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【ウイズコロナの旅】リヨンからドーヴィルへ(第2回)、木組みの町並みに魅せられた

マダムユキ

マダムユキ

フランス特派員

更新日
2021年4月26日
公開日
2021年4月26日
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【フランス リヨン便り n°51】

こんにちは。フランスのリヨン在住マダムユキです。

ドーヴィル観光局のステファンさんのお誘いで、リヨンからパリを経由してイギリス海峡の海辺の町ドーヴィルへ。列車に揺られて5時間、車窓から地域色豊かな景観の移り変わりを楽しみながら、トゥルーヴィル・ドーヴィル駅(Gare de Trouville-Deauville)に到着しました。列車から降りて、温度も湿度も匂いも皮膚が感じる触感も、リヨンとは違ったドーヴィルの空気を思いっきり吸い込んでみました。おいしい!

リヨンからドーヴィルまでの道中について「リヨンからドーヴィルへ、海がみたくて旅にでた(第1回)」で紹介していますので、時間のある方は訪問くださいね。

▼トゥルーヴィル・ドーヴィル駅

三角屋根のかわいい駅舎をあとに、右方向にトゥルーヴィル・シュル・メール、左方向にドーヴィルがあります。トゥルーヴィル・シュル・メールは歴史ある漁港の町で、魚市場がおすすめと聞いています。翌朝、早起きしてトゥルーヴィル・シュル・メールの町歩きを楽しむ計画だったので、迷わず左方向へ進みました。宿泊予定のホテルは、たしか駅から徒歩5分ほど。グーグルマップで確認すると駅の横にあるロータリーを越えたところにありました。「駅から近くて、方向音痴でも見つかるよ」って電話口で説明してくれたドーヴィル観光局のステファンさんのおすすめホテルです。まずは、ホテルにチェックインして身軽になろう!と、張り切って歩き始めて数分。「おぉ~」と声を張り上げてしまいました。その理由はこちらの写真です。

▼ヨットハーバー「バッサン・モルニィ」(シックなマリーナです!)

いきなり登場したヨットハーバー。海のない山梨県で生まれ育ち、そしていまも海のないリヨンの町に住んでいる私は、海や船を見ると条件反射で声を張り上げてしまうのです。かつて、甲斐国の戦国大名だった武田信玄が海のある駿河国に侵攻した気持ちが痛いほどよくわかります。海が欲しい! まさにそれに尽きます。

19世紀、皇帝ナポレオン3世の時代、ドーヴィルは小さな漁村から高級リゾート地として整備されました。1860年から1864年にかけて、ヴィラ(高級邸宅)が次々と建設され、競馬場やカジノが建ち、高級ブティックが店を構え、パリのブルジョワ階級が休暇を過ごす高級リゾート地に発展しました。ドーヴィル観光局のステファンさんいわく、「ドーヴィルの町はね。教会の前に競馬場が建設されたんだよ! フランスの町は教会を中心に広がっているけど、ドーヴィルは教会でなくて競馬場が町の中心にあるんだ」。ここだけの話ですが、私は(隠れ)競馬ファンなので、この逸話ですっかりドーヴィルファンになってしまいました。

ドーヴィルの発展はパリに近いというロケーションも大きく影響しています。1863年にパリとドーヴィルが鉄道で結ばれ、パリから列車で6時間でドーヴィルに来ることができるようになりました。いまは特急列車でパリからわずか2時間です。21世紀に入ってもパリジャンの高級保養地として不動の人気を誇っています。

写真のヨットハーバーは、ドーヴィルとトゥルーヴィル・シュル・メールの間を通ってイギリス海峡へと流れるラ・トゥク川の河口から水を引いて建設されました。1866年の開港式に皇帝ナポレオン3世の妻であるウジェニー皇后が出席され、盛大に行われました。皇帝ナポレオン3世は皇后のために大西洋沿岸の高級リゾート地ビアリッツに豪華なヴィラを建設しています。ウジェニー皇后は海辺の町が好きだったようですね。その後、停泊するヨットが増え、1890年にヨットハーバーの拡張工事が行われ、現在の姿(写真)になりました。喫水2.5m、横幅4.5m、長さ15mに360隻のヨットを収容できます。ドーヴィルの領主モルニィ公の名前を冠して「バッサン・モルニィ(Bassin Morny)」と名づけられています。

ヨットハーバーに沿ってマリーヌ沿岸通りを歩いていたら、ノルマンディー地方固有のティンバーフレーミング(フランス語でコロンバージュ)と呼ばれる木組みの建物が目に留まりました。リヨンでは見られない建築様式で、とても新鮮に映りました。

▼マリーヌ沿岸通りの木組みの建物(ヨットハーバーを眺める部屋に住んでみたい~、でも家賃が高そうだ)

駅からホテルに直行する予定だったのが、美しいヨットハーバーを半周していたら15時を過ぎてしまいました。日が傾きかける前にドーヴィルの海辺を見たかったので、急いでホテルに向かい、チェックインを済ませ、ひと息入れる間もなくドーヴィルの町へ繰り出しました。目指すはモルニィ広場のマルシェ(市場)です。

▼モルニィ広場に面して建つマルシェ

ホテルから5分ほど歩いてモルニィ広場に到着すると、広場に面して屋根つき野外市場がありました。ノルマンディ地方固有の瓦屋根とティンバーフレーミングのかわいらしい建物です。1923年に設置された歴史ある市場で、毎朝7時から13時30分まで開きます。地元生産者直販の野菜・果物、ノルマンディー産の鶏、チーズ(ノルマンディーはチーズ王国)、肉加工品、そしてシーフードなどなど、ノルマンディ郷土料理の基礎となる食材が並びます。町人の胃袋ですね!

▼平日の朝のマルシェ

モルニィ広場ですが、ドーヴィルのおへそにあたり、広場から8本の道路が、駅方面、海岸方面、競馬場方面へとドーヴィルの主要な場所に向かって放射線状に延びています。中央に噴水が置かれ、夏は水しぶきで涼しげな雰囲気を呈します(このときは噴水もお休み中でした)。広場の周りにはブラッスリー、カフェ、商店が建ち並び、ドーヴィルで最もにぎわう場所のひとつです。広場の名前は、ヨットハーバーにも登場したモルニィ公爵にちなんで名づけられ、モルニィ公爵の像が広場から遠くを見渡しているのが印象的です。実は、この像はブロンズでできていました。第二次世界大戦でドイツ軍によって像が溶解され、1955年に現在の像が再建されたとのことです。そういえば、ノルマンディ地方は第二次世界大戦中に過激な戦場と化し、1944年の連合軍によるノルマンディ上陸作戦は史上最大規模の上陸戦が繰り広げられたという歴史があります。

▼モルニィ広場を見渡すかのように建つ威信に満ちたモルニィ公爵の像

▼モルニィ広場に面したブラッスリーの美しい建物

写真からはわかりづらいですが、ドーヴィルのヴィラの三角屋根の頂点にオブジェが置かれています。ブラッスリーの屋根にも尖がったものが見えますね。セラミック製で、鳥や馬や猫などの動物を形どったものだったりします。ヴィラのオーナーが個性的なデザインでアトリエに特注し、屋根の上に飾ります。セラミックオブジェは裕福さのシンボルであり、大きいものであればそれだけ財力があるということを表しています。ドーヴィルの伝統的な屋根装飾は現在も引き継がれ、ラ・ポトリー・デュ・メニル・ド・バヴァン(La Poterie du Mesnil de Bavent)というアトリエで製作されています。

「あっ、16時を過ぎてしまった! はやく海岸まで行かねば」と、急ぎ足で広場を後にしました。リヨンの石造りの町並みとは異なり、木を用いた温かみのある建物に心を躍らせ、屋根の装飾も楽しみながら、海辺へと向かう道を進みました。

▼ドーヴィルの町並み(なんておしゃれなバルコニーでしょう!)

▼ドーヴィルの町並み(ブティックもすてきだけど、路上駐車している高級車にも驚き!)

途中、豪華な建物が見えたので近づいてみると、フランスの国旗とノルマンディー地方の旗が掲げられていました。「ああ、これがドーヴィル市庁舎だ」

ステファンさんが「マダムユキ、ドーヴィルの町で観光客に大人気のフォトジェニックな場所がどこだか知っている?」と聞かれ、「もちろん、オテル・ル・ノルマンディーでしょう」と答えたら、「はずれ!」「えっ、違うの?」「ドーヴィル市庁舎だよ。ドーヴィルにきたら見てごらん。すてきな建物だよ!」と言ってたけど、本当でした。立派な建物です。こちらの写真になります。

▼ドーヴィル市庁舎(ドーヴィル一番人気の建造物!)

さらに、海辺へと近づいていきます。19世紀から20世紀に建てられたヴィラを改装した高級ブティックが並ぶ通りが現れました。なんてすてきな町並みでしょう。まるでおとぎの国にきたようです。高級ブランド「エルメス」店も、「かわい~」って叫んでしまうほどキュートでした。

▼とてもチャーミングな店構えの「エルメス」

▼高級ブランド通り

▼屋根が魅力的で目が離せない

「あっ、あれがオテル・ル・ノルマンディだ!」

芝生に覆われた広場の向こうにグリーンで塗装された木組みで、ベルエポック時代を彷彿とさせるシックなヴィラが現れました。伝説の「オテル・バリエール・ル・ノルマンディ(Hotel Barrière Le Normandy)」です。1966年にカンヌ映画祭の最高賞パルム・ドールを獲得したクロード・ルルーシュ監督の映画『男と女(Un homme et une femme)』の舞台となったホテル。映画ファンの憧れの場所。撮影で使われたスイーツルームは「男と女」と名づけられ、予約が取れない人気の部屋となっています。

「泊まってみたいなあ」とうっとり羨望の眼差しで眺めてはため息をつき、せめてセレブが集う人気のバー「ノルマンディ」のカウンター席で、グラス1杯を自分にご馳走しようと夢見ていましたが、コロナ禍で飲食店はすべて閉店中。オテル・ル・ノルマンディも休業中でした。残念・無念・がっかり、とほほ……。肩を落として、ホテルをあとにしました。

▼オテル・ル・ノルマンディ前のフランソワ・アンドレ庭園

▼オテル・ル・ノルマンディの正面エントランス

海へと続くルシアン・バリエール通りを足早に歩いていると、長年にわたりシャネルのヘッドデザイナーを務めたカール・ラガフェルド氏のサイン入りでココ・シャネルと書かれたイラストが飾られた壁を見つけました。1910年にパリに帽子店(第1号店)をオープンしたガブリエル・シャネルが、1913年、第2号店としてドーヴィルに最初のモードのブティックをオープンした場所です。その記念すべき場所は、シャネルファンの巡礼地となっています!

▼1913年、パリに次いで2軒目のシャネルのブティックがオープンした歴史的な場所

ドーヴィルの旅はまだまだ続きます。次回は、「やっと海辺に到着した」、感動の様子をお届けいたしますね。

引き続き、皆様、お身体ご自愛くださいませ。

マダムユキより

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