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対岸のイギリス領ジブラルタルとともにギリシア神話の「ヘラクレスの柱」で知られるセウタは、1415年ポルトガルによって征服され、フェリペ2世がポルトガルを併合した1580年にスペインの手に渡った。以来、戦略的な要地としてスペインの統治が続いている。町並みはアンダルシアとよく似ているが、アラブ服姿の人々が行き交う風景に、ここはアフリカ大陸だということを実感する。 港を背にして、左へ道なりに15分ほど歩くと、正面にサン・フェリペ堀Foso de San Felipeが見えてくる。16世紀にポルトガル人が築いた城塞で、セウタ地峡と呼ばれるセウタで最も幅の狭い所だ。その前の道を左に行くと、アフリカ広場Pl. de Áfricaに出る。ここが町の中心で、広場に面してカテドラルCatedral、町の守護聖母を祀るアフリカ聖母教会Iglesia de Nuestra Señora de África、パラドールが建っている。 アフリカ広場から東へ進むと、メインストリートのReal通りが延び、その先はアチョ山Monte Achoへと続いている。山頂にはその昔ポルトガルが築いた城塞が残っており、現在は軍事施設として使われている。中腹にあるサン・アントニオ礼拝堂Ermita deSan Antonioの前からは、すばらしい景観が広がる。右側にジブラルタル海峡とスペイン、正面にセウタの町、その向こうにはモロッコの山並み。遠くヨーロッパ大陸を望めば、アフリカにいるという実感がわいてくるだろう。