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こんにちは。アントワープ特派員のマユミです。
まず、ベルギーでの新型コロナウイルス状況です。ワクチン接種率が65歳以上で80%に達することを見越して、政府は2021年5月8日より、飲食店のテラス席のみの営業を許可します。決断は各店主に任されていますが、テラス席の準備をしているお店も多く、若干の活気の戻りは感じられます。
さて、アントワープにはヨーロッパ第2の規模を持つ港があります。ベルギーの経済産業に大きな役割を果たしていますが、商船【Red Star Line】の功績も外せません。今回は博物館【Red Star Line Museum】を紹介します。新型コロナウイルスが収束したら訪れてみてください。
アントワープ港は1863年に再開され、ヨーロッパを代表する港として発展しました。その歴史に大いに貢献したのが【Red Star Line】です。1935年までの間に200万人以上の移民を北米に送ったとされます。
【Red Star Line Museum】は、アントワープから北米へ渡った移民の物語、彼らを運んだ【Red Star Line】の物語、そして彼らが旅に出た都市と港であるアントワープの物語の3つのテーマを柱に展開されています。
【Red Star Line】の創業者の本拠地はPhiladelphiaで、欧州の拠点となったAntwerpとNew Yorkの間では、石油、そして労働者や旅行者の輸送を行っていたそうです。
モデルケースとして、往路アントワープから移民を乗せた船が、復路ニューヨークからは石油や物資をのせて帰ってくる……といった繰り返しの航行があったようです。最も忙しく移民の移動が行われたのは、1930年から始まった世界恐慌の頃で、職を求めた人々が大挙して渡ったとのこと。また、第二次世界大戦前にはドイツ人のユダヤ人迫害がありました。こういった背景もあり、多くのユダヤ人も北米を目指したそうです。その中には、物理学者、アルベルト・アインシュタインもいたそうです。
第一次世界大戦では、船団をLiverpoolに移動し、カナダやアメリカの軍隊を輸送したり、病院の役割も果たしたとのこと。のちにHumburgやRotterdamも拠点になったそうです。
いまから150年以上も前に、このような大型船が大西洋を横断していたことも驚きですが、図面や模型もたいへんに精密なものが残っています。
今回、写真掲載にあたり【Red Star Line Museum】から承認と、プレス用の写真の提供もいただきました。この船内部の見取り図というか、"絵"と言いたいぐらいの精密なものはお借りしたものです。模型もあわせていつまでも見ていられます。
客船内の展示が1番興味深かったので、いつくか紹介します。
旅客船の甲板を模した展示では、椅子もクッションやカバーもすてきでした。
壁の額の中には、右下に日本の国旗があります。
調べると、これは客船Belgenland II が1924年に世界で最初の周遊旅行を行った記念のものだそう。
カリブ海、日本、インドへの航海に133日かかり、384人の乗客と約600人の乗組員が乗っていました。
客室内の展示には、長期滞在のためのさまざまな工夫が見られます。
右に設置されているのは、収納できる洗面台。上にある鏡も、ほかの部屋にはミシンや机も収納できる仕組みが見られました。左のピンクの布はロゴ入りのマットです。私もそうですが、レトロな生活雑貨に興味がある人には特におすすめです。