156. 5年ぶりに開催された「第13回サマルカンド東洋音楽祭」レポ&入賞を果たしたドゥタール奏者駒﨑万集さんミニインタビュー
サローム(こんにちは)!
この度私の住むサマルカンドで、今年最大の催しと言っても過言ではないあるイベントが開催されました。その名も「サマルカンド東洋音楽祭」(ウズベク語の名称はSamarqand sharq taronalari)。1997年に初めて開かれて以降ユネスコの後援のもとほぼ隔年で開催され、今回が13回目となる、由緒あるミュージックフェスティバルです。
このイベントの魅力は、何と言っても世界各国から招待されたバラエティ豊かなアーティストたちのパフォーマンスが聞けること。しかも会場はあのレギスタン広場。コロナ禍を挟んで5年ぶりの開催となるこのイベントを、私や音楽好きのウズベキスタン人たちは心待ちにしていました。
数十か国から数百人の音楽家たちが参加するこの東洋音楽祭、はるばる日本からもアーティストの方々がいらっしゃいました。そのうちの1人が、ウズベキスタンの民族楽器ドゥタール(弦が2本ある弦楽器)演奏の日本人第一人者である駒﨑万集(ましゅう)さん。私と同じくJICA青年海外協力隊として活動されていたこともあり以前から親交がありましたが、今回この東洋音楽祭に初めて出演されるとのことで、その演奏を聞けるのを楽しみにしていました。
今回の東洋音楽祭の日程は8月26日から30日まで。初日は大統領などが出席する開会式で一般客は入場できず。テレビでやっていた中継映像を見ましたが、ウズベキスタンの一流音楽家やダンサーが出演する、華々しい開会式になったようです。
翌27日から演奏がスタート。ところが前日の時点までプログラムが全く分からず、何日の何時に誰が弾くのか不明。未明になってようやくこの日の予定が決まったそう。ウズベキスタンでは直前まで予定が決まらないことがままありますが、それはこの大規模イベントでも然りでした...。駒﨑さんも急にこの日弾くことが決まり、驚いたとのこと。
演奏が行われるのは夜ですが、この日の奏者のリハーサルは午前中から行われます。せっかくなので駒﨑さんのリハーサルを見に行ってみることにしました。
以前の記事で注意喚起しましたが(154. 【短信】「サマルカンド東洋音楽祭」準備のため8月下旬までレギスタン広場開館時間短縮)、レギスタン広場では約1か月前から東洋音楽祭の準備が行われ、次々と設備や器具が運び込まれ入場不可となる日もありました。この日は観光客も入場可能でしたが中央に柵が張られ、リハーサル用のスペースになっていました。好きな場所に立ち入って写真を撮られないのは観光客にとって残念だったでしょうが、リハーサルとはいえアーティストたちの音楽が聴けてある意味貴重な経験ができたかもしれません。
駒﨑さんは帽子とサングラスを身につけ、女優のような出で立ちで登場。私はすぐ近くまで寄れないため望遠レンズを持ち込んでリハーサルの様子をバシバシ撮りましたが、女優をパパラッチするカメラマンのような心情になりました。
そして夜はお楽しみのステージ...と言いたいところでしたが、チケットを巡ってひと悶着。普通のミュージックフェスティバルなら窓口やオンラインでチケットを一般販売するはずですが、実は今回の東洋音楽祭、チケットのありかが全く分からなかったのです。ステージの客席もレギスタン広場内に設けられていましたが席数が少なかったためか、出番が終わった奏者や各国関係者、ツアー団体客が優先してチケットを入手でき、残ったチケットを市役所や旅行会社などに配布していたようです。しかしこのイベントを見てみたい一般旅行者も多くいたはずで、チケットを大々的に売れないのであればせめてその情報を広く知らせるべきだったのでは...。
結局ありがたいことに現地知人経由で何とかチケットをゲットでき、客席へ。
しかし、ここで新たなトラブル。18時開始と聞いていた演奏が、いつまでたっても始まらないのです。現地の人々は慣れているのか、のんびり待っていましたが...。
結局始まったのは20時過ぎ。なんと初日から2時間以上遅れてのスタートになりました。
各奏者の持ち時間は15分。ステージの目の前には審査員が座り、しっかり採点します。彼らは奏でるのは、各国の民族音楽から、それらをベースにアレンジを加えた現代音楽まで様々。
駒﨑さんの演奏予定は当初21時前でしたが、ステージに出てきたのは23時半になっていました。客席は最初の厳重な警備はどこへやら、途中から一般客にも開放していたようですが、それでも帰る人が相次ぎ、観客数はあいにく開始時の半分以下になってしまいました。しかし見事なはかま姿の駒﨑さんが深夜のステージに出てくると拍手と共に熱い視線が送られます。
最初は好奇の目で見ていただろうこの観客たちですが、駒﨑さんが歌い始めた途端どよめきの声と歓声が上がりました。ドゥタールを弾きながら、ネイティブと聞き違えるほどの発音と美声でウズベク語の歌を披露し始めたのです。最初の曲はChaman Ichraという曲。
2曲目はウズベキスタン人の誰もが知る、Namanganning olmasi(ナマンガンのりんご)という民謡。これをウズベク語と駒﨑さん自身が訳した日本語の両方で歌った時、観客のテンションは最高潮に。この日のステージで一番歓声を浴びていたのは、地元ウズベキスタン人奏者を含めても間違いなく駒﨑さんでした。
私はこれまで有名歌手のライブにも民族音楽のコンサートにも行ったこともありますが、音楽に人々の心がこんなに掴まれる光景を目の前で見たのは初めてでした。音楽の力を目の当たりにした私と観客は本当に幸せ者だったと思います。
続いてタンバリンのような楽器「ドイラ」を披露し始めた時、小さな奇跡が起こりました。駒﨑さんの後ろからとことこ歩いてステージに現れたのは猫。猫好きな駒﨑さんがやった粋な演出かと思い、演奏後にすぐさま写真を送りましたが、全く猫に気づかず驚愕したとのこと。
レギスタン広場に100回近く入場したことがある私ですが、ここで猫を目にしたのはこの瞬間が初めてでした。この演奏を聴きに来たに違いありません...。
アイヌの竹製の口琴ムックリの演奏も聞かせてくれたのち、最後にHay yor yorというドゥタール曲を披露。昨年私と妻がタシケントで行った結婚パーティーの際、偶然日本から来ていた駒﨑さんが演奏してくださったのですが、その曲がちょうど「踊りましょう、踊りましょう」という歌詞を繰り返すこの歌だったのです。2年連続でこの歌を生演奏で聞くことができるとは...と目頭が熱くなりました。
駒﨑さんが退場するときには観客から盛大な拍手が。駒﨑さんはご丁寧にもご自分が演奏する曲をウズベク語で説明していましたが、この日司会はアーティスト名と出身国を紹介するだけで曲については触れず、ウズベキスタン人奏者も含め壇上でウズベク語で何かを話したアーティストも他にいませんでした。また外国人奏者でウズベキスタン楽器を演奏したのも駒﨑さんだけ。現地の観客は相当嬉しかったはずです。
このあと3組のアーティストが出演してこの日のステージは終了。そのときには日付を回り、0時半になっていました。とりあえず駒﨑さんの演奏だけ聞けばいいか...と当初は思っていた私ですが、さまざまなアーティストのパフォーマンスに魅了され、気付けば4時間半ぶっ通しで見ていました。
演奏2日目は、出番がない駒﨑さんとともに客席へ入場。音楽家の解説を隣で聞きながら演奏を楽しめる贅沢を体験させていただきました。この日も今まで見たことがない珍しい楽器が登場しまくりで、解説がないと何が何だかよく分からないまま終わっていたはずです。楽しそうに世界の楽器を解説してくれる駒﨑さんからは、心の底から音楽を愛しているということが伝わってきました。
しかしこの日もやはり2時間遅れのスタート。終わった頃には1時近くになっていました...。
さらに翌日も演奏があるのかと思いきや、急遽この日閉会式をすることになったとのこと。5日間の予定だったはずのこの東洋音楽祭は1日短くなってしまったということになります。外野から見ているとこのイベントの運営についてはいろいろ物申したいことはあるものの、駒﨑さんによると肝心のアーティストたちは一様に寛容で、空き時間はアーティストどうしの交流を楽しんでいたとのこと。そういう面でもこのイベントを開催する意義があったのかもしれません。
さすがに閉会式は客席で見届けることができなかったので、開会式同様テレビ中継で観覧。特別賞、3位、2位、1位、そして最上位のグランプリといった賞があるようで、少なくとも1日目に最も会場を沸かせたアーティストであるはずの駒﨑さんには何らかの賞が授与されるに違いない、、と固唾をのんで見守ります。
そして見事3位に駒﨑さんの名前が呼ばれたのです!今までウズベキスタンの他の音楽イベントで入賞したことがあるという駒﨑さんですが、この国最大の音楽イベントであるこの東洋音楽祭でも初参加にしてさっそくの入賞。本当におめでとうございます。3位を授賞した他のアーティストはロシア人グループとテクノ口琴を披露したモンゴル人奏者、2位はカザフスタンとウズベキスタンのグループ、1位はトルクメニスタン人グループ、そしてグランプリはアゼルバイジャンのグループという結果に終わりました。
このブログでは今までサマルカンドの楽器工房についての記事も書いていましたが(145. ウズベキスタン楽器の美しい音色はここから生まれる!サマルカンドの民族楽器工房見学)、この機会にさらに読者の皆様にウズベキスタン音楽について知っていただこうと、今回駒﨑さんにミニインタビューを敢行。ドゥタールとのなれそめやウズベキスタン音楽の魅力について熱く語っていただきました。
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伊藤:この度はサマルカンド東洋音楽祭での入賞、おめでとうございます!まずはどうしてウズベキスタンの楽器奏者になろうと思ったのか、経緯を教えていただけますか?
駒﨑さん:もともと3歳から5歳までバイオリン、4歳からピアノを続けていまして、大学は東京音楽大学のピアノ科を出ています。西洋音楽を勉強してピアノだけを演奏して学んでいたのと同時に、子供のころから民俗調の強い曲が好きでした。ただ民俗音楽=東欧などの特色のある音楽、というくらいしかイメージがなく、外国の伝統楽器を使用した演奏に興味をもつこともありませんでした。
そんな中、大学の卒業後大手音楽教室で幼児教育の指導にあたっていたのですが、音楽をもっと勉強したい、音楽の世界で活躍したいと強く思うようになりました。色々調べているとJICAボランティア(青年海外協力隊)で音楽教師の仕事があると知り、働きながら珍しい海外の音楽を知れる、自分の分野で仕事ができるというチャンスにとても興味をもち、応募することにしましたが、募集のあった国の中から一番治安がよさそうで、旧ソ連の構成国という事でピアノが確実にある国、イスラム教の国に対して知見がないけれどなんだか遺跡や民族衣装が素敵そうな国、という印象でウズベキスタンを選び、ウズベク語で活動するブハラの小学校の音楽教師の仕事に就きました。
始めの一年は、現地のピアノ曲といっても楽譜屋さんも見当たらなければ、どこからどう情報を得たらいいのかわからず、毎日たくさんある授業に終われて過ぎる日々でした。赴任後1年が経った時にウズベキスタン日本センターの15周年記念イベントがタシケントで行われ、JICAボランティアとして歌に参加して観覧していると、コンセルバトーリア(音楽院)の学生の素晴らしいドゥタールアンサンブルの演奏が行われ、その時初めてドゥタールの本格的な演奏を聞き、こんなにレベルの高い民俗音楽があるのかと雷に打たれたように衝撃を受けました。もともと弦楽器は好きだったのですが、ドゥタールはまずなんとも言えないリズムの刻みとグルーヴ感、目にもとまらぬテクニックでなにがどうなっているのかぜんぜんわからず、でも演奏がとてもハイクオリティで、とても楽しそうに演奏している学生さん達の様子もあいまってとても感激しました。その演奏を聞いた時に、間違いなく私もこの楽器をやろう、彼女たちみたいなレベルの演奏をしよう、と心に決めました。
伊藤:なるほど、ドゥタールとは運命の出会いだったのですね!では今弾くことができるウズベキスタンの楽器は、ドゥタールの他にどんなものがありますか?
駒﨑さん:2022年まではひたすらドゥタールの演奏に励んでいましたが、実はずっとやりたかったドイラという丸い大きい重い太鼓がありまして、ウズベキスタンのダンスになにか一つだけ必要なら何かといったら間違いなくドイラ、と言われるほど大事な楽器です。これもウズベキスタンで生活していたらいつでも目にする機会がありますし、私も学校でドイラを専攻している生徒に音楽会で演奏してもらったりしてとても上手でかっこよくてうらやましくて仕方なかったのですが、どうも女の人が演奏しているのは見たことがなく、ものすごいマッチョのウズベク男性が演奏しているイメージで、持っただけでも重くて無理そう、と挑戦していませんでした。コロナ禍明けの2022年12月に3年ぶりにウズベキスタンに行った際、一度きりの人生だからドイラも挑戦してみようと、先生についてレッスンを重点的に習いました。帰国後も毎日毎日、一日も欠かさず練習し続けて、なんとか初心者用の曲を弾けるようになってきました。
その他は主にウズベキスタン最南部の地域、スルハンダリヤ州で演奏されている口琴が弾けます。タンブールという弦楽器も挑戦しようと思った事がありましたが、ドゥタールと同じような見た目なのに弾き方があまりにも違い、レッスンも重点的に受ける機会もなく、難しくてあきらめてしましました!
伊藤:日本でもウズベキスタン楽器を弾いていらっしゃいますか?
駒﨑さん:日本では主に大使館でのイベント、各地でのコンサート、自主企画のライブ、その他メディアなどでたくさん演奏の機会を頂いています。
ドゥタールはウズベキスタン、タジキスタン両方で弾かれる楽器なので、両国の歌や楽曲を演奏していますが、聞いてくださった方々はこの国々に行ったことが無くても現地の情景が目に浮かぶようとおっしゃっていただけて、音楽でそのような心の旅をしていただけるのがとてもうれしいです。
伊藤:駒﨑さんの活動を知り、実際に中央アジアの楽器を弾きたい、習ってみたいと思う方もいらっしゃると思います。日本や現地でどうやって習うことが出来ますか?
駒﨑さん:やはりしっかり習いたいなら現地に行き、先生を見つけて1対1の個人レッスンを受けることをお勧めします。ただ学生さんなどあまりお金をかけられなかったり、とりあえず経験してみたい、という段階の方がいましたら、タシケントのウズベキスタン日本センター(67. 日本の書籍が図書室にずらり!日本語学習者が通うウズベキスタン日本センター(UJC))で定期的に行われているドゥタールのグループレッスンを受けられるのもいいと思います。その後どのくらいのものを目指して自分で何を得たいのかによって決めたらいいと思います。
日本で習いたいなら、ドゥタールを教えられるのがおそらく私だけかと思うのでぜひお問い合わせください。楽器をお持ちでない場合は、レンタルできる楽器も2台ほどあります。ドイラも基本的な叩き方などでしたら教えられると思います。またウズベキスタンの楽器以外に、ピアノのレッスンもやっています。(ホームページ:https://mashumushuk.com/)
伊藤:それでは最後に、ウズベキスタン音楽の魅力を教えてください!
駒﨑さん:ウズベキスタンには色々な地域の音楽があり、古典音楽もありとても豊かな音楽文化があります。民謡は一度きいただけでもなんだか初めて聞いた気がしないような、でも違う国のメロディに心踊るような楽しさがあります。歌詞までしっかり理解して挑むと、ウズベキスタンならではの恋愛の価値観、美しさの表現がありとても面白いです。古典音楽はすぐに理解することは難しいですが、とにかく聞くだけで宮廷の厳粛な雰囲気を感じられるのではないでしょうか。私ははじめの数年は民謡やドゥタールのために作曲された曲をメインに取り組んでいましたが、だんだん昔理解するのが難しかった古典音楽の響きと深さの魅力に気付き始めて、これからしっかり学びたいと思っています。それぞれ皆さんがその時いいなと思う曲を聞いて楽しんで頂けるのが良いと思います。
伊藤:ありがとうございました!
中央アジア音楽への情熱がひしひしと伝わってきた、駒﨑さんのミニインタビュー。彼女の存在をきっかけに、今までなかなか注目されることのなかったこの世界に興味を持つ方が増えることを願っています。
それではコルシュグンチャ・ハイル(また会う日まで)!
筆者
ウズベキスタン特派員
伊藤 卓巳
根っからのスタン系大好き人間です。まだまだ知られていないウズベキスタンの魅力や情報を、サマルカンドより愛をこめてお伝えします!
【記載内容について】
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