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ポルトガルを訪れる、明確な動機がありました。それは、知人から聞いていた「とんでもなく気持ち悪いのに、止まらないおいしさ」だというシーフード、ペルセベス(percebes)を食べるためです。
何度聞いても覚えられない名前と、見せられた写真のグロテスクさにおののいたのですが、その美味っぷりを信じてはるばるポルトガルまで足を延ばしました。
まるで硬い鱗に覆われた怪獣の手と爪のような見た目をもつこの食べ物は、英語では“goose barnacle”といってエボシ貝の呼び名ですが、プランクトンを食用し岩にへばりつく甲殻類だそうです。こんな珍しいものを食べるだなんて、日本では絶対にできない体験! と鼻息荒くしていたのですが、Wikipediaなどで調べてみてビックリ。
日本では亀の手に似ているとして、カメノテという名前で四国地方など一部の地域では、普通に食されているようで拍子抜けしました。遠い地の珍味と思いきや、生息地域はむしろ日本を含めた周辺のアジア諸国で、英語名にはごていねいに“Japanese goose barnacle”とジャパンが頭についていたり、そのまま“kamenote”とも認知されているようです。
このカメノテの1種であるペルセベスはイギリスでも一部の海岸で採取できるようですが、日本人には人気のタコが国によっては忌み嫌われているように、とりわけありがたがって食べるのはスペインとポルトガルの人々だそうです。
知人に店名も聞いておくべきだったと後悔してもあとの祭り。確実にペルセベスを食べるために検索すると、「セルベジャリア・ラミーロ(Cervejaria Ramiro)」という名前が引っかかったので、わざわざそのためだけに見知らぬ町に繰り出しました。
着いてみると外からは中が見えづらく、調べた写真とは外観が違う模様。そもそもどこからどこまでが店なのか、入口すらわからず行ったり来たりとウロウロしてしまいました。
「予約なしはこちら」という看板を真ん中に見つけたので、左側の別店舗に見える場所に入ると、なかはまるで売り物のないバーカウンターかカラオケ店の受付のような出立ちに、ますます不安を募らせます。
紫ネオンのような怪しげな照明に照らされた空間には、小ぶりのテーブルとソファやハイチェアがそちこちに置かれ、壁にはビールの電光掲示板がギラギラと光っています。テーブルにはまるで歌本のような冊子が置かれ、本当にカラオケ店かクラブのような雰囲気です。
どう考えても間違えてる? と、たまらず入口まで引き返し店員に「ここはシーフード店? ではコレ、この食べ物はある?」と、わざわざ写真まで見せて訊ねると、呆れた顔で「そうだからあっちで待ってて」と追い払われてしまいました。
そうして冷静になって辺りを見回すと、そういえば皆、まるで病院の受付番号を探すかのように、一心に前方のナンバーパネルに目を凝らしています。銀行のように入店したらまずはレシート状の番号札を取り、座って待つという仕組みのようです。わざわざこんな待合室を別室に設け、待たせている間にビールまで売るとは、商売上手で儲かっていそうな店です。
その予想は当たっており、ラミーロはテレビにも出るような超人気店で、時期と時間によっては待合室に入りきらないほどの列ができるそうです。ペルセベスを食べられればどこだってよかったのに、これならいったいいつ席につけるのかと暗たんたる気持ちになっていると、なぜか女性スタッフが入ってきて「テラス席なら空いてるけどどお?」と打診してきました。
どうやら外から見る以上に大規模な様子の同店には、居酒屋風の1階席とより落ち着いたシックな2階席があり、テラスは最たるカジュアルさなため、家族連れの私たちに目をつけたようです。幸いこの日は日が暮れても暖かかったこともあり、ふたつ返事でOKすると、向こうも「だよね〜、テラス、全然イイよね〜。じゃ、カモン! 」といった感じで、どうも全体的に観光客慣れしたラフな接客です(かしこまらなくてヨシ)。
きっとカップルなどはじっと耐えたのち、2階でロマンティックなひとときに酔いしれるのでしょうが、テラス席なら「ど〜こでもイイよ〜、好きにして」みたいな感じで選び放題、せっかくなら通りゆく人々を眺められるよう、通路席を選びました。まるで壁のような、けっこうな高さまであるガラス板で仕切られているので、路上に座りながらもプライベートな空間を保つことができ、満足でした。
ただ、注文方法が謎で……近頃たまにあるアプリ方式で、まずは紙マットに書いてもらった手書きのWi-Fiを、苦労してセットすることから始まりました。そのあとはてっきり、ボタンを押して個数などを入力するのか、なんなら決済まですべてする、完全セルフオーダーなのかと思いきや、どこにもそのようなボタンが見当たりません。
何度も戻るを押したり別の画面に行ったりしながら考えた末、それらしきものは存在しないという結論にいたり、店員を呼びました。すると、やはり物憂げな感じの男性スタッフがゆっくりとやって来、手を後ろに組んで当然のようにわれわれの注文を聞き始めます。
やはりそうなんです。このアプリだかウェブサイトは、単なる電子メニュー表なだけで、客はこれを見ながら注文するのです。どうりで後ろのひとり客も、われわれ同様長時間、何度も携帯画面とにらめっこしながら格闘しているわけです……。
気を取り直して指差しながら注文するも、一向にメモをとる気配がない。というより、手ぶらです。分量がわからないので訊ねると、噛んで含めるような物言いで「足りなかったら追加で頼む、いいかい? 」と、強い眼差しで見つめてきます。
半信半疑で待っていると、すぐにバターがたっぷり染み込んだイングリッシュ・マフィンのような厚さのパンがお通しのように出てきました。ポルトガルは概してパンのレベルが高く、こちらもフワッフワで思わずおかわりするおいしさです。
前菜としてひさしぶりに食べる生ガキと、ガーリックが効いたエビ(Deep-water pink shrimp €6.56/100g)、そして待ちに待ったペルセベスを頼みました。出てきたものは案外小さく、本当に「どこを食べるんだ! 」というほど身を外すのに手こずりますが、これがうまくカニの爪のようにスポッと外れると、味はさすがは甲殻類、まさに塩茹でのカニ。なるほど、と納得した味です。私などは、それでもあまりの身の小ささに面倒になりましたが、夫は意外にも追加注文するほどハマり、教えてくれた知人もむしろご主人が夢中になっていたというので、男性好みの食べ物なのかもしれません。
メインには、カニの甲羅に入っている写真だったので、てっきりカニ味噌を想定していたのですが、中身はほぐし身だったEdible crab without peel (€36.75)と隣の席を見て欲しくなった別の小エビ(Common prawn, glass prawn €8.25/100g)を注文しましたが、本当にミスなくすべて注文どおりに、それもリズムよく出てきて感心しました。
ペルセベスについて調べていると、とにかく高級食材でなかには“世界一高いシーフード”なんて記事も見かけたのですが、物価の安いポルトガルだからか、あるいはラミーロが繁盛店で余裕があるのか、最高級のものだと㎏あたり€200(出典: Percebes – The Most Expensive Seafood In The World!” SunnySideCircus.)。
だというものが、同店では100gで€8.76でした。グレードが違うのかもしれませんが、それにしてもこんな有名でかつ1956年創業の名店にしては、スタッフのサービス同様、お値段もカジュアルで好感が持てました。