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【フランス リヨン便り n°14】
やはり「歴史は繰り返す」のでしょうか。
人類と感染症との闘いの歴史は古く、紀元前429年、ギリシャのアテナイを襲った疫病は「アテナイのペスト」と称され、多くの命が失われました。古代ローマ帝国も、「アントニヌス帝のペスト」と呼ばれる疫病に襲われ、当時500万人の犠牲者を出したと伝えられています。
歴史上のパンデミックは、14世紀に大流行したペストが有名です。感染者の皮膚が内出血により紫黒色になることから「黒死病」とも呼ばれ、アジアで発生したペストがシルクロードを経由してヨーロッパに広がり、ヨーロッパで3000万人、世界規模では7500万人以上が死亡したと推定されています。ペストは17世紀から18世紀にかけて何度かヨーロッパに蔓延し、なかでも1629年から1631年にかけてイタリアのミラノを襲ったペストは、ピーク時で1日あたり約3500人が死亡したといいますから、その規模は想像を絶するものでありました。
ペストの波はフランスを襲い、1642年から1643年にかけて、フランスのリヨンもペスト感染の危機にさらされました。リヨンの人々はフルヴィエールの丘に登り、聖母マリアに「私たちをお守りください」と救いの祈りを捧げ続け、願いが通じたのか、奇跡的にペストが終息しリヨンが救われたのですから、リヨンの人々がフルヴィエールの丘に聖母マリアに捧げる教会を建立し、伝統行事「光の祭典」を通じて感謝の意を今日まで継承しているのも納得です。
1665年にロンドンを襲ったペストは「ロンドンの大疫病」と称され、当時のロンドンの人口のほぼ4分の1を死に至らしめました。そんな折、「近代科学の祖」アイザック・ニュートンは、ロンドンのペスト大流行から逃れるため田舎のウールスソープに疎開し、のちに、この疎開の2年間(1665~1667年)は「創造的休暇」や「驚異の2年」と呼ばれますが、光の分光的性質に基づく「光学理論」、「重力逆二乗則」(万有引力の法則)、「流率法」(微分積分法)といった「ニュートン三大業績」を発見するのですから、ニュートンはやはり偉人です!
20世紀に入ってからは、1918年から1919年にかけてスペイン風邪が全世界で流行し、この時も死亡者は1億人にのぼりました(日本の人口に匹敵する規模の犠牲者数です)。
最近では、後天性免疫不全症候群(エイズ)やアフリカを襲ったエボラ出血熱が記憶に新しいウイルス出現例です。
19世紀以降の光学顕微鏡技術の発展に伴い、「近代細菌学の開祖」と呼ばれるフランス細菌学者ルイ・パスツールやドイツ細菌学者ロベルト・コッホの観察と研究が実を結び、病原体の存在が特定できるようになりました。ペスト菌も1894年になってようやく、香港でパスツール研究所の細菌学者アレクサンドル・イェルサンによって菌が発見され、同時期に日本でも、ロベルト・コッホに師事し、「日本の細菌学の父」として称される北里柴三郎博士によって発見されました。中世の時代を思えば、疫病との闘いはまさに「見えざる敵」との闘いであり、その恐怖は今日以上のものであったことでしょう。
2019年12月末から騒がれ始めた今回の新型ウイルスですが、2020年1月30日にWHO(世界保健機構)が「緊急事態」を宣言し、3月11日には新型コロナウイルスCovid-19の「パンデミック」が示唆されました。
フランスでは、2020年1月23日に国内で初めて3人の新型コロナウイルスの輸入症例が確認され、2月14日にフランス国内で最初の犠牲者(中国人旅行者)が出ました。それから1ヵ月後の3月14日、フランス政府がウイルスの感染段階を第3フェーズ(全土においてウイルスが流行している状態)に引き上げ、飲食店、美術館・博物館、図書館、展示ホール、ショッピングセンターなどの不特定多数が集まる施設が閉鎖されました。続いて、3月16日にフランスの全国民に対して15日間の外出制限が発出され、3月27日に4月15日まで延長されました。
3月30日14時現在、フランスでは感染者数が4万4550人、3024人が命を落としています。世界的規模では3万3579人の死亡が確認されています。
外出制限が発せられてから、2週間が経過しました。フランスの経済活動は停滞しておりますが、それでも、電気やガスは自由に使用でき、電話もインターネットも利用できます。スーパーやコンビニでは、感染リスクを負いながら店員が働き、私たちに食料品をはじめ日用品を購入できる機会を与えてくれています。薬局も開業し、マスクは品切れ状態ですが、解熱剤や咳止めなどの薬は入手できます。「医療麻痺」や「医療崩壊」といったことも話題になってますが、「見えざる敵」と日々戦っている医療従事者の果敢な働きによって、私たちの日常生活は中世のペスト大流行に比べるとはるかに恵まれた環境におかれています。もちろん、ワクチンも治療薬もない現状では、「新型コロナウイルスに感染したら」という不安を拭うことはできません。3月26日、フランスで初めて未成年者(16歳女子)が新型コロナウイルスに感染して死亡しました。「不条理」という言葉が頭をよぎります。
「神は死んだ」というニヒリズム(虚無主義)のフリードリヒ・ニーチェ(1844~1900年)や、「不条理の哲学」を打ち出したアルベール・カミュ(1913~1960年)を読み直すよい機会かもしれません。
1946年に刊行された『ペスト』はノーベル文学賞を受賞したカミュの代表作のひとつです。ペストの猛威にさらされたアルジェリアの小さな町で、罪なき人々の命が絶たれていくなか、感染防止に立ち向かう人々の絶望的な闘い、挫折、現実逃避、相互不信、裏切り、密告、といった極限の状況が描かれています。時代は違っても、パンデミックに生きる今、「人間の尊厳」とは何か、「希望」とは何か、「明日」は存在するのか、「戦争・災害・テロ・殺人・病気」といった無慈悲な運命に直面した人間の「不条理」と「葛藤」……。フランス文学を代表するカミュから学べるものがあるかもしれません。
ロックダウンを受けて、フランスの町は閑散としています。走行車の数が減り大気汚染が緩和されたのでしょうか。空はいつもより透きとおり、鳥たちがうれしそうに飛び交っています。外出制限は私たちには辛いことですが、自然にとっては喜ばしいことなのでしょう。ニュートンの「創造的休暇」にはほど遠くとも、「今、自分にできること」を探り、実行していきたいです。
皆さまもくれぐれもお身体をご自愛ください。