こんな時だから、旅を語ろう:STORY.01『地球の歩き方』編集長 宮田崇が語る「旅の持つ力」
2021年8現在、まだまだ以前のように自由に海外旅行に行ける状態ではないが、だからこそ、今はゆっくり旅について語りたい!そんな思いで生まれた、「こんな時だから、旅を語ろう」企画。その一部として『地球の歩き方』を作るスタッフにインタビューを実施した。第一回は、『地球の歩き方』編集長の宮田崇。初めての旅の思い出と共に「旅の持つ力」をテーマに話を聞いた。
旅の始まり。祖母からの旅のバトンを受け取りインドへ
『地球の歩き方』編集部で「インドのことなら彼に聞けば間違いない」と誰もが口を揃えて推すほどのインド通である彼。コロナで渡航できなくなる直前まで23年間毎年インドに通い詰め、縁あって初めての海外旅もインドだった。「今でこそインドにどっぷりですが、中学高校の頃はいつか海外に行くならアメリカからだろうと思っていました。高校生の頃に読んでいた雑誌はアメリカのファッションで溢れていたし、実家が米軍住宅地区に近かったこともあって、当時の僕には海外といえばアメリカという感覚が強かったんです。伯父がニューヨークに住んでいて祖母がよくアメリカに遊びに行っていたので身近に感じていたのもありますね。」
では、なぜ初めての旅先がアメリカではなくインドだったのか?「祖母が他界した時、遺品の中にまだ新品の『地球の歩き方インド』があったんです。おばあちゃん、インドに行きたかったのかなぁ…と思って。」ページをペラペラとめくっていると頭の中に祖母がよく口にしていた「今しかできないことをやるんだよ」という言葉がよぎったのだとか。
こうして、彼は祖母からの旅のバトンを受け取り初めての海外・インドへと向かった。
初めての海外、初めてのインド。45日の旅の記憶
97年2月27日の深夜。彼はデリーの空港にいた。春とはいえ初めてのデリーはまだ肌寒かったと振り返る。「忘れもしないエアインディアです。もともと日本を昼に出発して、到着は夕方6時の予定でしたが、出発が6時間遅れ、深夜に到着しました。深夜だというのに客引きがすごくて、当然宿なんて予約していなかったのでとにかく客引きを振り切り『地球の歩き方』に書いてあったチケット制のタクシーに乗って、宿が集まっているメインバザールに向かいました。『地球の歩き方』を見ながら安宿を一軒ずつ当たっていくんですが、なにせ深夜なので受付の人は寝てるし。僕たちに気づいた子供が寝ている受付の人を起こしてくれて、部屋を見せてもらって交渉して…って感じでしたね。6軒目くらいでなんとか決まったけど、今度は不衛生なシーツが気になって。持ってきた寝袋をベッドの上に敷いて寝ました。旅を続けるうちに日本人バックパッカーに『南京虫対策用にゴミ袋を買った方がいい』と教えてもらったりして、安宿で快適に眠る知識を少しずつ積んでいきました。」
旅のルートは、デリーから始まりジャイプル、アーグラー、ジャンスィーを経由してカジュラーホー、ワラーナシー、ルンビニー、国境の町スノウリを経由し、ポカラ、カトマンドゥ、パトナー、そこから南下してブッダ・ガヤー、そしてコルカタで終了する全45日の旅。『地球の歩き方』のモデルルートをなぞったと言う。いくらガイドブックに参考ルートがあるとはいえ、初めてにしてはかなりハードルの高い旅。泊まる先々のゲストハウスで出会った人たちからはもれなく、「無謀だ」と笑われたり怒られたり呆れられたりしたのだとか。「そんなことを言われても、当時僕は大学生。お金はないけど時間はある。1週間でも3ヵ月でも航空券代が変わらないなら出来るだけ長く滞在したいって思ったんですよね。」
最初のインドは「ボられて、騙されてばかりだった」という印象を受けた。デリーで最初に行った観光地はインド門だったが、門の前で「蛇を首に巻いて記念写真を撮ってあげる」と声をかけられ撮影したらお金をせびられ、今だったら「そりゃそうだよな」と思うことも当時は「騙された!」と感じたそう。「今思えばこちらの知識不足なところも多くて。よくあるネタとして、よくインド人は嘘の道を教えるというけど、あれは『知らない』とそっけなく答えるのは失礼だという善意の気持ちからだとか、それこそ『地球の歩き方』に書いてある口コミ情報やコラムを読んで『ああ、あれはそういうことか』と、実体験を通してインド人の文化や習慣を学びました。」
そうして経験と知識を深めていくことで、インドを受け止めていった。「最初は宿探しひとつとっても不慣れでしたが、場数を踏むと、客引きの表情やコミュニケーションの仕方で『この人なら大丈夫だろう』と勘が働くようになってきたし。最終目的地のコルカタに着く頃にはすっかりインドに慣れて、現地の女子大生に声をかけて、一緒に写真を撮ったり現地の恋愛事情について教えてもらったりと、だいぶ余裕がでてきました。旅を終えると自分がひとまわり大きくなった気がしました。」
旅の醍醐味は“余白”にある
最初の旅で感動した場所は?と尋ねると「もちろんタージ・マハルには素直に感動したし、ジャイプルの風の宮殿は本当に綺麗だった。」と観光地の魅力を話してくれるが、遭遇したエピソードを語る高揚感はそれを上回る印象を受ける。そう伝えると、「確かに旅は“余白”が醍醐味かも。」と思い出を振り返り、「この45日の旅で一番思い出に残っているのは、カジュラーホーなんですよね。」と続ける。
カジュラーホーは、官能的なジャイナ教の寺院群で知られる街。「土埃の舞う素朴で簡素な街です。そこで初めてクルターという民族衣装をオーダーメイドしたのですが、仕上がりに3日かかると言うので、どうやって3日過ごそうかと考えていたら、仕立て屋の息子のビジャイくんという10歳の男の子が、観光地を案内してくれたんですよね。ほかにも、たまたま来ていた移動式遊園地のスタッフの人たちのお茶会に呼ばれたり、ターリーやサモサを御馳走になったり、日本の歌を歌ったら『明日も来い!乗り放題にしてやるよ』って言われてまた遊びに行ったり…そんな感じで最終日の夜にはくたくただったけど、眠りに落ちながら『ここはいい街カジュラーホー』と消えゆく意識の中、力を振り絞って日記に書くくらい、心に染みたんです。」
最初のインド旅でどんどんインドに順応していった彼は、大学4年の時に再びワラーナシーに行っている。その旅で今真っ先に思い出すのは、やはり計画外の“余白”のエピソードのよう。「ガンジスの対岸で地元のおじさんたちと3日間連続でサッカーをやったんですよね。警察官や地主や洗濯屋、レストランのオーナーだったりその従業員や子供など、職業も年齢もバラバラな人たちと汗を流したのは楽しかったなぁ。観光地として入れない『不浄の地』でのサッカーもですが、『明日空港行かなきゃ』と話したらパトカーで送ってくれたり。本当はダメなんでしょうが、インドの人たちのそういうゆるさが好きなんですよね。」
人の心を動かす「旅の力」
コロナ禍で自由に旅ができなくなり、色々な国のことをニュースで聞くと思い出すのは、ガンジス川でサッカーをした人たちやカジュラーホーの少年をはじめとする世界各地の旅先で出会った人たちのこと。「旅をすると気になる国が増えるし、ニュースも自分ごとのように感じるようになる。旅先で人と触れ合うと、この世に嫌な人なんていないなと思うし、嫌な国なんてものもないことが分かる。そう感じさせてくれるのが旅の持つ力ではないでしょうか。」
また彼は、旅は人を動かす力を持っていると実感している。インタビューを通して、彼の口から影響を受けた人についての話も多かった。先述した祖母の話をはじめ、通っていた予備校の講師が旅の写真を見せながら世界の歴史を教えてくれて興味を持ったなど、身近な人から著名人まで様々な人に影響を受けている。「初めてのインド旅を共にした友人とはお互い家庭を持つ身。家族ぐるみで食事をするときには、子供たちに『お父さんはインドでこんなことしてたんだよー』と、旅の武勇伝(?)を聞かせたりするんです。」そうやって思い出話をすることで今度は子供たちが世界に興味を持ってもらえたら…。誰かの旅の延長上に自分が旅するきっかけがあったように、彼の旅はきっと他の誰かを動かす力になっていくだろう。
<プロフィール>
宮田崇(ミヤタタカシ)
『地球の歩き方』編集長。過去の担当タイトルは、ベトナム、カンボジア、東アフリカ、チュニジア、エジプト、南米、メキシコ、アメリカ全般、ハワイ、など多数。インドは編集部配属になって15年目にしてようやく担当した。
※当記事は、2021年8月2日現在のものです
〈地球の歩き方編集室よりお願い〉
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◎外務省海外安全ホームページ
・URL: https://www.anzen.mofa.go.jp/index.html
筆者
地球の歩き方書籍編集部
1979年創刊の国内外ガイドブック『地球の歩き方』の書籍編集チームです。ガイドブック制作の過程で得た旅の最新情報・お役立ち情報をお届けします。
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