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ここローマは、永遠の都と言われるだけあって思いのままに町を歩けば、相変わらずのように思いがけない古代遺跡に巡り会えます。その古代遺跡のひとつがトッレ・アルジェンティーナ広場(伊語:Largo di Torre Argentina)です。この古代遺跡は、4つの神殿が建てられていたことから、共和制ローマ時代の聖域(伊語:Area Sacra)だったとされます。また、当時の世界最大級を誇ったポンペイウス劇場(伊語:Teatro di Pompeo)の一部でもありました。
このポンペイウス劇場は、古代ローマの建築物で完成まで7年の年月を要しましたが、完全に自立した石造りの構造で古代ローマの歴史が残るいくつかの場所でも見られるローマ劇場の原形とも言われています。現在、劇場の大部分は地下に眠っているが、その一部となるトッレ・アルジェンティーナ広場には大型の公衆トイレの跡があります。
※古代ローマ時代のトイレ(長い溝のような部分がトイレの排水溝のような役割を果たしたとされています)
そして、共和制ローマ末期の政治家のひとりで最大の野心家でもあったユリウス・カエサル(伊語:Gaio Giulio Cesare)が暗殺された場所はそのポンペイウス劇場の敷地内とされていましたが、近年になってトッレ・アルジェンティーナ広場内にある当時、元老院として使われた「ポンペイのクーリア(伊語:Curia Pompeia)」で刺されたのではと特定されています。
※3本の大きな円柱の部分の後がポンペイのクーリアと呼ばれる場所です。
このトッレ・アルジェンティーナ広場は、1909年のイタリア統一運動後には取り壊される運命だったが、ムッソリーニによる都市計画プロジェクトで女神フォルトゥーナの巨大な頭部や手足と銅像の一部が発見されたことにより、この共和制ローマの聖域が発掘されたとされています。現在、これらの銅像の一部はローマ市内のカピトリーニ美術館に保蔵されています。
神殿には、紀元前241年のカルタゴの戦いで勝利したことを記念して建てられたユートゥルナ神殿、発見された4つの神殿の中で最も古く紀元前4世紀~3世紀の間に建てられたとされる豊作の神様を祀るフェーロニア神殿、航海の神様ラレースを祀るラレース神殿、この聖域の発見のきっかけとなった幸運の女神のフォルトゥーナ神殿とまさに聖域という名に相応しい場所です。
また、トッレ・アルジェンティーナ広場の周辺には、18世紀頃に建設された歌劇場のアルジェンティーナ劇場(伊語:Teatro Argentina)があります。ここではいまも多くの名作品が演じられています。
これらの領域の北側には、古代ローマ史上でも初となる大衆浴場のアグリッパ浴場(伊語:Terme di Agrippa)があったとされており、ここローマで皇帝以外が建てた大衆浴場でもあります。建築された当時は、冷水プールや熱気風呂のみだったが、紀元前19年頃に大衆浴場の建設者のアグリッパ自身が古代ローマ水道のひとつのヴィルゴ水道(伊語:Acqua Vergine)を開通させると豊富な水量を供給できるようになったことから完全な大衆浴場となりました。現在は、実際に写真でも確認できるように町の中に溶け込んでいるかのように遺構のみになっています。
※遺跡そのものを残しながらも住宅街に入り組んでいるので、ある意味では歴史ロマンを感じさせられます。
ローマの町の中に眠る古代遺跡のトッレ・アルジェンティーナ広場ですが、もっともよく知られているのは猫コロニー(伊語:Colonia Felina di Torre Argentina)としてのトッレ・アルジェンティーナ広場です。自由気ままに遺跡の中で過ごす猫たちもまたローマならではの魅力とも言えるのですが、そこでは、猫の聖地(英語:Torre Argentina Cat Sanctuary)としての猫シェルターがあります。世界各地からの支援を受けながらボランティアとして、去勢・避妊出術、健康管理、里親探しなどの活動をしている団体が運営しています。いまや古代の遺跡がいまでも眠るこの町で迷いながら辿り着いた猫たちのゆったりと気ままに過ごす姿は、名物となり、訪れる者たちの癒やしにもなっています。
犬や猫の殺処分が禁止されているこの国では、政局の状況によりこのシェルターの存続危機もありながらも活動は継続され、遺跡とともに猫たちが守られていること自体、誰もがこの問題を考える機会がある社会の仕組みは見習うべきものがあると感じられます。現在は、新型コロナウイルス流行でまだまだ厳しい時期ではありますが、ローマの町の中心を散策するときには、ぜひとも立ち寄って頂きたい場所のひとつです。
■猫コロニーに関するサイト情報(伊語と英語): https://www.gattidiroma.net/