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アルメニアの首都エレバンから車で約1時間。アルメニアの最高峰アラガツ山を背景にした高台に、アルメニア文字誕生1600年を記念して2005年にオープンしたアルメニア文字の記念公園があります。考案者のマシュトツが文字を生み出したその時から現在に至るまで、アルメニア人の間で形を変えることなく使われてきたアルメニア文字が、バラ色の凝灰岩のモニュメントに形を変えて公園内に配置されています。ちょっとした高原の散策にもピッタリのこの公園は、春から秋の気候が良い時期には、親子連れや観光客でにぎわいます。
ところで、みなさんはアルメニア文字を見てどんな印象を持ちましたか? アルメニア文字は世界で最も古い文字のひとつで、その誕生は5世紀にさかのぼります。アルメニア文字の考案者は、キリスト教の宣教師でもあったメスロプ・マシュトツ(公園の中にも彼の彫像があります)です。マシュトツは聖書をアルメニア語で記載するために文字を考案したといわれています(実は、アルメニアは世界で初めてキリスト教を国教とした国です)。マシュトツは、アルメニア語で神を表す「アストヴァツ」を表す頭文字の「ア」音を表す文字を始めに考案し、次に「キリスト」の頭文字を表す「ケイ」音を表す文字を考案したと伝えられています。ところで、アルメニア文字のアルファベットの「A」はどんな形をしていると思いますか? 画像を見ていただければわかるように英語の「U」の下に小さな点がついた形「Ա」、これが実はアルメニア語の「A」に相当する文字になります(ちなみに「K」は「Կ」)。アルメニア語のアルファベット表を片手に、自分のイニシャルにあたる文字を公園の中で探してみるのも面白いですね。
5世紀に誕生してから現在までアルメニアの人々に使われているアルメニア文字ですが、12世紀になるとアルメニア語に入ってきた外来語を表現するためにふたつのアルファベット「O(オー)」と「ֆ(エフ)」が加わりました。さらに、アルメニアがソ連を構成する共和国であった1940年代には文字改革の一環として「և(イェフ)」という文字が考案され使用されるようになりました。これにより、現在のアルメニア共和国では既存の36文字に3つの新しい文字が加わった39文字が使われるようになりました。
アルメニアに旅行をする機会があるのであれば、自分の名前をアルメニア文字で書けるように練習しておくのはいかがでしょうか。ホテルでのチェックインの際にスラスラと自分の名前をアルメニア語で書くと、アルメニア人がきっと驚き、そして喜んでくれることは間違いありません! 外国語を学ぶことは、文化の相互理解の第一歩です。アルメニア文字は、旅先で現地の人との距離をぐっと縮める魔法の文字でもあるのです。
とてもユニークな形をしているアルメニア文字ですが、アルメニア語そのものは英語やフランス語と同じインド・ヨーロッパ語族に分類される言語です。アルメニア語の中には、ラテン文字と同じような形で、同じような音で読む音(例えば「L」)があるかと思えば、形は同じでも読み方がまったく異なる文字もあります。オリエント急行殺人事件のトリックでハンカチの刺繍がラテン文字の「H:エイチ」ではなくて、ロシア語の「H:エヌ」(文字表記的には同じとなる)というトリックに「あっ」と驚いた記憶をお持ちの方も多いのではないでしょうか。なんと、アルメニア語のアルファベット表記の「S」は「ティー」と読み、「U」は「エス」と読むのです。オリエント急行殺人事件の犯人がアルメニア語で刺繍した頭文字のハンカチを落としていたら、さすがのポワロも事件を解決できなかったかもしれませんね。
アルファベット記念公園の周辺の丘陵地は、散策にぴったりな場所。心地よい緑の高原の中にある公園の周辺には、巨大な十字架やアルメニア教会があります。丘陵の上に聳え立つ巨大な十字架ですが、近づいてみると小さな十字架が集まってひとつの大きな十字架を形成されていることに気が付きます。
別の丘を登っていくと、アルメニア教会があります。この公園の近くにある教会は、アルメニアでよく見かける凝灰岩で作られた伝統的な様式とは異なり、ガラスの屋根と白い壁を持った非常に珍しい形をしています。時間があれば、ぜひ足を延ばしてみてください。
雄大なコーカサスのアラガツの山を背景に、巨大な十字架、教会に囲まれ、またアルファベットの生みの親でもあるマシュトツも近くに眠るこの公園は、正にアルメニア文字の聖地といえるでしょう。この記事を読んでアルメニア文字に興味を持った皆さん、アルメニアをいつか訪れる機会があれば、ぜひこの場所を訪ねてみてください。