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ミストラ〜栄華を誇った中世・ビザンチン時代の夢の跡

ミストラ遺跡は、今回訪れた他の遺跡と比べるとずっと時代が新しい。町の始まりは13世紀前半、十字軍の遠征を契機とし、東ローマ帝国の支配下にあったビザンチン時代に繁栄した中世の城塞都市遺跡だ。ミストラの起源は、異民族の脅威に対抗して地理的条件のよい丘陵地に前線基地として建築された城塞だった。そこにいわゆる城下町ができてさらに城壁や門を築いて防御を固め、宮殿を中心に市街地が整備されて都市として発展したのだ。

町は城壁によって3つの区域に分けられていた。丘の頂上は外敵を監視し町を守るための城塞だ。中腹には宮殿と町の支配階級が住んだ邸宅が建ち並び、下の町には教会や修道院が建てられ多くの人々が移り住んだ。14世紀になると町が安定し、政治、経済のみならず教会美術や文学など文化の中心地として町の名声はヨーロッパ中に知れ渡ったという。


15世紀の後半にオスマン帝国に征服されたが、新しい支配者たちもこの町を利用したのでミストラは繁栄を続けることができた。
しかし、18世紀後半の混乱の時代と1821年に始まったギリシア独立戦争で、残念なことに都市機能のすべてが破壊され、ついに町は人々から打ち捨てられてしまったのだ。


今、私たちが見て回れるミストラがある丘は、ほとんどが廃墟だ。しかし、それでも、修復されたギリシャ正教の聖堂・修道院、宮殿を見れば当時の繁栄の様子がありありと想像できるし、教会施設の内部を彩る数多くのフレスコ画はルネサンスの先駆けとも評価される芸術性の高さで見る者の心を奪う。  


城塞(カストロ)

1249年にアカイア公ギョーム2世の命で作られたミストラ最初の建築物。丘の上にそびえ立ち、当時異民族の勢力圏であったタイゲトス山脈ににらみを利かせている。

アギア・ソフィア聖堂

14世紀半ばに建てられた教会。宮殿にも近いのでその付属教会の役割もあったようだ。


修復されたフレスコ画を見学することができる。

教会前庭のテラスから見渡すスパルタの大地もすばらしい。

宮殿

ギョーム2世の時代に建てられ、以後、増築されていった。建物はおもに三つの時代の建築物で構成されている。この周辺に高官の邸宅街が形成されていたようだ。現在修復中。

パンタナサ教会

ミストラ遺跡にある教会と修道院建築の中で一番保存状態が良く、遺跡内でただひとつ女子修道院として実際に使われている。内部のフレスコ画は聖書の物語を題材に15世紀前半に描かれた作品は、ルネサンスの先駆けとも称されている。

聖ディミトリオス教会(メトロポリス)

教会の外観を特徴づける5つのドームは、キリストと4人の福音者の象徴だという。

この教会の建築様式は、「ミストラス様式」と呼ばれる独特のスタイル。建物の一部は現在博物館でミストラの発掘品や資料が展示されている。

ギリシアというと、古代ギリシアやエーゲ海の島々がいの一番に思い浮かべてしまう私たち日本人には、ちょっと馴染みのないビザンチン時代のギリシアにもっと観光の光をあててもいいと思った。その時代、ギリシアという国の名前は奪われていたかもしれないけれど。





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地球の歩き方ガイドブック 編集部