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基本、どこも入場料が無料で入れる美術館、博物館ばかりのロンドンにいると、「お金かかるのか‥」などと思い、有料の展覧会には足を向けずに終わったり、フリーダ カーロといった人気展の場合は、チケットが完売で見損ねたりしていました。そこで、イギリスで記念すべき初の有料展覧会として、19世紀から20世紀にかけて活躍したフランスの画家、ピエール ボナールの展覧会を観に行ってきました。
ボナールの特徴
今回テート モダンというロンドンの美術館で開催されたこちらのボナール展は、The Colour of Memory というタイトルでもわかる通り、人生の後半戦、45歳を過ぎてから晩年までの、明るく多様な色彩を用いた頃の作品が展示されています。13の小部屋 (room) に分かれた展示室には各年代ごとの作品が集約され、それらを辿っていくとまるでボナールの人生を我々も一緒に辿っているかのような親近感が湧いてきます。
《ル・グラン=ランスの庭で煙草を吸うピエール・ボナール》1906年頃 モダン・プリント 6.5×9cm オルセー美術館 © RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
一巡して気付いた特徴、キーワードは「裸婦像」「変わった構図」「明るい色遣い」の三点。裸婦像のモデルは異常にお風呂好きだった奥さんのマルトさんが大半で、普通の立ち姿の他に浴槽に横たわっている構図も繰り返し出てきます。その浴室も、実際にはあり得ない壁の色や床で、とてもカラフルですが原色のビビットカラーではなく、淡いボンヤリとした色と筆遣いが特徴的です。
Nude in Bathtub, Pierre Bonnard, 1937, Photo: © Tate, London [2019]
そのマルトさんは病弱で、ボナールは彼女の湯治も目的としてフランス各地を巡りながら作品を描いたようです。その行く先々で切り取る風景は、家の中から見た庭の景色や部屋の中の食卓で飲食をしている人物など、日常に密接した何気ない光景が多いです。ただ、構図は独特で、人物を真ん中にせずやたら端の方に描いたり、身体の一部が切れている作品がとても多いです。遠近法もあえて無視したりするなど、題材の見せ方にこだわった画家です。
Coffee, Pierre Bonnard,1915, Photo: © Tate, London [2019]
母親が暮らすフランス南部は特にお気に入りの地域で、そこらを描いた風景は南国を思わせる強い光と情景が旅情緒を醸し出し、私のフランスへのイメージも大幅に変わりました。
Terrace in the South of France, Pierre Bonnard,1925, Photo: © Tate, London [2019]
興味深い浮気時代
日本でも昨年東京でボナール展があったのですが、ボナールに浮気相手がいた事についてはネット上でもあえて検索しない限り、あまり引っかかりません。ところがテート モダン主催のこの展覧会では、一部屋丸々を使って逢引旅行の地やその相手がモデルと思われる?人物画といった、この頃の作品を集めて展示しています。同行した友人などは、「このコーナー、明らかに他よりウキウキした雰囲気醸し出してない?」と感想を述べていましたが、確かに。色遣いも他の淡いトーンより、燃え盛る恋心が入り込んでる分?心なしかハッキリしているような気がします。
Woman at a Table, Pierre Bonnard,1923, Photo: © Tate, London [2019]
そもそも妻マルトさんとは事実婚で、知り合って三十年も経てからようやく結婚しました。それも、ボナールはむしろこの浮気相手に始め求婚していて、どういう事かそれは破綻し結局はマルトと結婚したのです。それを知った浮気相手はその一月後に自殺してしまう、というショッキンングな事まで記されていて、楽しげな作風が一転、複雑な心境に陥りました。
ハイテクな館内設備
こういうレプリカではない、本物が展示される場所では全て作品は剥き出しで置かれているのかと思えば、全てがそうではなく表面がガラスつきの額縁で展示されている物も多かったです。ちょっぴり残念に思いながら歩みを進めると、ありました!キャンバス地が露わになった作品には細い紐が張り巡らされ、枠内には入れないようになっていました。
ところがこの紐、というよりその張り巡らされた場所の天井にセンサーがついており、顔を近づけ過ぎて紐より内側まで顔が「侵入した」形になると、途端にピー!っと美術館に似つかわしい警告音が鳴り響いてしまうので、要注意です。それでも、剥き出しのキャンバスの場合、表面の絵の具のデコボコやサイン、側面まで塗り込められていたりする様子を間近に見れるので、やはり貴重です。
晩年の作品
これまで、ジプシーのように転々としながら歩んできた楽しげなボナールの人生も、最終13番目の部屋に入ると、いよいよ死期が近付いてきているんだな、とこちらも身構えてしまいます。作風やタッチも、なんとなくまた更に変わったように思いました。特に体力の消耗が激しく、甥の手助けを得ながらなんとか描き上げた最期の遺作、花咲くアーモンドの木は、春にも関わらず白い花が雪のようで、全体的に青が濃い点がこれまでの淡いタッチとはちょっと違う印象を受けました。他の作品もこの頃は濃い目です。
Almond Tree in Blossom, Pierre Bonnard,1946-7, Photo: © Tate, London [2019]
この絵が最後の説明文でもあり、1947年一月、死去、との一文を目にすると私までちょっとした寂しさを感じ、虚無感に襲われました。観客をそんな気持ちにまでさせる、テート モダンの展示手腕も必見です。
TATE MODERN住所: Bankside, London SE1 9TG最寄駅: 地下鉄Southwark/ 鉄道 Blackfriars開催期間: 5月6日まで開館時間: 10時〜18時 (金、土は22時まで)入場料: 18ポンドURL: https://www.tate.org.uk/visit/tate-modern