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日本では若者を中心にハイボールの人気が再燃するなど、近年ではウイスキーが世界的なブームを巻き起こしています。アイルランド島の北東部に位置し、イギリスの1地域である北アイルランドには、2022年現在13ほどのアイリッシュウイスキー蒸溜所があります。2021年12月末に数ある蒸溜所のひとつ、「ヒンチ蒸溜所(The Hinch Distillery)」を訪れて試飲見学ツアーに参加したので、その様子をレポートします。
首府ベルファスト中心地から車、もしくは市バスで30分ほど南下すると、アイルランド語で“島の町”意味するBallyahinchという町に出ます。
この地名に由来したヒンチ(Hinch)蒸溜所では、Ballyahinchのさらに南方に位置するモーン山地にある「サイレント・バレー」のダム湖の水をウイスキーの仕込み水として利用しています。地元産の原料を使用して、製造の最終段階まで一貫して管理する「grain to glass」という製造スタイルにこだわった、新しいウイスキーメーカーです。
2016年の創業以来(蒸溜所公式オープンは2020年)その成長は目ざましく、2022年時点では日本を含む世界25ヵ国以上に商品を輸出しています。昨年2021年にオープンしたビジターセンターでは、蒸溜所の見学、試飲ツアーを受けつけており、併設したギフトショップではウイスキーや関連グッズを土産として購入することができます。
ここ数年のコロナ禍でさまざまな産業が影響を受け低迷するなか、ヒンチ蒸溜所は新たな雇用を生み出し、独特のウイスキー熟成方法を取り入れるなど、多方面で挑戦を続けています。北アイルランド自慢のおもてなし文化と、自然の恵みを受けた製品の製造をする期待の星として、地元の住民からも熱い眼差しを向けられています。
今回申し込んだ蒸留所見学ツアーは、2種類のヒンチウイスキーを試飲できる「クラシック・ウイスキーツアー」。オンライン、または空きさえあれば当日ビジターセンターで直接予約することも可能です。
ツアー開始時間ピッタリに登場したツアーガイドは、飛沫防止のフェイスカバーにヘッドセット・マイクを装備し、プロの風格を漂わせています。
北アイルランドは、同じイギリス国内でもイングランドなどがある本島とは政策が異なり、コロナ対策にも違いがあるので、旅行の際には注意が必要です。訪問した2021年の年末では、コロナワクチンの証明書と身分証を求められたので、観光中はそれらの英文証書やパスポート、在住証カードといった、英語で身分を証明できるものを必携してください。政策は頻繁に変わるので各種最新情報を事前に確認することをおすすめします。
ツアーはウイスキーの原料である、麦などの穀物が展示されている「原料ルーム」から開始します。ヒンチ蒸溜所の成り立ちをビデオで鑑賞、アイリッシュウイスキーの歴史について簡単な講義を受けたあと、ツアー中の注意事項が説明されます。写真撮影は自由ですが、録音録画は禁止とのことです。コロナ対策の手消毒も徹底するよう伝えられました。
着席したテーブルには、瓶に入った4種類の穀物原料が置かれており、ひとつずつ蓋を開けて香りを嗅ぎ分けます。刈り取ってなにも手を加えていない状態の大麦(未発芽大麦)若葉(green barley)は緑茶のような香りで、少し炒ったものはい草のような香り、完全に炒ったものはハムのような、生臭い薫製風だと筆者は感じました。アメリカのウイスキーこと、バーボンの原料となるコーンは無臭でした。
実際にさまざまな原料を嗅ぎ比べて、原料の種類によってでき上がりの風味が大幅に変わってくることが、容易に想像できるようになりました。
さらに実際の製造工程を思い浮かべられるよう、ツアーガイドが先ほど香りを嗅いだ大麦若葉を小型のミルで挽き、水を足したものを順番に嗅がせてくれました。臭いと顔をしかめる参加者もいるなか、筆者はほかの人と同様、“甘いよい香り”と感じました。
原料ルームでウォームアップしたあとは、2階の製造現場へ移動します。小型ミルの実演で見たように、ヒンチ蒸溜所のウイスキーは大麦麦芽(malted barley)と水を混ぜて糖化、マッシュ(mash)されてドロドロになった麦汁を発酵させることが、第一工程となります。
以前スコッチの蒸溜所を訪れた際に同様の製造エリアに足を踏み入れたときは、強烈な刺激臭が鼻を突き抜けたので、今回も覚悟して臨んだのですが、あいにく(幸い!?)この日は年末年始の製造休業期間中だったため、想像していたような強烈な香りは免れました。
発酵タンクのウォッシュ・バック槽も空だったため、ガイドが説明してくれたようにビールのようなほのかな心地よい香りが漂うだけでした。なお、機械が稼働しているときの製造エリアは冬でも熱気で暑く、夏はかなりの気温となるそうです。
先ほどの工程で作られた甘い麦汁に、イーストを加えてできたもろみを「ウォッシュ」といいますが、それをポット・スチルと呼ばれる銅製の蒸溜機に入れます。
それをアイリッシュ式に3度蒸溜し、最後は樽に入れて熟成させます。ヒンチ蒸溜所では、装置内で環流される蒸気と銅の相性や、てっぺんの曲がったチューブの形など、デザインにもこだわった特注品を3機所有しています。
ツアーガイドから聞いた話ですが、完成したウイスキーはアルコール度数によって税率が変わるそうです。こうしたお酒に関する小話や裏話を聞けるのもツアーならでは。
ポット・スチルの横を抜けると、製品の梱包作業をするベルトコンベアーが見えました。段ボールやガムテープといった地味なアイテムに混じって、ひときわ目を引くのが、天井にほど近い壁際に置かれた大きな天使像。
ウイスキーに限らず、ワインやブランデーなど樽熟成をさせる酒類には、原酒の量が少しずつ減ってしまう“エンジェルズ・シェア”、日本語で通称“天使の分け前”と呼ばれる現象が起きます。
実際には木材である樽のなかで少しずつ蒸発しているわけですが、これを天使が昇天している様子に例え、業界では“天使へのおすそ分け”と表現されているそうです。ヒンチ蒸溜所の天使たちは、優しく製造工程を見守っているようでした。
次に案内された小部屋は雰囲気が一転。照明が落とされたギャラリーのような雰囲気で、壁際にズラリと並んだ瓶詰めの原酒サンプルが圧巻です。会議室のような大きなテーブルには、個別にふたつのミニボトルが用意されていました。
番号シールが貼られたプラスチックボトルにはボタンがついており、ボタンを押すとシューっと原酒の蒸気が噴出され、匂いを嗅ぐことができます。
ツアーガイドの説明によると、アルコール飲料は製造工程や熟成させる容器によって、同じ原料を使用してもビール、ウイスキー、ジンやそのほかさまざまな種類の酒に姿を変えます。
色や味も、使われる樽の材質や種類、寝かせる期間によって異なります。メキシコ発祥の蒸留酒であるテキーラは、某ウイスキーの1歩手前の工程までまったく同じなのだそう。
アイリッシュウイスキーには樽の内側を、わざとバーナーで焦がしてキャラメルのような香りを原酒に移す手法があり、スコッチでよく用いられる泥炭「ピート」による香りづけよりも一般的だとか。
そのスコッチですが、アイリッシュウイスキーとの違いを質問をしたので、ガイドから受けた説明を大まかにまとめます。
スコッチ:熟成樽の種類はオーク材のみ、蒸留回数2回、熟成期間は最低3年と1日以上
アイリッシュ:複数種類の樽利用、蒸留3回、最低熟成期間3年以上
ヒンチ蒸溜所の創設者であるテリー・クロス博士は、2000年からフランスのボルドーにブドウ畑を所有しています。ヒンチ蒸溜所では、そのブドウで作られたワインを熟成させた樽や、アイルランド移民であったサミュエルズ家がアメリカで創業した、「メーカーズマーク」のバーボン樽を熟成に使うなど、新興ウイスキーメーカーらしく、アイリッシュ式の伝統製法を踏襲しつつも、独創性に富んだオリジナル商品の製造に力を入れています。
ツアーガイドはほかにも蒸溜回数を3回にすることによってよりなめらかな味になることや、ウイスキーのつづりはスコッチがwhiskyなのに対して、アイリッシュはウイスキーの起源地であることを主張するために(お互いが長年主張)それと区別し、whiskeyとeを足していることなど、ていねいに教えてくれました。
また、原酒は長期間寝かせればよいというわけでもなく、最長18年間までが限界だとか。それ以上は“単なる腐った液体”になることがほとんどなので、欲張りはいけないと、30年間寝かせた人の逸話を紹介してくれました。
とはいえ、たとえ材料を無駄にしても、ボトル3本分程度は飲料可能なものが残ることがあり、その場合は希少価値としてプレミアム価格がつくといいます。
ヒンチウイスキーの特徴を学んだあとはお楽しみの試飲タイム。試飲部屋に入ると、すぐにウイスキー独特の甘い香りに包まれました。イギリスでは年が明けてもまだクリスマスの飾りがあることはめずらしくありませんが、ここでもツリーが置かれ、暖房の効いた暖かい部屋はガイドも「まるでジェントルマン・クラブ(貴族階級などの社交界)のようでしょ」と冗談めかすほど落ち着いており、高級感あふれる内装でした。
各自ソファ席に座っての試飲なので参加者も皆、終始リラックスムードのなか、クラシックプランは2種類、プレミアムプランを申し込んだ人は4種類の試飲をします。
ひとつ目は4年間熟成させたもの、次が5年、プレミアムプランの3番目はシェリー樽で寝かせた10年もので、季節柄クリスマス感の高いスパイシーな味つけ、そして最後がピートを効かせたその名も「Peated」という銘柄をそれぞれ飲み比べます。
ピートは、いわゆる古典的なアイリッシュウイスキーではあまり使われませんが、そこは挑戦を続けるヒンチ蒸溜所。所長のFlaherty氏はアイルランドだけでなく、スコッチについてもスコットランド現地で学んでおり、革新的な味を追い求めます。
地理的にも文化的にもスコットランドに近い地の利を活かし、“ウイスキーの聖地”と呼ばれる、ピート香の強いアイラ島産のウイスキーに匹敵するような製品づくりを目指しています。
クラシックプランで2種類のみの参加者には、ツアーガイドがグラスに入れた残り2種類を持って周り、匂いだけをそれぞれ嗅がせてくれます。すべて試飲が完了すると、どれがいちばんよかったか、全員に好みや感想を聞いて、ツアーはお開きとなります。
ヒンチ蒸溜所にはジンの醸造施設もあるので、ジンの見学ツアーも行っています。ビジターセンターに併設するギフトショップでは、各種ウイスキーのほか数々の入賞経験があるヒンチのオリジナルのジンブランド「The Ninth Wave」や、先に紹介したブドウ農園で作られる、ボルドー産の「Château de la Linge」ブランドのワインも購入できます。
ヒンチ蒸溜所の地元愛はそのほかのグッズにも見られ、今回筆者がシェリー樽仕上げの10年ものウイスキーとともに購入したグラスは、アイルランド式のハンド・カットで仕上げられた証「Belfast Crystal」のシールが貼られていました。リボンつきのきれいな化粧箱に入っていて、贈りものにもピッタリな商品です。
首府のベルファストから車か市バスで約30分と交通の便がよく、ウイスキーとジンのどちらか、あるいは両方の見学ツアーを体験できるヒンチ蒸溜所は、コロナ収束後の観光先リストにぜひとも入れておきたい、北アイルランドでおすすめの観光施設です。
◼️ヒンチ蒸溜所(The Hinch Distillery)
・住所: 19 Carryduff Rd, Lisburn BT27 6TZ イギリス(北アイルランド)
・ツアー開始時間: 季節により変動するので要確認、所要は1時間
・ツアー料金:: 大人(18才以上)£20、子供(18才未満)£10
・アクセス: ベルファスト市内より車、もしくは市バス520番Newcastle行きで約30分
・URL: https://www.hinchdistillery.com
巻頭ページでは各地方の魅力をビジュアルで紹介し、体験してほしいテーマは厳選して詳しく解説。さらに世界遺産リストやイベントカレンダーも掲載しています。大観光都市ロンドンや、美しい自然が心を癒してくれるカントリーサイドを訪れる皆さんの「自分流の旅づくり」をとことん応援する一冊です。
■地球の歩き方 ガイドブック A02 イギリス 2019年~2020年版
URL: https://hon.gakken.jp/book/2080126700
※当記事は、2022年2月18日現在のものです。
〈地球の歩き方編集室よりお願い〉
2022年2月18日現在、国によってはいまだ観光目的の渡航が難しい状況です。『地球の歩き方 ニュース&レポート』では、近い将来に旅したい場所として世界の観光記事を発信しています。渡航についての最新情報は下記などを参考に必ず各自でご確認ください。
◎外務省海外安全ホームページ
・URL: https://www.anzen.mofa.go.jp/index.html
◎厚生労働省:新型コロナウイルス感染症について
・URL: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html
旅したい場所の情報を入手して準備をととのえ、新型コロナウイルス収束後はぜひお出かけください。安心して旅に出られる日が一日も早く来ることを心より願っています。