打吹天女伝説をゆく!「打吹公園」にある 靖国神社と同じ性格を受け継ぐ「鎮霊神社」
こんにちは。東伯郡琴浦・鳥取特派員「miumiu」です。
新型コロナウイルス感染症感染者ゼロが続いていた鳥取県、残念なことに増加傾向です。
感染拡大の恐れもありますので「ぜひ来てください!!」と大きく言えません。新型コロナウイルス感染症が収束して鳥取県に訪れるときに立ち寄ってもらえたらいいなぁ的な場所を紹介します。
. . 改行と半角スペース. . .
大型連休は、密を避け山奥に出かけ冒険を楽しみましたが旬なネタではなく冬の話題ですみません。
今月は、倉吉市(くらよしし)にある「打吹公園」周辺の話題を中心になんぞかんぞ紹介したいと思います。
打吹天女伝説が伝えられている倉吉市のシンボル「打吹山」のふもとにある「打吹公園」は、明治37年、時の皇太子殿下(後の大正天皇)が山陰地方を行幸された際、宿泊地として整備をし記念として開かれた公園です。
(打吹天女伝説をゆく!「打吹公園」にある国登録有形文化財「飛龍閣」記事)
「飛龍閣」を後にしたら、いよいよ打吹城跡トレッキングコースに向かいましょうで~!!
打吹城跡遊歩道入口手前にお手洗いがあるのでスッキリしたら石段ダッシュで山頂を目指します。
手始め的な石段をダッシュし終えたところに「鎮霊神社」石碑が建っていたので山頂前に寄り道します。
そういえば、「打吹山」山頂を目指すのが初めて「打吹公園」内をじっくりウロウロするのも初めて、地元に居ながら知らないところが多くていけら~せんな~と思いながらもわくわく度が上がり足早になる!!
ゼェゼェ、石段ダッシュの先に「鎮霊神社」があり境内の静けさが印象的でした。
「鎮霊神社」は、「靖国神社」の性格を受け継いでおり、戦没者を祭祀している神社で明治39年8月創建。
明治40年5月時の皇太子殿下(後の大正天皇)と東郷平八郎等随員とともに御親拝され、また、高台にある記念碑を視察されたそうです。
見上げるとツブラジイ(ブナ科)の巨木。
大正元年6月湊町大火災当日社殿が全焼。仮社殿を建立し慰霊祭を斉行しながら社殿を再建、登記、奉仕などを執行して現在にいたっているそうです。
120年の歴史がある伝統行事「鎮霊神社例大祭」は、毎年4月頃開催。
(詳しくは、倉吉観光情報をご参照ください。https://www.kurayoshi-kankou.jp/)
「鎮霊神社」境内に年季の入った石段を見かけたので上がりましたが、石段の老朽化と残った雪で足場が猛烈に悪かったのでおすすめしません。かなり危険です。
石段を上がり切った先にあった石碑。草や木々がもうもうとしていたので足場が悪く近くまで歩けませんでしたが、もしかしたら皇太子殿下(後の大正天皇)と東郷平八郎等随員が視察された記念碑なのかな?!
また、新型コロナウイルス感染症が落ち着き鳥取県にお越しの際は、ぜひお立ち寄りください。
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「鎮霊神社」
・住所: 鳥取県倉吉市仲ノ町3445-1
観光駐車場をご利用ください。
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筆者
鳥取特派員
miumiu
鳥取県の魅力を鳥取弁で発信したいと思っていますのでヨロシクお願いします。
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