伝説が残る彦五郎 「彦五郎の碑」
上富田町の中央を清流・富田川(とんだがわ)が流れています。
その富田川の右岸に彦五郎(ひこごろう)堤防と呼ばれる、伝説が残る長い堤防があります。
彦五郎公園と清流・富田川
夫とエフノカッテさんでランチをした後、少し彦五郎公園を散策しました。
お店のすぐ裏に富田川が流れています。
自然が広がる中で、ゆったりと流れているように見える富田川を見ていると穏やかな気持ちなります。
富田川は和歌山県内で唯一ダムの無い清らかな川でだそうで、オオウナギの生息地としても知られ、河口から約18㎞が国の天然記念物に指定されています。
実際に富田川のオオウナギを見たことが無いので見てみたいです。
彦五郎堤防の上は彦五郎公園になっています。
園内にはトイレや遊具のある広場、その奥に遊歩道が続いています。
彦五郎公園には彦五郎の碑があるのですが、初めて見に来た時にはこの「彦五郎公園」と刻まれた大きな石碑を見てちょっと違うような・・・と思いながらこの石碑がそうなのだと思って帰りました。
2度目はその石碑のある場所から緑の茂る遊歩道沿いを歩いて探しました。(2016年6月撮影)
けれど碑は見つからず、さらに国道が下に見える遊歩道を歩いて行きました。
彦五郎と石碑
しばらく歩くと小さな案内板があり、やっと見つかりました。(2016年6月撮影)
分かりやすい場所なのですが意外な場所に建っていたので夫とふたり
「こんな所にあったんや!」
と正直驚きました。
国道沿いを歩いてくれば早かったかも・・・。
3度目の今回は探すことなく訪れることができました。
遊歩道沿いには彦五郎の碑や彦五郎堤の由来などいくつかの石碑が建立されています。
富田川は古くから洪水や氾濫を繰り返し、流域に住む人々に被害をもたらしてきたそうです。
明治22年の台風による集中豪雨では富田川流域の犠牲者が特に多く、565人もの人々が犠牲になっています。
その明治大洪水の犠牲者をしのぶ「溺死招魂碑」も建立されています。
こちらの「彦五郎人柱之碑」が彦五郎の石碑で、名前が刻まれているのですぐ分かります。
彦五郎にはこのような伝説が残っています。
昔、氾濫を繰り返した富田川に付近の人々は被害に苦しんでいました。
ある年、住民が相談をして堤防を築くのに人柱として生きた人を沈めることになりました。
着物に横継ぎをした者を人柱にしようと決めたのですが、それを言い出した彦五郎が横継ぎの着物を着ていて、自らすすんで人柱になったと伝えられています。
その後その堤防は彦五郎堤防と呼ばれ、今も語り継がれています。
駐車場へは国道沿いを歩いて戻りました。
堤防の紫陽花が美しく色づいていました。
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<彦五郎の碑(彦五郎公園)>
・所在地 和歌山県西牟婁郡上富田町生馬
・電話番号 0739-47-0550(代表・上富田町役場)
・駐車場 公園駐車場利用
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