黒部ダムの“裏ルート”解禁。「黒部宇奈月キャニオンルート」を歩く

公開日 : 2023年10月25日
最終更新 :

黒部宇奈月キャニオンルートとは?

トロリーバスやケーブルカー、ロープウェイなどを乗り継ぎ、巨大な人工物である黒部ダムと雄大な立山の自然を一度に楽しめる立山黒部アルペンルートは国内外を問わず観光客を集める人気スポットです。関東からの旅行者にとっては、北陸新幹線ができたことで長野側を往復するだけでなく、雪の大谷の中を富山側に抜けていくルートも取りやすくなりました。

黒部湖と大観峰を繫ぐロープウェイから紅葉が始まった美しいタンボ平を眺める
黒部湖と大観峰を繫ぐロープウェイから紅葉が始まった美しいタンボ平を眺める

このアルペンルートを黒部の“表”としたとき、黒部峡谷トロッコ電車は、“裏”といえる存在かもしれません。温泉とそこから延びる観光用のトロッコ列車だけでしょ?というイメージが先行するかもしれませんが、映画やドラマにもなった『黒部の太陽』の難工事や、吉村昭の小説『高熱隧道』で有名な黒部ダム建設の舞台はこの黒部峡谷が玄関口なのです。実はこのトロッコ列車は、宇奈月温泉から欅平を1時間20分で結ぶ観光列車ですが、その軌道は欅平の奥のトンネルから先へと続いています。

天気に恵まれると、キャニオンルートから眺められる“裏劔”。八ツ峰、小窓の王の荒々しい見た目は室堂側とはまったく違う風景です
天気に恵まれると、キャニオンルートから眺められる“裏劔”。八ツ峰、小窓の王の荒々しい見た目は室堂側とはまったく違う風景です


欅平から高熱隧道、仙人谷を通り、黒部川第四発電所(黒四)を抜け、インクラインに乗り継ぎ、20km先の黒部ダムを乗り継ぐ、まさに黒部の“裏”を垣間見ながら抜けられる、これが「黒部宇奈月キャニオンルート」です。

これまで関係者や一部の見学者しか見ることのできなかったこのルートが2024年にツアー商品として解禁予定とのことで、実際に体験してきました。

関電のヘルメットを装着し、ツアー開始!

取材当日は快晴。まずは観光客に混じり欅平までトロッコ電車に揺られます。

登山目的の方や周辺を散歩する方たちを見送り…
登山目的の方や周辺を散歩する方たちを見送り…
トンネルの奥へ…
トンネルの奥へ…

通常欅平で降りる時は来た道を戻って周辺を見て回りますが、今回の目的地はその奥。ボディチェックの後に欅平下部にある竪坑エレベーターへ。200mを一気に上昇します。

既に一般の観光客は入れないエリア。ここにある展望台では、白馬鑓ヶ岳など後立山連峰を見られるのですが、注目は向かいに見える標高1534mの奥鐘山。1938年の黒部川第三発電所の建築にあたって、志合谷にあった4階建ての作業員宿舎がホウ雪崩によって600mも吹き飛ばされ、80人以上の作業員が亡くなったという痛ましい事故があった場所です。

※ホウ雪崩:水分量が少ない雪がなだれる際、急激に圧縮されることで爆発的なエネルギーを生み出す雪崩

はるか後方には白馬鑓ヶ岳などの後立山連峰が…
はるか後方には白馬鑓ヶ岳などの後立山連峰が…

ここで、蓄電池機関車に乗り換え、地中を仙人ダムに向けて進みます。

段々地下の風景にも慣れてきました
段々地下の風景にも慣れてきました

しばらくするとむわっとする熱気と、硫黄臭が…。ここが高熱隧道です。

現在でも火山ガスが噴出しているそう。使ったことはないそうですが列車にはガスマスクが備え付けられています
現在でも火山ガスが噴出しているそう。使ったことはないそうですが列車にはガスマスクが備え付けられています

掘削時に岩盤温度が160度を超え、ダイナマイトが自然爆発する事故があった場所です。当時は岩盤を掘る人に後ろから水をかける役割の人がつき、必死に掘り進んだという場所。あまりに過酷だったため、作業時間は1回20分までと決められていたそうです。現在でも火山ガスが出ているエリア、当時はさらに危険な場所だったのでしょう。

高熱隧道を超えると、機関車は山を抜け、仙人ダムのある仙人谷へ到着します
高熱隧道を超えると、機関車は山を抜け、仙人ダムのある仙人谷へ到着します

ひとしきり景色を眺めたあとは待望の黒部川第四発電所に進みます。私が見たことがあるのは登山雑誌などで下ノ廊下のルート紹介で出てくる下のような写真だけ。

ここにくるまでは、発電所の電線がここから出てるのね…くらいの薄い印象でした
ここにくるまでは、発電所の電線がここから出てるのね…くらいの薄い印象でした

いよいよ内部に入っていきます。

これまで岩がむき出しのトンネルを進んできましたが、いきなり建造物が割りこんでくる感じが、人と自然がせめぎあっているように思えます。この黒四発電所の標高は869m。しかし地図を見てみると、発電所があるあたりは高度1300m。つまりこの発電所は山の地下数百メートルを丸ごとくりぬいて造られた巨大な要塞のような場所なのです。人生で一番大きな秘密基地に入った気分…。

発電の仕組みや発電機が4基並び発電していることなどを伺いながらも、山の下にこんな広大な空間があることに打ちのめされています
発電の仕組みや発電機が4基並び発電していることなどを伺いながらも、山の下にこんな広大な空間があることに打ちのめされています
場内は見学者向けのジオラマや資料などが展示されており、初めて訪れた私にも理解しやすかったです
場内は見学者向けのジオラマや資料などが展示されており、初めて訪れた私にも理解しやすかったです
大事なことから目をそらしがちな大人に響く言葉にも出合えます
大事なことから目をそらしがちな大人に響く言葉にも出合えます

発電所の見学を終えると、いよいよここに流れる水の源、黒部ダムへ向かいます。このルートのハイライト、インクライン(資材運搬用のケーブルカー)で標高を一気に稼ぎます。

標高450メートルを一気に登るインクライン。終着点が霧のため見えません
標高450メートルを一気に登るインクライン。終着点が霧のため見えません

漆黒のトンネルの中で、目指す光も下部からはただの点に見えます。我々は運搬車の中で窓越しに景色を眺め、職員の方の説明を伺っていたのですが、これがもしホラーゲームだったら、ケーブルカーがいきなり止まり、席を立った瞬間にボス戦が始まることでしょう。

幸いホラーゲームは始まらず、ゴールまで到着しました
幸いホラーゲームは始まらず、ゴールまで到着しました

絶景の“裏剱”を眺め、地下水で喉を潤してから黒四ダムへ…

インクラインを降りると、この旅も終盤。最後は電気バスに乗り換えます。
ここでの見どころは途中の棒小屋沢(下ノ廊下の十字峡に流れ込む沢)の展望台です。ここまで進んできたのはほぼ地下の世界だったのですが、ここからは天気が良ければ冒頭の裏劔が望めます。

着いた瞬間は劔は雲に隠されていました
着いた瞬間は劔は雲に隠されていました

谷の中にぽっかりとあいた荷物運搬用の穴から登山者には憧れの劔岳を裏側から望みます。アルペンルートの最高地点は室堂ですが、そこから見る劔の景色に比べ、ここから見る劔はより荒々しく、簡単には人を寄せ付けない姿を見せつけています。

トンネルから染み出す地下水はあくまで清冽で、山の水場とは違う趣もあっていい体験ができました
トンネルから染み出す地下水はあくまで清冽で、山の水場とは違う趣もあっていい体験ができました

取材開始から約5時間はたっていましたが、充実の時間だったため、あっという間に黒部ダムに到着した感覚です。扇沢からダムへ来る降車場のすぐ横から、国内外の観光客でにぎわう終着点につきました。

扇沢からの道と合流
扇沢からの道と合流
ダムの上から観光放水を眺める
ダムの上から観光放水を眺める
ツアー後のランチにはぜひ黒部ダムカレーを
ツアー後のランチにはぜひ黒部ダムカレーを

今回のルートはインクラインやトロッコなど、普段乗れない乗り物で移動できる魅力以外は、ほぼトンネルの中を乗り継ぎ進む、アルペンルートに比べて地味なものかもしれません。ですが、日本の歴史を作ってきた建造物の“体内”を進む高揚感。こんな険しい場所に発電所を作ろうと考えとそれを実行した先人たちへの畏怖。それは普通の旅行では絶対に味わえない、とても充実感あるものでした。アルペンルートを経験された方なら、なおさら体験していただきたい峡谷旅と言えると思います。

このキャニオンルートのツアーは宇奈月温泉側と黒部ダム側から各30人、午前・午後の2回催行されるそう。夏~秋の1ヵ月少しの予定とのことなので、1年で4000人程度しか参加できない計算です。プラチナチケットになる前に体験してみてはいかがでしょうか? 個人的には段々と高度を上げていった歴史を感じながら欅平側から参加するのがオススメです。

前日はぜひ宇奈月温泉でステイして英気を養ってほしいです
前日はぜひ宇奈月温泉でステイして英気を養ってほしいです

ツアーの後、このルートを歩きで踏破する下ノ廊下をキャンプ泊で下ってきました。こちらの記事もご覧ください。

筆者

上原 康仁

登山関連情報の発信が多いです。

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