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今回皆さんにご紹介をするのは、アルメニアの誇る国民的詩人、ホヴァネス・トゥマニャン(1869~1923)の生家です。トゥマニャンは、19世紀から20世紀の初頭にかけて、帝政ロシア(ロシア革命後はソ連)の統治下にあったコーカサス地方で活動をした詩人です。そんなトゥマニャンの肖像画は、アルメニアのお札にも使われています(2022年現在)。詩でその名を轟かせたトゥマニャンですが、その才能は詩の創作だけにはとどまらず、小説家として、翻訳家として広く才能を発揮しました。そんな彼が生まれた場所は、アルメニアの北部、風光明媚な自然が広がるロリ州の静かな村です。生家のあるドセグ村の広場には、トゥマニャンの銅像が生家の方向を向いて立っています。広場から続く村の道を進むと、詩人が幼少期を両親と暮らした家と彼の父親が司祭を務めていた村の教会にたどり着きます。では早速、博物館を紹介しながら、皆さんにアルメニアの誇る詩人トゥマニャンと彼が生きた時代の暮らしをご紹介していきたいと思います。
トゥマニャンの生家が博物館になったのは、1939年のこと。第一代目の館長は、トゥマニャンの娘でした。トマニャンの生家の敷地に入る扉の前に立つと、正面あるトゥマニャンの胸像が私たちを迎えてくれます。胸像の横に建てられたチャペルの下には、トゥマニャンの心、心臓が埋葬されています
トマニャンの生家を訪れた日は、とても天気のよい夏の日。私の他にも、沢山の観光客がトゥマニャンの生家に訪れていました。アルメニア人の心を書き続けたトゥマニャンの作品は、アルメニアの学校の教科書には必ず紹介されています。庭のあちらこちでは、子供たちがトゥマニャンの物語のキャラクターを見つけて、嬉しそうにはしゃいだり、一緒に写真を撮ったりしていました。現在博物館になっているこのトゥマニャンの生家には、詩人の生前の暮らしを伝える300点を超す縁の品々が展示されています。
前庭を通ってトゥマニャンの作品が並ぶ生家の入口に着くと、博物館のガイドさんが見学者を迎えてくれます。今日、私を案内してくれるのはいかにもベテランという貫禄のローザさんです。
ローザさんに案内されて、まずは居間と台所を見学。年代を感じる長椅子の上には、トゥマニャンの母親が使っていた紬車、壁には彼女が織った絨毯を見ることができます。トゥマニャンの一族は由緒ある家系の出身で、彼の父親は村の教会の司祭でした。司祭とえば、当時は有識者の代表です。そのため、トゥマニャンの生家は村人の集会施設としての役割も担っていたとこのとです。居間に続く寝台のある台所には、土間の真ん中に丸い木の蓋が。皆さん、これはなんだと思いますか?「台所と言えは井戸」と、思った人はいませんか? 実はこれ、パンを焼く「アルメニア式タンドール」なんですよ。
台所の右側に目をやると、カーテンで仕切られた空間が。これは、さすがに想像がついたと思います。そう、これはベッドとして使われていた一角です。皆さんは、画像を見て気がついているかと思うのですが、この時代、村の家の床は全て床板が敷かれていない土間でした。「しかし」と、ここでガイドが語気を強め、「トゥマニャンの一家は、当時村の司祭を務めていた家柄だったので、村で唯一板敷の床が敷かれた部屋があったのです」と説明します。そして、その部屋が、現在トゥマニャンの作品にまつわる物品の展示室になっている部屋なのです。
ローザさんに案内されて、当時「村で唯一の床敷の部屋」に入ると、ローザさんが高らかにトゥマニャンの詩を読み上げてくれました。うっとりと聞きほれてしまいます。こちらの展示室では、ローザさんの説明を受けながら、トゥマニャンの作品と功績にまつわる展示品を見学。個人的にセンスが良いと気に入ったのは、トゥマニャンが愛用していた万年筆です。この部屋には、トゥマニャンの手書きの原稿や彼が活躍していた時代の写真が展示されています。それらの展示品についてひとつひとつ丁寧に説明をしてくださるローザさん。当時の彼の生活が目に浮かぶようです。
トゥマニャンの作品は、舞台化されたものも多いのですが、この博物館で特に目を引いたのは、トゥマニャンの詩を元にしたアルメニア初のオペラ作品「アヌシュ」に関する展示品でした。アルメニア初のアルメニア語で、アルメニアの音楽、伝統文化を満載にしたオペラ作品の初演当時のポスターや歌劇団のメンバーとの写真などはとても興味深いものです。この「アヌシュ」ですが、現在でもアルメニアのオペラ劇場で最も人気のある演目の一つで、劇場シーズン中には必ずエレバンのオペラ・バレエ劇場で上演されています。アルメニアに来る機会があれば、是非観劇してくださいね。
部屋から道路に面した小さな窓は、この家が建てられたままの時からあるのだとか。トゥマニャンがかつて外を眺めた窓は、時の移り変わりをどのように見てきたのでしょうか。
1階の見学が終わるとローザさんに案内されて2階へ。ここでは、1899年にトゥマニャンが文芸振興のために組織した「ベルナトゥン」というアルメニアの詩人、作家、芸術家等のサークルに関する説明がありました。トゥマニャンが、アルメニア人の文化の発展のために積極的に活動をしていたことがわかります。
2階の展示室には、19世紀から保管されている家具や調度品の他に、トゥマニャンが着用していたコートや靴の展示もありました。そのコートに並んで、トゥマニャンに贈られたというウズベク風の民族衣装を衣装も発見。トゥマニャンが、当時様々なな国の人々との交流を持っていたということを伺い知ることのできる一品です。
約1時間にわたる見学の後、トゥマニャン家にゆかりの深い教会に立ち寄り、ドセグ村にお別れを告げました。トゥマニャンに関する博物館は、アルメニアの首都エレバンにもあるので、この記事を読んで、トゥマニャンに興味を持った方は是非訪ねてみてください。このエレバンの博物館についても、後日、皆さんに紹介したいと思っていますので、楽しみにしていてくださいね。