタワのランドマークのひとつ

ゴシック調の重厚感のあるロビー

ゴシック調の重厚感のあるロビー

2013年07月