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ルーヴル宮の西に位置するこの門は、1805年のナポレオンの勝利を記念し、ペルシェとフォンテーヌのデザインによって、1808年に完成した。建築を担当したのは、ルーヴル美術館の初代館長でもあったドノン。ルーヴルの展示セクションのひとつに、その名が使われている。第1帝政時代の代表的建築物だが、ナポレオンはこの凱旋門が期待していたよりも小さかったことに不満を抱き、さらに大きな凱旋門(→P.102)の建設を命じた。エトワールの凱旋門が高さ約50mなのに対し、こちらは高さ19m。確かに戦勝記念碑としてはずいぶん小さく、ピンクと白の大理石を基調
とした建築は、勇ましいというより優美な感じだ。門の上には、ナポレオンがヴェネツィアから奪ってきた古代の馬のブロンズ像が飾られていたが、彼の没落後に返還され、ボシオ作のコピーに置き換えられた。門の各4面には、オステルリッツの戦いなど、ナポレオンの輝かしい戦績をたたえるレリーフが見られる。