[バンコク]ミシュラン二つ星 Mezzaluna、季節感で物語を引き出すフランス料理
去年12月、バンコクに上陸したミシュランガイドブック、三つ星はなく、事実上のバンコクの頂点、二つ星に輝いたのが、アジアベスト50レストランで4年連続一位のGaggan, マンダリンオリエンタルホテルのLe Normandie、そしてこのMezzalunaです。
日本人の川崎竜喜シェフが率いる、フランス料理のファインダイニング、Lebua at State Towerホテルの65階に位置し、180度のダイナミックな夜景が楽しめる場所でもあります。
まずは、階下のバー、Distil Barで、Belle Epoque Blanc de Blancsをいただきつつ、お話を伺いました。
日本の季節感を表現したいという、川崎竜喜シェフは、新潟県出身。料理好きな母は、食事に行っては気に入った料理を家庭で再現するなど、普段から色々な味わいを楽しめる環境だったのだとか。スポーツ少年で、高校ではハンドボールに明け暮れた。インターハイで敗退し、モチベーションを失っていたころに、出会ったのがTV番組「料理の鉄人」。中でも、「和食や中華は、味噌や醤油など、元々の調味料があってそれを配合するけれども、ソースを一から作るフランス料理に興味をもった」。
早速、フランス校のある東京の辻調理師学校に入学。ただ入学したのではなく、「いつか、フランスに行く」という明確な目標があったのだそう。そのために、夜はフランス帰りのシェフが営むビストロでアルバイトをして、フランス語や魚のさばき方を覚えます。シェフは、若き日の川崎シェフの夢をよく理解して、色々と任せてくれました。
その甲斐あって、フランス校でも、50人ほどのクラスメイトの中から最優秀生として選ばれ、ポール・ボキューズにスタージェに行く権利を得ます。ポール・ボキューズにいた5ヶ月ほどのうちで、一番学んだのは、「フランス人のアイデンティティとなるフランス人の毎日の食事」。アンティーヴ・オー・ジャンボンなどの家庭的な料理が、とても美味しかったのだとか。そんな充実した時間を過ごし、職探しを始めた時に、オープンして3年ほど経っていた、東京のタイユバン・ロブションをフランスのガイドブックで目にします。
フランス料理に興味をもった頃にオープンし、憧れていたレストランでもあるタイユバン・ロブションに無事採用され、朝7時から夜11時まで働く毎日を過ごします。5年間で、ペストリーなどの専門部門以外の、全部のポジションを経験したそう。そうしているうちに、やはり、フランスに戻りたいという思いが湧いてきます。パリの行ったものの希望していたレストランとの話がまとまらず、レストラン マコト・アオキの青木誠シェフのが当時シェフを務めていたお店 レストラン オルベルで、2年間の約束で働くことになります。
契約満了後、妻のいたロンドンへ渡り、ピエール・ガニェールで働き始めます。毎日新しい素材から料理を作っていたロブションと違い、ピエール・ガニェールでは、ある程度作って置いておくものが多く、それを指摘すると「嫌なら、自分で変えろ」と言われ、「これが、ヨーロッパだ」と感じたのだそう。少しづつ、自分のスタイルに変えて行き、「一ヶ月でやめよう」と思った仕事を、4年半。最後にはスーシェフにまで上り詰めていました。
そのうち、ラスベガスにガニェールがオープンすることになり、ずっと一緒に働き、仲の良かったパスカルヘッドシェフから、オープニングスタッフとして誘われます。これまでファインダイニングでばかり働いてきた川崎シェフですが、こちらは75席の大きな席数で、アメリカらしく、ステーキを、ガニエールらしい様々なソースで提供するようなことも行なっており、違ったスタイルのレストランを経験するよい機会だと引き受けます。
しかし、そこで5年働き、もっと少ない席数で、こだわって料理を作りたい、という思いが強くなった時に、ここ、Mezzalunaのオファーがあったそう。もともとバンコクに来るつもりはなかったものの、最大40席という席数で、何をやってもいいという自由さにも惹かれました。「バンコクは、これまで働いていたヨーロッパやアメリカに比べて、日本の食材が手に入りやすい。日本人らしく、日本の食材を使い、日本の四季を表現する料理を作ろう」ちょうど、フランス人シェフが、フランスの四季を表現しているように。
とはいえ、バンコクは日本ではありません。日本の食材を使って日本でフランス料理を使っているのとは違います。逆にいうと、バンコクだからこそ入りやすいフランスの食材を組み合わせ、日本とフランスの食材を使った、「バンコクに住む日本人のフランス料理シェフ」としてのアイデンティティを表現しようと考えているのだそう。
就任して3年。去年のバンコク初のミシュランで、いきなりの2つ星を獲得した快挙、それでも本人は飄々としたもの。星を取ったのだから、とオーナーに、「好きなレストランに行っていい」と言われても、リクエストしたのは、世界のベストレストランで2017年に一位となった「Eleven Madison Park」のみ。シェフは、キッチンにいてこそ、シェフ。これからも、やるべきことをやるだけ、と考えている川崎シェフにとっては、当然といえば当然なのかもしれません。
タイの新聞、Bangkok Postや、ラグジュアリー雑誌、Robb Reportの表紙に取り上げられるなど、今注目のシェフです。
前置きが長くなりましたが、そんな川崎シェフの料理は、ディナー、しかもデグスタシオンのみ。食材のロスも少ないデグスタシオンオンリーというやり方は、日本の市場から直接取り寄せているこだわりの食材を大切にしたい、という思いもあるのでしょう。
アミューズは、蕎麦粉のチュイルの上に春らしい生の白魚のタルタル、上にオセトラキャビアと紫蘇の花が載っています。蕎麦粉の香ばしさ、肉の代わりに白魚の優しいコク、タルタルの卵黄の代わりにキャビア。蕎麦粉と白魚の味わいに、日本らしさを感じるスタートです。
小さなトマトのサブレに、揚げた桜エビを乗せ、パルメザンのクリームを挟んだもの。トマトとパルメザンという旨味の王様を、とても香ばしい桜エビと合わせて。
チーズのクラッカーに、季節の白アスパラガスのムースを挟み、上には日本のズワイガニを載せてあります。
カニとアスパラガスという王道の組み合わせ、もちろんチーズも良く合います。本来は大きな皿で出すアスパラガスのムースと蟹の前菜を、一番小さく気軽に食べられる形にしたらこうなった、というようなスタイル。しっかりと蟹の旨味、アスパラガスの甘みを感じます。
サモサには、アワビにマッシュルーム、ほうれん草という組み合わせ。優しい塩味、その温かさにホッとします。
パンもフランス人ブーランジェが焼く自家製。カリッ、ふわっとした、やや軽めで、料理を邪魔しない味わい。
続いては、天然の桜鯛のタルタル。
生のイカを思わせるほど、まったり、ねっとりとした身は、特にエイジングをしているわけではないそうですが、食感も味わいも抜群でした。
上から、桜の花のパウダーをかけて、見た目も味わいも「桜」鯛の仕上がりに。
上から、ヨード感のあるひじき、そして蕪を桜の花びらの形に切ったものを飾って。下には、寒天で作った出汁ゼリー。しっかりと甘い桜の花の、クマリンの香り、そこにねっとりとした桜鯛という、とても楽しめる組み合わせでした。
ほのかに甘い、リースリングの白ワインを合わせて。
一皿目は、
Hachimantai Salmon
a la minute smoked, golden trout roe, udo, urui, cedro lemon emulsion, yogurt sorbet
直前にスモークをかけた岩手・八幡平産の鱒は、ヤマメの卵、うど、うるい、レモンのエマルジョン、ヨーグルトのソルベと合わせて。ゆずのスノーと合わせて。
乳製品と鱒、相性抜群のコクが重なったところに、春の山菜のシャキシャキした食感とほのかな苦味、うるいのピリッとした印象を合わせ、さっぱり、あっさりといただきます。パルメザンチーズのクランブルが、コクをプラスし、和になりすぎないバランスに。清流で知られる八幡平、綺麗な泡を閉じ込めたガラスのプレートに盛られたプレゼンテーションは、まるで鱒が育った環境そのままに、清流の中を泳いでいる様子をそのまま写し取ったかのよう。やはり清流で育つヤマメの、プチプチした黄金色の卵をのせて。
H-Riesling, Prinz Von Hessen, Rheingau, Germany, 2015
グレープフルーツやレモン、青リンゴのようなすっきりとしたフルーツ感のあるワインと。
Morels
variations, kuruma prawn, quail tortellini, vin jaune foam
ちょうど旬のフレッシュなモリーユ、太陽に干して旨味が凝縮したもの、うずらのトルテッリーニにはフォアグラも入っていて濃厚なコクを感じる味わい、そこにモリーユで作った濃厚なクリームを敷き、海老の粉を振りかけます。程よく火の通った車海老を添えて。海の幸と山の幸のコンビネーション、こう言った組み合わせに、どこかガニェールで働いていたシェフならではの、自由な発想力を感じます。ピリッとしたナスターチウムがアクセント。
Protos Verdejo, Rueda D.O., Spain, 2016
ワインは甘さを控え目の、フェンネルや青リンゴのニュアンスを感じるものでした。
Sawara (Spanish Mackerel)
sake-kasu marinated and grilled, clams, spring onion, souju olive oil
続いては、「ナクレ」と呼ばれる美しい真珠貝色に仕上げられた、鰆。酒粕に漬け込んでから、備長炭で焼き上げています。新玉ねぎのピュレとはまぐりのソースと泡、香川県産の創樹オリーブオイルを仕上げにかけて。
Chardonnay "Grand Archer", Arrowood, USA, 2000
アプリッコットや発酵バターのようなニュアンスを感じる、濃厚なシャルドネ。
Kue (Grouper)
aged and preserved, foie gras custard, wild rice crisps, nori, smoked duck consomme
その素晴らしい肉質に感嘆したのが、一週間ほど熟成させたクエ。こちらも、52度で20分ほど火入れをしてから、表面が真珠貝色になるように炭火で焼き上げてあります。一口食べると、甲殻類や濃厚なクリームのようなニュアンスがあり、その旨味を、鰹節のスモーキーさを隠し味にした鴨コンソメと、フォワグラのカスタード、水分と油分の旨味が後押しします。ルーラードのように仕立てた身は、皮の代わりに海苔を巻いてありますが、クエの皮も味わいって欲しいと、カリカリのチップスに仕立てて浮かべてあります。
クリスピーなワイルドライスのパフを添えて。
Pinot Noir Cellar Selection, Villa Maria, Marlborough, New-Zealand, 2011
フレンチオークの樽で10ヶ月熟成したという ピノ・ノワールは、スミレのような香り。
Burgundy Rabbit
stuffed with iberico ham, peas & beans, bamboo shoot, chorizo jus
ブルゴーニュ産のうさぎの背肉は、うさぎのひき肉とイベリコ豚の生ハムを混ぜたものを詰め込んであります。サイドにも、セミドライにしたチョリソーと、そら豆、グリーンピースや筍などのグリル、チョリソーのジュを添えて。
Plexus, John Duval, Barossa Valley, Australia, 2013
ワインは、15ヶ月フレンチバリックで熟成した、グルナッシュ、シラーズなどが主体のもの。鉄分や血の香りとも合いそうなワインです。
Niigata Murakami Wagyu Beef A5
grilled over bincho charcoal, firefly squid, asparagus, squid ink gnocchi, wasabi green
川崎シェフのふるさと、新潟で年間1000頭しか出荷しない希少な牛、村上牛。そのうちの、リブアイサーロインを、毎月一頭分仕入れています。
焼肉をイメージした味わいの、醤油、みりん、味噌、酒とともに、60度で約20分加熱してから、炭火で焼き上げてあります。こちらも、海の幸とのコンビネーション。サイドには、イカ墨のニョッキ、ホタルイカ、ビーフジュのソース。ホタルイカの内臓の旨味と、醤油の旨味が繋がり、牛肉の味に深みを加えます。
周りにはイカ墨とパン粉を混ぜた粉がまぶしてありますが、「脂は旨味でもあり、味の邪魔になる場合もある。口に入れた時に、脂がしつこく感じないように」というのがその理由。
Chateau Calon Segur 3e Cru Classe, Bordeaux, France, 1990
1990年もののカロンセギュールは、大地の香りと、ケールのような野菜の、そして、スモークしたカカオ豆やカカオマスのような少し油分のようなコクを感じる味わい。後味に旨味が感じられます。
プレデザート。
すだちのゼリーのキリッとした酸味、日本酒のフォーム、ナタデココとフレッシュ感を残したパイナップルとソルベ。
Acacia Honey
mousse, Yuzu-orange gel, fromage blanc sorbet, puffed rice and almond granola
アカシアの蜂蜜を使ったムース、ゆずとオレンジのゼリー、フロマージュブランのソルベ、アーモンド入りのグラノーラを添えて。
本来は上のデザートとどちらかの選択になるのですが、チョコレートのデザートもいただいてしまいました。
Chocolate Arcango 83%
Ginger ganache tart, macadamia sable Breton and nougat, fleur de sel caramel ice cream
生姜のガナッシュのタルト、マカデミアナッツのサブレとヌガー、フルールドセルを入れたキャラメルアイスクリーム。
プティフールは、どこかガニェールを思わせる遊び心溢れるもの。
ゆずのチーズケーキ、リンゴとかりんのタルト、抹茶のシュークリーム、わさびチョコレートのロリポップ。
世界で活躍してきた川崎シェフがバンコクでやろうと決めた理由の一つでもある、極上のシーフードや肉、ロブションとガニェール、異なったスタイルを独自に昇華させて、自身の料理を生み出しています。
日本の山菜、春らしいフランスのモリーユ茸なども使い、季節感を味覚から感じる料理の数々。「季節を感じる時、思い出が出てくると思うのです」と川崎シェフ。取り立ててメニューにストーリーを記載するのではなく、料理で、味わいでストーリーを感じさせる。そうすることで、それぞれの人の中に、それぞれの自分だけのストーリーが蘇る。そんな奥ゆかしい日本らしさが、川崎シェフのスタイルなのだと感じました。
レストランでは、カルテットによる生演奏を楽しむこともでき、誕生日祝いをしているテーブルが少なくとも2卓ありました。
例えば、家族の記念日などで、同じ時間を共有した人と一緒に川崎シェフの料理を食べて、同じ景色が浮かんだらとても素敵。そんなことをつい考えてしまう、とっておきのシチュエーションにぴったりのレストランです。
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■Mezzaluna(メッザルーナ)
営業時間:ディナー 18:00~22:00(LO)、(月曜休)
住所:Tower Club at Lebua level 65, 1055 Silom Road, Bangrak, Bangkok 10500
電話: +66 2624 9555
アクセス: Saphan Taksin駅からタクシーで10分ほど
http://www.lebua.com/mezzaluna
筆者
シンガポール特派員
仲山今日子
趣味は海外秘境旅行、現在約50カ国更新中。
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