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1993年からユネスコ世界遺産として登録されている、マテーラの洞窟住宅“サッシSassi”。南イタリアの日差しに、さびし気で奇妙な色を映し出す。旧市街は、グラヴィーナ渓谷の崖や斜面を利用して作られたサッシ群となっている。迷宮のようなサッシの住宅は、この渓谷の岩山を掘り抜いて作られた物だ。新市街は、町の西側。駅左横のマッテオッティ広場Piazza Matteottiから噴水のあるヴィットリオ・ヴェネト広場Piazza Vittorio Veneto付近が特ににぎやか。人の動きと店が並び、タイムスリップしてしまったかのようなサッシ地区の光景とは違い少しほっとする
原罪のクリプタ
詳細をみるサッシ地区は、Duomoドゥオーモを挟みサッソ・バリサーノSasso Barisano、サッソ・カヴェオーソSasso Caveosoに分かれている。サッソ・バリサーノはヴィットリオ・ヴェネト広場の展望台から眺めると、密集したサッシの住居が不揃いに建てられている。
サッソ・カヴェオーソはすり鉢状になった地形に、張り付いているように広がっている。町のふもとに延びるサッシ地区のパノラマ道路からは2つの窪地に広がるサッシ地区の眺めが楽しめる。
バーリ北駅Bari-Nordから発着する私鉄アップロ・ルカーネ(FAL)鉄道の列車に乗る。マテーラ中央駅FAL Matera Centrale(Piazza)下車。アルタム-ラ駅で車両を切り離す場合があるので行き先の確認を。
マテーラ中央駅は地下。階段またはエレベーターで上がろう。まずはヴィットリオ・ヴェネト広場を目指そう。展望台からはサッシが一望でき、階段を下ればサッソ・バリサーノだ。
サッシ内はMICCOLIS社のバスや観光用の三輪車など走っている。ただし、徒歩で十分。
セディーレ広場Piazza Sedileから、右へ緩やかな細い坂道をのぼりきると、どっしりと構えたドゥオーモが建つ、ドゥオーモ広場へとたどり着く。ここからのサッソ・バリサーノSasso Barisano地区のパノラマは必見。
ファサードには、幸運のルーレットと呼ばれるバラ窓がのり、その上からドラゴンを踏む大天使ミ
カエルが見守っている。1230~1270年頃にかけて建立されたプーリア・ロマネスク様式で、建物右
側の扉口にはロマネスクの彫像が飾る。入口近くの扉は、上部の祈祷する修道士と聖書を読む修道士
の彫刻から「アブラハムの扉」、ライオン像が置かれた奥の扉は「レオーニの扉」と呼ばれる。上部の愛らしい少女の顔は、、純潔の象徴だ。
内部は白と金で装飾され、華やかだが、度重なる改修により、ロマネスク様式はいくつかの柱頭に
見られるのみだ。主祭壇には1580年頃に製作された「聖母子」、その下に洗礼者ヨハネ、福音者ヨハネ、聖ペテロなどの聖人が描かれている。主祭壇左のガラスの先にはキリスト降誕を再現した16世紀のプレゼーピオがある。入口右の祭壇に置かれているのが、町の守護聖人「ブルーナの聖母」で、いつも灯明が絶えず町の人のあつい信仰心が感じられる場だ。入口左には13世紀の「最後の審判」のフレスコ画が描かれいる。
見晴らしのよいサン・ピエトロ・カヴェオーソ教会横から小路を進んだ場所にある、農民の家。岩を掘って造られたサッシ家屋の典型例で、1700年代初頭に造られたものだ。
小さな玄関から中に入ると、天井は丸いカーブを描き、壁は白く、入口左に台所がある。サッシ家屋の特徴は上下水道がなく、家禽との同居スペースがあること。水は雨水、トイレはなく夜間はベッド脇のテラコッタの壺で処理した。雨水は室内の井戸に引き込んで利用され、入口そばの床下には室内の井戸への引き込み構造が見られる。
19世紀まではそこそこ快適な住環境が保たれていたといわれるが、20世紀の人口増加にともない、住環境は劣悪化し、実際ここで暮らした最後の家族はこのワンルームほどのスペースに、タンスの上部や引き出しを子供のベッド代わりにして11人が暮らしたと聞くと、暮らしの知恵と生活の厳しさが実感される。1952年に強制移住の法律が制定され、この家族も1956年に新住宅へと移住した。
1階と地下の合計8つのサロンに分かれている展示品はマテーラ近郊からの出土品で、民俗学者のドメニコ・リドーラのコレクションが多く集められている。サロン1の旧石器時代、新石器時代の発掘品は、当時の優れたデザインで彫り込まれた石や壺の数々が展示されている。博物館は紀元前800
年頃の陶器のコレクションが充実している。また工夫を凝らしたさまざまな形の壺や、当時使っていた調理器具などは大変興味深い。
かつての修道院の上に、17世紀後半に建てられた神学校。現在は中世博物館とバジリカータの現代美術館Museo Nazionale d'Arte Medioevale e Moderna della Basilicataがおかれている。
サッソ・カヴェオーソ地区の高台に建ち、どこからでも巨大な岩に十字架が載る風変わりな姿を見ることができる。正面の祭壇には『聖母子』のフレスコ画、その足元に描かれた「水入れ」=イドゥリアIdriaがこの教会の名前の由来とされている。その横、鹿に向かって手を差し出しているのが、マテーラの守護聖人「聖エウスタキオの改宗」。
祭壇左から、サン・ジョヴァンニ・イン・モンテローネ教会へと続いている。壁には11~12世紀の美しいフレスコ画が残っている。
ひとつだけ洞窟教会を見るならここがおすすめだ。8世紀創建。細かに分割された部屋が奇異な印
象を受けるが、これは後年の改築によるもの。住居として転用された際に柱は切られ、壁の一部はかまどを作るために切り取られた。入口左には今もかまどが残されている。
フレスコ画は修復が施され、美しい姿をとどめている。入口左の壁には13世紀の『授乳の聖母』と『大天使ミカエル』。中央の柱には『聖グレゴリウス』。右の祭壇奥の左には「聖女ルチア」。
パノラマ通りに面して建つ、洞窟教会と修道院の2階建ての大きな複合建築。11世紀頃に石灰岩を掘って造られたもの。1階は3廊式の聖堂で、柱の上部にはアーチが大きく弧を描く。さらにクーポラが載り、十字架が彫り込まれた祭壇が置かれている。天井は高く、滑らかな柱や壁面に、人力で掘られたことに感嘆するほどだ。後陣には17世紀の『磔刑図』、その脇には聖母マリアと聖ヨハネが描かれている。
ひとかかえもある大きな山型または三日月型で、1個1~2㎏という大型。この土地で栽培された
小麦を用い、今も薪で焼かれることが多い。ふんわり、もっちりでクリスピー。おみやげ用には、
同じ釜で焼かれたビスコッティが並ぶ、製造販売所のパーネ・エ・パーチェへ。早朝ならパン焼き
が見られるかも。