チャイニーズパレード ”アジアの旧正月”
旧正月のお祝いの一つとして、毎年行われているチャイニーズパレード。 今年は、2月27日の土曜日、ユニオンスクェアを中心に行われました。
パレード当日は、夕方4時前後に周辺道路が、全て封鎖されます。 ケーブルカーも止まります。 路面電車も止まります。 パレードのルート周辺のブティックも閉まります。
地元テレビ局の設営は、前日から始まり、大きな照明もデパートのメィシーズ前に設置。 ここがメイン、見せ場となり、観覧席($30)も設けられます。 また、この中継は、国内各地、カナダ、アジア諸国に放映されて、約3億人の人が見るそうです。
このパレードの歴史は古く、1860年代から始まっています。 ゴールドラッシュ、大陸横断鉄道の頃、中国から来た労働者の人達が、異文化の中、何とかこの地にとけ込もうと、馴染みたい気持ちから、街の人達を招待してパレードをしたのが最初でした。 勿論、自分たちの文化としても、理解してほしい気持ちもあったかもしれません。
”アメリカ人は、パレードが好きだからやってみよう。” という発想が興味深い事です。
アメリカで最初に旧正月を祝い始めたのも、この頃やって来た中国人なので「チャイニーズ・ニュー・イヤー」と呼ぶようになりました。 後からやって来た他のアジア系の方から文句が出て、「アジアの正月」となりましたが、日本はじめ旧正月を祝う習慣がない国、地域からは、紛らわしい等と不評だったりして、2年ほど前から 『アジアの旧正月』 という呼び方をしています。 あまり聞き慣れない言葉です。
ちなみに、寅年の2010年、太陰暦では4708年。 中国4千年の歴史、四捨五入で5千年の歴史となるわけです。
5時15分パレードが始まりました。 ルートは、マーケット通り(@2番通り)→ゲーリー通り→ユニオンスクェア/パウエル通り→ポスト通り→カーニー通り、コロンバスまで。 爆竹、ドラや太鼓の音楽、中国、アジア各地の民族衣装に民族舞踊、マーチングバンド、、、100以上の団体の参加でとてつもなく賑やかなパレードです。
カメラを持って、ユニオンスクェアに駆けつけた時は、黒山の人だかり、毛髪の色が様々なので黒ではないのですが、欧米人は背が高い。 こんな時は、もっと長身か、思い切り小さくて人の間かいくぐることができればと、中途半端な自分の身長(160cm)が悔やまれる。 つま先立ちして、両手を伸ばして、撮影したのが上記の写真、ピンぼけでごめんなさい。 これ以外は、全部夕空と中継ヘリしか写っていませんでした。
嗚呼、ヤオ・ミン(姚・明)になりたい。 エッ! 彼、今どうしているのかしら???
筆者
アメリカ・カリフォルニア州特派員
美丸(Mimaru)
サンフランシスコ在住ビアジャーナリスト。全米のクラフトビール探求の日々、訪問したブルワリー、タップルーム情報は随時投稿。
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