地球の裏側、南米のチリで「和風温泉」をめぐる

公開日 : 2024年10月01日
最終更新 :
筆者 : 鈴木浩大

日本と同じく環太平洋火山帯に位置する南米のチリ。ウェブで調べてみると、魅力的な温泉が次々と見つかります。朱塗りの遊歩道沿いの露天風呂、滝を眺めて浸かる樽風呂、緑あふれる渓流沿いの岩風呂、さらには富士山とそっくりな雪山など。まるで日本のような温泉情緒に興味を惹かれ、はるばる南米まで出かけてみました。

チリには多彩な温泉がたくさん

南アメリカ大陸の南端に位置するチリは、南北4300kmに及ぶ世界一細長い国。日本からみると、地球のほぼ真裏です。アメリカ国内で国際線を乗り継ぎ、約30時間のフライトでチリの首都サンティアゴに到着しました。

今回の旅では、最初に南部のパタゴニア地方の温泉を巡ったあと、ラ・アラウカニア州のプコン市を訪ねました。

プコンは温泉郷として有名で、滞在型のリゾートホテル、家族向けの温泉プール、野趣溢れる野湯など、実に多彩な温泉施設があります。そのなかでも目に留まったのが、冒頭の「ヘオメトリカス温泉」の写真です。まるで日本の寺社を思わせるような景観に心が惹かれました。

ヴィジャリカ湖越しに臨むヴィジャリカ火山。富士山に似ているでしょう
ヴィジャリカ湖越しに臨むヴィジャリカ火山。富士山に似ているでしょう

プコンは先住民族の言葉で「山々への入口」を意味する人気の観光地で、富士山と見紛うようなヴィジャリカ火山やヴィジャリカ湖などの観光資源に恵まれ、四季を通して多くの観光客が訪れます。ただ、日本ではまったくと言っていいほど知られていません。この機会に、魅力的な温泉が鈴なりのプコンを紹介したいと思います。最初に訪れたパタゴニアの温泉については、拙著『ほぼ本邦初紹介!世界の絶景温泉』もご参照ください。

さっそく朱塗りの遊歩道が印象的なヘオメトリカス温泉へ

プコンへの玄関口は北西100kmにあるテムコ空港(ラ・アラウカニア空港)。サンティアゴからは国内線で約1時間のフライトです。2016年に移転・開業した空港なので、とても新しく周囲にはほとんど何もありません。点在する温泉を回るにはレンタカーしかないので、車を借りて出発です。やがて、富士山そっくりのヴィジャリカ火山が見えてきます。雪を頂いた二等辺三角形の稜線が美しく、少し走っては車を停めて、ついつい撮影してしまいます。

郊外の道路は未舗装区間も多いのですが、道路状態は悪くありません。スペイン語圏の国で運転するのは初めてだったので緊張しましたが、コニャリベの町でヘオメトリカス温泉の看板を発見しホッとしました。最後の1kmはアップダウンの激しい悪路ですが、空港から2時間ちょっとで到着しました。ヘオメトリカスはチリでも有名な温泉です。旅の途中で、何人かのチリ人に話すと、みな知っていましたが、実際に訪れた人は少ないようでした。

シンプルな受付棟で料金を支払います。夜間は4ドル安くなります
シンプルな受付棟で料金を支払います。夜間は4ドル安くなります

受付で手続きすると、入浴料は48米ドル(約7000円)。チリの物価を考えたらものすごい値段でびっくりしますが、ここまで来て入浴しないわけにはいきません。バスタオルとロッカーの鍵を受け取って出発です。木材を赤で着色した建物や遊歩道が続く光景は、どことなく和風の雰囲気です。全長500mにも及ぶ朱塗りの遊歩道沿いに20の浴槽が点在していて、予想以上にすばらしい温泉施設でした。

このような露天風呂が次々と現れます。沢の水を引いて湯温を調節しているようです
このような露天風呂が次々と現れます。沢の水を引いて湯温を調節しているようです

浴槽の大きさや形、湯温はさまざまですが、一つひとつの浴槽に何℃かが記してあるので、好みの場所を選んで入浴できます。平日の夕方で空いていたので、カップルやグループ単位で貸切り浴槽のように使われていました。説明板には浴槽温度は35~45℃の範囲と書かれていますが、さすがに45℃の熱湯風呂は見つかりませんでした。

脱衣所、ロッカー、トイレはメインの遊歩道の脇道にあります
脱衣所、ロッカー、トイレはメインの遊歩道の脇道にあります

遊歩道沿いの数か所に脱衣用の小屋やトイレがあります。脱衣所はトイレの個室のような感じですが、壁面にコインロッカーのような棚があるので、荷物を入れて鍵を閉めることができます。高温の源泉池が随所にあり、なかには沸騰温度に近い池もあるため、猛烈な蒸気が立ち込めています。

高温の源泉池が随所にあるが、遊歩道とはつながっていません
高温の源泉池が随所にあるが、遊歩道とはつながっていません

遊歩道の終点はどうなっているのかが気になり、先へ先へと進みます。崖が左右に迫って道の幅が狭くなったり、谷間に射しこむ木漏れ日で輝いていたり、温泉水で回る水車などがあって飽きません。

この写真を見たら、思わず日本ではないかと思ってしまいます
この写真を見たら、思わず日本ではないかと思ってしまいます

とにもかくにも、美しい光景が印象的で、カメラを構える手が休むことはありません。やがて一筋の直瀑の滝つぼで道は終わっていました。戻りがてら気に入った浴槽にいくつか浸かりました。見上げると人工物はまったくなく、深い緑と青い空だけが広がっています。週末はかなり混むようですが、地球の裏側でまったりと入浴できるすばらしい温泉です。

滝の水の温度は6℃と表示されていました
滝の水の温度は6℃と表示されていました

ほかにもプコンには絶景温泉が鈴なり

ヘオメトリカス温泉のほかにも、プコン市には20を超える温泉があります。事前にウェブで情報を収集し、時間の許す限り回ってみました。印象的だった温泉を4つ紹介します。

1. 滝を眺めて浸かる木樽の露天風呂:エルリンコン温泉

森の中に木樽の露天風呂がある写真を見つけ訪ねてみました。ほかの温泉施設と違い、まったく商売っ気がなく、道中の案内看板もありません。ヘオメトリカスへの脇道から本道に戻って、ダート道を1km進むと、右手にエルリンコンの駐車場がありました。車は1台も停まっておらず、営業しているかどうかも不明です。

これが入口。赤いコーンは車の侵入禁止を意味しているようです
これが入口。赤いコーンは車の侵入禁止を意味しているようです

恐る恐る門の中に入って歩いて行くと、老主人が孫らしき青年と一緒に、無言で薪を割っていました。声をかけると入浴できるようですが、英語は通じません。何とかコミュニケーションをとると、「たくさん露天風呂があるからどこに入ってもよい。今はほかにお客さんがいない」といった雰囲気でした。

滝を眺めて浸かれる木樽風呂。定員10名と書かれています
滝を眺めて浸かれる木樽風呂。定員10名と書かれています

鬱蒼とした木立の中を歩くと、手作りの露天風呂が点在しています。特に滝を眺められるように配置された木樽の風呂がすばらしいです。歩いてみると、いくつもの露天風呂が滝の見える位置にしつらえてあり、しかも互いに離れて設置されているので、プライベート感が保たれています。遊歩道を進むと、滝のすぐ近くにも2つの露天風呂がありました。大きな長方形の浴槽は滝の間近で、湯面には逆さの滝が映っていました。そこまで考えて設計したのならば、本当にすばらしいと思います。浴槽からの眺めをこれほど重視した露天風呂を海外で見かけるのはまれです。

滝のすぐ脇には大きな岩風呂がありました
滝のすぐ脇には大きな岩風呂がありました

日本では聞きなれない鳥の鳴き声が響く中、滝見の露天風呂を堪能しました。帰り際に挨拶すると、薪を割り続けていた老主人が笑って手を振ってくれました。

2. 渓流沿いの光輝く露天風呂:ペウマイェン温泉

内風呂と言っても窓が広く開放的な雰囲気
内風呂と言っても窓が広く開放的な雰囲気

エルリンコンより商業化された施設で、敷地は広大です。入り口のゲートをくぐってから、建物がある場所まで、未舗装の悪路を車でかなり走ります。受付で入浴料を支払うと、タオルとロッカー用の鍵を渡してくれます。目の前の立派な木造建屋の中には凸の字の形をした巨大な温泉プール。36℃とぬるめですが、のんびりと浸かるにはちょうどいい温度です。屋外にも巨大な温泉プールがあります。設備の整った施設ですが、これらが目的ではありません。

「ザ・渓流露天風呂」といった雰囲気の見事な岩風呂
「ザ・渓流露天風呂」といった雰囲気の見事な岩風呂

ネットで見つけた渓流沿いの露天岩風呂の写真を係の人に見せると、「遊歩道の先の坂道を300m下った河原にある」とのこと。言われた通りに進むと、木製の階段の下に、まさに川に迫り出すように岩風呂がしつらえてありました。元々の岩の形をうまく生かした露天風呂で、深さも十分です。コンクリートで岩の隙間を埋め、少し整形していますが、色とりどりの石を混ぜるなど、自然の景観を損なわない意識を強く感じます。周囲はまったくの自然の河原で、人工物は目に入りません。日本でも最上級の部類に入る露天風呂ではないでしょうか。

3. 川原に和風の岩風呂が点在する:ロス・ポソネス温泉

岩風呂の底は小石交じりの砂地なので、歩くととても気持ちいい
岩風呂の底は小石交じりの砂地なので、歩くととても気持ちいい

広大な敷地内に7つの露天風呂が点在しています。終夜営業のため、夜は若者たちで賑わうとのこと。駐車場は高台にありますが、露天風呂は川沿いなので、駐車場から250段もの階段を下っていきます。帰りが思いやられます。階段の途中から俯瞰すると、広い園内に露天風呂と脱衣所が点在しています。コインロッカーや鍵付ロッカーはなく、脱いだ荷物は各露天風呂の脇に備え付けられたロッカーに置く仕組みです。チリの治安がよいことの証ともいえます。

どれも和風の岩風呂で、座ると胸の高さあたりまで浸かることができます。周囲の木々の緑や花々の彩、空の青さと渓流などを眺めていると、今、チリにいるのを忘れてしまいそうです。なぜか奥飛騨の温泉郷を思い起こしました。

4. 洗練されたロッジのウイフェ温泉

山岳リゾートのような外観のウイフェ温泉
山岳リゾートのような外観のウイフェ温泉

最後は宿泊もできるウイフェ温泉。ロス・ポソネスから少し戻り、看板で右折すると到着です。大型のログハウス風の外観で、正面のフロントは3階に相当します。2階にレストラン、1階の屋外に巨大な温泉プールがあります。脱衣室で大きめの布袋をくれるので、着替えた衣服をこの袋に入れて預けます。

プ-ルのひとつはL字型でもうひとつは長方形。長方形のプールは子供向きなのか、ぬるくて浅めです。L字型は胸まで浸かれる深さがあります。景観に配慮された造りですが、若干消毒用の塩素臭を感じます。ただ、このエリアでは数少ないしっかりとした宿泊施設なので、ここに泊まって周囲の温泉を巡るのもよいでしょう。

近くのアルパカ牧場では、なぜか一頭だけが柵の外でたたずんでいました
近くのアルパカ牧場では、なぜか一頭だけが柵の外でたたずんでいました

なお、世界的な観光ガイドブック『ロンリープラネット』のチリ版では、プコンの温泉として、ヘオメトリカス、ペウマイェン、ポソネスの3つを推薦していました。温泉マニアの目から見ても、なかなかのものだと思いました。

現金しか使えない施設が思った以上に多く、両替所を探して駆け込みました
現金しか使えない施設が思った以上に多く、両替所を探して駆け込みました

また、ヘオメトリカスは問題ありませんが、小さな温泉施設ではクレジットカードが使えず、現金オンリーです。温泉を次から次へと回るうちに、残金が少なくなり、プコンの町中で両替所”Casa de Cambios”を探し回りました。ようやく発見して米ドル札を両替しましたが、あらかじめ現金を準備しておいた方がよいと思います。

町角を曲がると、いきなりヴィジャリカ火山が見えてびっくりすることが何度もありました
町角を曲がると、いきなりヴィジャリカ火山が見えてびっくりすることが何度もありました

チリの食事は日本人の口にあう

白身魚のホワイトソースがけは定番メニュー。どこの店にもあります。
白身魚のホワイトソースがけは定番メニュー。どこの店にもあります。

チリの料理といっても思い浮かびにくいと思いますが、長い海岸線を持つ国だけあって、シーフードが人気です。日本はチリ産サーモンの主要な輸出先とのこと。また、スペインの影響を受けた料理や、ちょっとスパイシーな料理をよく見かけます。日本人の口にあう料理が多く、現地で困ることはありませんでした。

チリを代表する煮込み料理カスエラ。牛の塊り肉、野菜、コメが具材でボリューム満点
チリを代表する煮込み料理カスエラ。牛の塊り肉、野菜、コメが具材でボリューム満点

日本からは片道30時間もかかるので、ある程度まとまった休みがないと行けない国ですが、チリは全土に渡って温泉が湧いています。このときは、「おそらく一生に一度のチリ旅行」だと思って、全土を精力的に回ってみました。チリというとイースター島やアタカマ砂漠、パタゴニアの氷河観光などを思い浮かべますが、温泉めぐりもぜひ候補に加えてください。

記事で紹介した温泉

以下のページはスペイン語表記のみとなります。

温泉名 URL
ヘオメトリカス温泉(Termas Geométricas) https://www.termasgeometricas.cl/(※1)
エルリンコン温泉(Termas el Rincón) https://termaselrincon.cl/
ペウマイェン温泉(Termas Peumayen) https://www.pucon.com/termas/termas-peumayen(※2)
ロス・ポソネス温泉(Termas Los Pozones) https://lospozones.cl/
ウイフェ温泉(Termas de Huife) https://termashuife.cl/

※1:"How To Invented"のページには、深い谷に温泉施設を開発したときの様子が写真付きで説明されています。
※2:2024年10月現在、ペウマイェン温泉は臨時休業中となっていますので、訪れる際は必ず事前に公式サイトでご確認ください。

プコン市の温泉紹介ページには、今回紹介した温泉のほか全部で7つの温泉が掲載されています。興味のある方は、合わせてご覧ください。

筆者

世界中の魅力的な温泉を探し出して、旅しています。

鈴木浩大

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