ガイドブック編集部 > 特集 > ブルガリア歴史さんぽ > プロヴディフ

プロヴディフ

夜の帳が降りようとしている旧市街に街灯の明かりが灯りはじめる。秋の日暮れは早い。そろそろホテルへ戻る時間か。なんだか名残惜しい。民俗復興時代の家並みの間の石畳を踏みしめるようにして、道を急ぐ。

プロヴディフの歴史は古く、紀元前4000年まで遡れるという。実際、町を歩くとトラキア人が残した要塞の跡から、ローマ時代の数々の遺産、ビザンティン帝国が残した遺跡、オスマン・トルコ時代の建物、そして民族復興期の邸宅にいたるまで、すべての時代の見どころが存在する。それら多種多彩な遺産が現代の風景の中に違和感なく溶け込んで共存しているのが、この町の特色だ。歩くのがこれほど楽しい町は、なかなかない。トラキア平原のほぼ中央部に位置することで古くから商業が栄え、支配者が変わっても商業都市としての性格は変わることがなかった。今日、毎年5月と9月には国際見本市が開かれ、世界中からバイヤーや報道関係者が詰めかける。

中央広場の北側にあるローマ時代の奏楽堂跡。街の中心の繁華街の一角でこのような光景にいきなり出くわすと少々面食らう。かつてのフィリッポポリスという名から、ローマ時代にはトリモンティウム(3つの丘の意)に改名し、重要な地方都市として繁栄した

ブティックやカフェが並ぶプロヴディフのメインストリート、アレクサンダル・バテンベルグ通り。ここばかりは、今風の人々がそぞろ歩くおしゃれな場所。この下には未発掘の遺跡が残っているというが、どうするのだろう

中央広場からアレクサンダル・バテンベルグ通りを北へしばらく歩く。左側にあるデパートの地下をのぞいてびっくり。なんとローマ時代の遺跡が

アレクサンダル・バテンベルグ通りの終点ジュマヤ広場。ここではローマ競技場跡を見ることができる。広場のかたわらには、ダイヤモンド型の模様が美しいミナレットがあるジュマヤ・ジャーミヤが建つ。このイスラム寺院は14世紀に建てられた

現在のプロヴディフは「6つの丘の町」と呼ばれる。新市街を囲むように3つの丘、そして旧市街を形作る3つの丘があるからだ。新市街側の丘サハトテペから旧市街のローマ劇場跡方面を望む。旧市街が丘の上にあることがよく分かる

新市街のメインストリートから、すぐに上れるとあってサハトテペは若者の姿が多い。デートコースのひとつにもなっているとか。この丘の頂には、16世紀に建てられたオスマントルコ時代の時計塔がある

日曜日の午後3時、ブルガリア正教の聖母被昇天聖堂前では新郎新婦が記念撮影。この教会の歴史は9世紀まで遡れるが、現在の建物は1844年に建てられたもの。ブルガリア独立前1858年からこの教会では、ブルガリア語での奉神礼が行われたことでも有名

2世紀に建造されたローマ劇場の跡。収容人員は7000人で、南側には3階建ての舞台が設けられている。当時施された装飾が見られ、保存状態もよい。現在も野外フェスティバルなど、多くの公演がここで行われるなど、現役で活躍中

道路へ張り出した出窓が印象的なこの家はラマルティンの家と呼ばれる。1830年の建造で、後にフランスの詩人・政治家として有名なアルフォンス・ド・ラマルティーヌ(1790〜1869年)が滞在したことで、そう呼ばれるようになった

要塞門、ヒサル・カピヤへ至る石畳の道。前方に見えるこの小さな門は、支配者の変遷と運命をともにし、破壊と修復が繰り返された。マケドニアのフィリッポス2世(紀元前382〜紀元前336年)の支配下のヘレニズム時代に造られたのが、そのはじめ

地域民俗博物館は、1847年にギリシア商人のディミタル・ゲオルギアディが建てた屋敷を活用して1951年に開設された。バロック様式と民族復興様式がミックスされた建物は、国の重要文化財に指定されている

バラバノフの家の裏側。2階部分が道路にせり出した典型的な民族復興様式の家屋である。この町で見られる富裕層の装飾豊かな邸は、それぞれが個性的で、ファサードだけでなく裏面や側面から眺めても絵になる

バラバノフの家1階。中央は土間になっているが、中2階のような部分もある。現在はギャラリーにもなっており、壁面には絵画が展示されている。民族復興様式の場合、1階が作業場や納屋として使われ、2階は居住スペースとなっている

バラバノフの家の2階。家具や調度がいかにも高価そう。この邸はもともと19世紀に建てられたが、20世紀初めに富豪ルカ・バラバノフが所有したことで、この名が付けられた。1930年代に取り壊され、現在の建物はオリジナルに忠実な復元である

パラバノフの家の2階天井の装飾。繊細な細工が見事なシャンデリアの取り付け部分。木の材質をいかした素朴ともいえる装飾に「東洋」を感じる

旧市街で見かけたお土産屋さん。独特の色使いと素朴で心温まるような民芸品に心引かれてしまう

聖コンスタンティン・エレナ教会。ヒサル・カピヤに隣接するこの教会は、1832年、古代キリスト教会の跡地に建てられた。民族復興期の画家ザハリ・ゾクラフによるフレスコ画があり、併設する美術館では16〜19世紀にかけて描かれたイコンも展示

ボヤジエフの家は、ブルガリアの画家ズラトュ・ボヤジエフ(1903〜1977年)のギャラリーになっている。この建物は19世紀に、医師でありブルガリア解放運動家でもあった人物によって建てられた



ページ上部に戻る
地球の歩き方ガイドブック 編集部