2023年6月開業、生まれ変わった「沼津倶楽部」宿泊レポート

公開日 : 2023年06月28日
最終更新 :
筆者 : 伊澤慶一

静岡県沼津市にある「沼津倶楽部」は、数寄屋造りとモダンな建物が美しく調和した名宿。この日本が誇る文化財を次世代に継承するために「沼津倶楽部継承プロジェクト」が発足し、2023年6月、いよいよ新生・沼津倶楽部が始動しました。早速現地を訪れ宿泊した筆者が、生まれ変わった沼津倶楽部をレポートします。

約3000坪にわずか8部屋、日本が誇るスモールラグジュアリー

景勝地、千本松原の一角に佇む沼津倶楽部のエントランス
景勝地、千本松原の一角に佇む沼津倶楽部のエントランス
かつて天皇家や政治家、文化人たちが愛した千本松原の絶景
かつて天皇家や政治家、文化人たちが愛した千本松原の絶景

東京から車で約2時間。太平洋岸に位置する静岡県沼津市は、黒潮がもたらす温暖な気候で、かつて避寒先として人気の高級別荘地でした。沼津倶楽部へ向かう車窓からは、今も天皇家の旧御用邸や政治家・財界人の旧別荘が多く見られます。

駿河湾の海岸線に沿って約10km続く「千本松原」は、日本百景のひとつに選出。千本松海岸と富士山を同時に見渡す風光明美なこの景色は、明治から昭和初期にかけ、若山牧水や本居長世など多くの文人たちを惹きつけたことでも知られています。

沼津倶楽部があるのは、そんな千本松原の一角。「文学のみち」と名付けられた通りの、若山牧水記念館の真向かいに佇んでいます。

玄関口に構える茅葺き屋根の長屋門も登録有形文化財
玄関口に構える茅葺き屋根の長屋門も登録有形文化財
和洋折衷の「昭和の間」。訪れたら網代天井にも注目してみてほしい
和洋折衷の「昭和の間」。訪れたら網代天井にも注目してみてほしい

沼津倶楽部の歴史は大正2年(1913年)、ミツワ石鹸の二代目社長、三輪善兵衛がこの地に別荘を建てたことに始まります。庭園の面積は約3,000坪。茶人でもあった善兵衛は「ここで千人茶会を開催したい」との思いから、すべての部屋が茶室になるよう数寄屋造りの別邸「松岩亭(しょうがんてい)」を建築。また「松石園(しょうせきえん)」と名付けられた庭園には黒松など81本の樹木が美しく整えられ、110年ものあいだ変わることなくゲストを出迎えてきました。

戦時下には陸軍省に接収され将校らの静養所になるなど、激動の歴史を辿った沼津倶楽部。その後、老朽化が進むも度重なる補修を経て、平成27年(2015年)に「沼津倶楽部北棟・南棟」の名称で有形文化財として登録されました(現在の沼津倶楽部では「茶亭」と呼んでいるため、以後「茶亭」で統一)。近年では将棋のタイトル戦「棋聖戦」の熱戦が繰り広げられた場所として、その名を耳にした方も多いのではないでしょうか。

茶亭に向き合うように立つ別邸。客室の前におだやかな水盤が広がる
茶亭に向き合うように立つ別邸。客室の前におだやかな水盤が広がる
建築家・渡辺明氏による別邸。版築壁が沼津の美しい自然に溶け込んでいる
建築家・渡辺明氏による別邸。版築壁が沼津の美しい自然に溶け込んでいる

茶亭とは別のもうひとつの建物が、平成18年(2006年)に建築家・渡辺明氏の設計で施設内に増築された宿泊棟、「別邸」です。

外壁には富士川の砂と土を積層させた「版築(はんちく)」という伝統工法を採用。渡辺氏曰く、「土の堅さ、柔らかさは、日光の強弱により、その表情を刻一刻と変化させ、風景に溶け込んでいく」効果があり、宿泊者にとっては朝、昼、夕、それぞれ異なる別邸の美しさを見比べる楽しさがあります。また屋根には吉野の無垢の杉材がびっしりと並べられ、数寄屋造りの伝統を受け継ぎながら、土と木という自然にあふれた素材がモダンなデザインと見事に調和。茶亭に勝るとも劣らない、平成の名建築です。

客室の前に設えられた水盤は、松林や建物だけでなく、吹き抜ける風さえもさざなみとして映し出し、ゲストを和ませます。別邸に足を踏み入れ、水盤と客室が視界に飛び込んできた瞬間(冒頭の写真)、「今夜はここに泊まれるのか」と誰もが高揚することでしょう。

デラックスツインルーム。反対側には土間を模したダイニングスペースが
デラックスツインルーム。反対側には土間を模したダイニングスペースが
総ひのき造りの内風呂。一部の客室には露天風呂も備えている
総ひのき造りの内風呂。一部の客室には露天風呂も備えている

客室は、全部で8部屋。メゾネットタイプの部屋や、小上りを配した和室など5タイプあり、そのうち今回のリニューアルで誕生した「沼津スイート」は、京都の西陣織の老舗「HOSOO」が内装を手掛け、西陣織の独自のテキスタイルを取り込んだ客室へと生まれ変わりました。

1階から眼前に広がる水盤や松林との一体感を楽しむのもよし、2階のバルコニーからそれらを一望するもよし。聞こえてくるのは松の木の葉擦れと鳥のさえずり、そして防波堤の向こうのわずかな波音のみ。実は沼津倶楽部では、静寂を楽しむため極力館内でのBGMは抑えられており、スイートルーム以外の部屋にはテレビも置かれていません。静けさに包まれることがいかに贅沢か、それが味わえるのも沼津倶楽部ならではの醍醐味と言えるでしょう。

築110年の登録有形文化財で楽しむモダンチャイニーズ

戦後間もない頃は唯一接待のできる割烹として利用されていた茶亭
戦後間もない頃は唯一接待のできる割烹として利用されていた茶亭
茶亭に設けられた宿泊者専用のバーカウンター
茶亭に設けられた宿泊者専用のバーカウンター

沼津倶楽部のダイニングが入るのは、築110年の歴史を持つ「茶亭」。かつては「和館」の呼び名で愛され、前述のとおり「沼津倶楽部北棟・南棟」の名称で有形文化財として登録された建築物です。三輪善兵衛が千人茶会を開催したいとの思いが込められた建物なので、今回新たに「茶亭」の名前でリニューアルオープンし、この歴史的な文化財をより多くの人に触れてもらうためテーブル数を増やし、ビジターの方でも昼食と夕食での利用が可能になりました。

内部はメインダイニングとなる「広間」、京都の伝統にならい天井が低く抑えられた「茶の間」、京都より移築された三畳台目の「茶室」、洋館の要素と和の技術が融合した「昭和の間」などで構成。宿泊ゲストであれば館内を見て回れるので、私もスタッフの方に声をかけて内部を案内してもらいました。時代を超えて大切に受け継がれてきた、沼津倶楽部の心臓部とも言える空間。その時間の尊さを、ぜひ現地で感じてみてください。

メインダイニングの広間。朝食と夕食の会場もこちらになっている
メインダイニングの広間。朝食と夕食の会場もこちらになっている
よだれ鶏の三段活用。まずは鶏、その後に餃子、麺をつけていただく
よだれ鶏の三段活用。まずは鶏、その後に餃子、麺をつけていただく
白湯スープ仕立てのふかひれ。残ったスープでいただくリゾットは最高!
白湯スープ仕立てのふかひれ。残ったスープでいただくリゾットは最高!

そしてお待ちかねのディナータイム! 料理を監修するのは、静岡県出身のシェフ・齋藤宏文氏。斎藤氏は築地の「東京チャイニーズ 一凛」や鎌倉の「イチリン ハナレ」で総料理長を務めた方で、今回静岡県に凱旋し、ここ沼津倶楽部で四川料理をベースとしたモダンチャイニーズを提供することになりました。

富士山麓からのおいしい水だけでなく、海の幸・山の幸にも恵まれた美食の宝庫、沼津。豊かな食材を武器に、全10品・デザート2品で仕上げた本格コースは、いい意味で自分の中にあった中華料理の概念を打ち壊す、そんな内容に。イチリン ハナレのスペシャリテ「よだれ鶏の三段活用」や、最高級ヨシキリザメのふかひれなど、特別な空間にふさわしい究極の美食たち。そこへ緑ザーサイとキャビアを乗せたカッペリーニや、ふかひれの白湯スープ仕立てのリゾットなど、未体験の味覚も随所に散りばめられていて、お腹だけでなく、多幸感で胸がいっぱいになるディナーコースです。

ちなみにお酒はペアリングでお願いしたのですが、これが大正解! 旨味や辛味、スパイスの香味など、変化に富んだコース内容だけに自分で合うお酒を見極めるのが難しく、シャンパンやワイン、紹興酒(15年)やオリジナルのハイボール、ジントニックなど少しずつ料理に合わせたお酒を計8種類選んでくれたことで、料理の味自体も際立って感じられました。

オリジナルカクテル「段々茶畑」。もう1種、ウイスキーベースの「琥珀」もある
オリジナルカクテル「段々茶畑」。もう1種、ウイスキーベースの「琥珀」もある
水盤に映る夜の客室もまた格別の美しさがある
水盤に映る夜の客室もまた格別の美しさがある

興奮冷めやらぬ夕食を終え、客室に戻ってからもう一杯だけ飲むことに。嬉しいことに部屋の冷蔵庫の中のドリンクはすべて飲み放題。静岡県三島に醸造所があるクラフトビール「フェット」や、「テルモン」のシャンパーニュといった魅惑のラインナップの中、この晩私が空けたのは沼津倶楽部のバーデンダーが毎日手作りし瓶詰めしているというオリジナルカクテル「段々茶畑」。京都のクラフトジン「季のTEA」を使ったジンカクテルで、緑茶のこうばしい香りと深い余韻をゆっくりと楽しみました。

ちなみにチェックインの際には部屋に置かれていた緑茶は、ターンダウンサービス後にはカフェインの少ないほうじ茶に切り替わっていました。細部に宿るこだわりと、さりげない気配り。ひとつひとつは小さなサービスでも、それの積み重ねこそ沼津倶楽部が名宿たるゆえんなのだと気付かされます。

富士山の雪解け水を使ったスパで心身ともにリフレッシュ

竹林に囲まれ、広々とした露天風呂(1階・男性用)
竹林に囲まれ、広々とした露天風呂(1階・男性用)
セルフロウリュ可能なドライサウナで疲れを癒して
セルフロウリュ可能なドライサウナで疲れを癒して

沼津倶楽部の魅力で忘れてはならないのがスパ。宿泊棟の奥に位置し、1階が男性用、2階が女性用に。露天風呂と水風呂、サウナ(女性用は2室)、そして天然のバドガシュタイン鉱石が敷き詰められた岩盤浴室が備わります。私も初日と翌日、計2回もこちらのスパでサウナと水風呂を堪能させていただきました。

サウナストーンに水をかけ、蒸気を充満させしっかり温まったら、富士山伏流水で張られた水風呂へ。天然パナジウムや4大ミネラル成分がバランスよく含まれた水質で、浄化作用に優れているとされています。そして水風呂のあとは竹林に囲まれた露天スペースで外気浴を堪能し、心身ともにリフレッシュ完了。8部屋という規模ながら、自然も堪能できるこれだけの施設が揃うのはスパ好きには嬉しい限りです。

シャンプーとトリートメントはukaの人気シリーズ「Wake up!」
シャンプーとトリートメントはukaの人気シリーズ「Wake up!」

また客室やスパのアメニティはすべてukaで統一。ukaのプロダクトは環境負荷の低いアミノ酸系の洗浄成分や植物由来のバイオマスパッケージを使用しており、わずか8室の宿ながら地球のためにできることを模索する沼津倶楽部のビジョンと一致しています。秋にはトリートメントメニューも開始予定とのことで、今後ますます沼津倶楽部のスパが充実しそうです。


今回、沼津倶楽部のリニューアルにあたり、経営・運営は「株式会社プロジェクトN」から「株式会社GREENING」に継承。スイートルームやモダンチャイニーズ、アメニティなど、ソフト面で随所に新たな挑戦が見えた一方で、「歴史的な名建築を後世に残したい」という基本的な想いは前経営から変わることはなく、むしろ今回のリニューアルでも、「経年劣化した部分の修繕は行いながら、元の建築の意匠やデザインは可能な限り残す」という強い意志が感じられるものでした。

より多くの方にその価値が伝わるよう、今後は地元住民や訪日外国人もターゲットに、もっと開かれた施設を目指す新生・沼津倶楽部。このような名宿が、今も美しい姿で残る喜びを改めて噛みしめながら、さらに次の世代へも継承されていくことを強く願うばかりです。

沼津倶楽部
https://numazu-club.com/

筆者

トラベルエディター

伊澤慶一

70ヵ国ほど旅してきましたが、ベタにハワイと軽井沢が好きです。

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