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今回は観光客の方からありがたくも偶然、ローマのブログ開設第一号にぴったりのご質問 をいただきましたのでお答えします。
「ローマを歩くと各所で大きなおっぱいを持つ雌オオカミのシンボルが見られ、お土産物屋さんでは雌オオカミの置物や、キーホルダーなどが売られているのは何故ですか?
良く分からないけど母と一緒に買ってしまいました。でもかわいいので気に入っています。
あと、パン屋さんでも巨乳のオオカミのパンを見かけました。雌オオカミはローマとどういう関係があるのでしょうか?」
いい質問ですね~。
巨乳の雌オオカミのパン(菓子パンでしょうか?後日発見したら写真をアップします)はまだ見たことがないのですが、雌オオカミのシンボルはローマの歴史を語る上で絶対に避けては通れないところなので、早速ご紹介しましょう。
旅行先の知識として、もちろん一生使える教養(いつか何かの役に立つはず・・・!)としても知っておいて損はないですよ。
ご存知でしょうか?
ローマは4月21日、2766回目の誕生日を迎えました。紀元前753年、4月21日に建国したローマは、もともとは小さな丘の上の集落でしたが、今ではずいぶん大きな街になりました。変わっていないのは、今も昔もここでは様々な民族が共存していることでしょうか。
古代ローマの文学者ワッローが伝えるところによると、ローマは双子の兄弟の兄、ロムルス Romulusが建国しました。
ある時、アルバ・ロンガ王国の王位を熱望していたアムリウスは兄のヌミトルから王位を略奪しようと試み、男児を殺し継承者を根絶やしにしようとしますが、困ったことに彼の娘が双子(しかも男児)を産んでしまいます。
怒ったアムリウスは、家来に双子をテヴェレ川 Fiume Tevere(ローマの街中を流れる最も重要な川で、イタリア北・中部の山中に源を発して、ローマのすぐ近くの河口で海に入る)に捨ててくるよう命じますが、この日に限って増水していたため川に近づけず、双子を入れた籠をテヴェレ川近くに放置してきます。
水位が下がると、そこを通りかかった心優しき雌オオカミが双子に乳を与え育てます。
その後、通りがかった羊飼いの夫婦が「あらまあ、かわいいお坊ちゃん達!」と2人を発見し、引き取り育てられることになりますが、やがて成長して自分達の生い立ちの真実 (実は高貴な身分だったこと)を知ると、この双子(兄はロムルス、弟はレムス)の兄弟はローマを治めることになります。
ところが人は誰でも権力欲を抑えきれず、一人で治めたくなってしまうもの。仲違いをして兄弟同士で争い始めます。ある日、弟が挑発して兄の領土に侵入してきた為、兄は弟を殺して、結局兄のロムルスがローマを建国することになります。
ロムルスはローマ初代国王となり、パラティヌスの丘(現パラティーノの丘)に作った国に自分の名前"ロムルス Romulus"から、"ローマ Roma"と名付けました。これが紀元前753年4月21日のことなのです。
伝説では?と思われることもありますが、ところがどっこい全くの100%作り話ではないのですね~。
ロムルスが実在したと思われる証拠品が出土しているのです。(今後とりあげます)
一番有名な雌オオカミといえば"カピトリーノの雌オオカミ"と呼ばれるブロンズ像で、紀元前5世紀初め頃の作品だとされ(異説あり)、雄弁家キケロも「前65年に、カンピドーリオの丘の上にあった雌オオカミのブロンズ像が雷に打たれ、双子の部分が破壊した。」と記録しています。
今日ではこの像と同一のものであった可能性が高いとされており、とてつもなく長い間、このオオカミはローマのシンボルとして君臨してきたのです。
ちなみに知っておくとお得な情報は、現在見られる、下でお乳を飲んでいる双子の兄弟は15世紀の終わりに、ポッライオーロが作成したものなのでオリジナルではありません。
読者の皆さんがもしこの雌オオカミを見たくなってしまったら、大丈夫、日本でも見れます!
東京スタジアムに2001年11月にローマ市から寄贈されたこの雌オオカミのレプリカがあります。
ゴミ箱にも雌オオカミのシンボル。
心優しきオオカミは大きなおっぱいを人間の双子に与えています。
別のゴミ箱に貼り付いていたオオカミのシンボル。少々犬っぽい気がします。
これが一番有名な"カピトリーノの雌オオカミ" 高さ75cm。カピトリーニ美術館 コンセルヴァトーリ宮。
とても丁寧に造られているオオカミは、首の周りのリアルな巻き毛が見所。少し豚にも似ています。
*この記事のタイトルをクリックして記事の下の方へ行くと、一番有名な雌オオカミ像が見れるカピトリーニ美術館 コンセルヴァトーリ宮の位置がわかります。