
オール北九州ロケの二ノ宮監督『逃げきれた夢』、カンヌACID部門での評価と見どころ
第76回カンヌ国際映画祭「ACID」部門に二ノ宮隆太郎監督『逃げきれた夢』が出品され、5月22日に公式上映が行われました。上映開場となったカンヌ市内の映画館「Les Arcades」には多くの映画ファンが詰めかけ、チケットは完売。満席の会場から大きな拍手が送られました。約600作の応募作品の中から、ACID部門9本のうちの1本に選定された同作を紹介します。
誰にでも訪れる人生のターニングポイントにどう向き合うか

大人になりふと気づくと、あれほど大きかった父親が、小さく見えたことはないでしょうか。光石研さん演じる末永周平をスクリーンで見ていると、自分が持つ父親に対する感情と、どこかかぶる感覚がありました。
末永周平は、北九州の定時制高校で教頭として働いています。ある時、毎日のように昼食に立ち寄る元教え子の南が働く定食屋で、周平は支払いをせず無言で立ち去ってしまいます。定年を前にして、記憶が薄れていく症状に見舞われたために、これまでのようには生きられなくなってしまったのです。妻との仲は冷え切り、一人娘は父親よりスマホと過ごす時間の方が楽しそう。気さくで優しい先生のつもりでいましたが、心から慕ってくれる生徒は一人もいない。青春時代を共に過ごした親友との友情も、忙しさを理由にちっとも大切にしていないという状況です。新たな「これから」に踏み出すために、周平は「これまで」の人間関係を見つめ直そうとする物語です。

周平は自分に対する変化に抗い、もがけばもがくほど、父親として今まで隠していた「弱さ」の部分が外に漏れ出します。そんな周平とスクリーンを通じて対すると、私は勝手に自分の父親と重ねてしまいます。この作品を通して観客が感じる現実味は、二ノ宮監督が、過去作でも本作でも、出演者が人生で体験したことや、彼ら自身の想いを作品の中に取り入れるスタイルを取っていることにも起因するようです。
作品が持つ観客の心に届くリアリティさ

実際、二ノ宮監督の父親は、周平と同じく定時制高校の教師だったそうです。そして「僕の父は副校長を最後に退職したのですが、まさに周平のように家で酔っ払った時に、『本当は校長になりたかった』とボヤいていた」そうで、その投影が、観客の心に、芝居であるけれどリアリティあるものを届けるのではないでしょうか。
ACID部門選定委員のヴィケン・アルメニアン氏は、本作を「儚さを受け入れなければならないが、そこに飛び込むと、逸品が待っている」と表現し、リナ・ツリモヴァ氏は「現代に生きる男が人生の意味に向き合う姿を描いている。それはまさに現実の狭間といえる」とコメントしています。

再び私自身に翻ってみます。父親がどこか小さく見えるようになった時、私はいつの間にか経験が増え、人生に背負うものも増えていました。もしかしたら私も、誰かから見られた時に大きくなったり小さくなったりするのかもしれません。しかしその差異は決して悲観的なことではなく、人はそうして一生を紡いでいきます。そんな人生の一片を感じられる作品です。
オール北九州ロケで制作

『逃げきれた夢』は、光石研さんの生まれ育った町である北九州でロケを行いました。北九州市民や北九州フィルム・コミッションと協力し、光石さんの出身小学校をはじめ、全ての撮影を北九州市内で行ったそうです。
共演する吉本実憂さんも北九州市出身であり、松重豊さんは福岡市出身。北九州市の街並みを背景に北九州弁が飛び交う作品です。作品の舞台となった雰囲気を感じに、北九州を訪れてみるのも良いですね!

『逃げきれた夢』
2023年6月9日(金)より新宿武蔵野館、シアター・イメージフォーラムほか全国ロードショー
光石研
吉本実憂 工藤遥 杏花 岡本麗 光石禎弘
坂井真紀 松重豊
監督・脚本:二ノ宮隆太郎
制作プロダクション:コギトワークス
配給:キノフィルムズ
©2022『逃げきれた夢』フィルムパートナーズ
URL:https://nigekiretayume.jp/


筆者
フランス特派員
守隨 亨延
パリ在住ジャーナリスト(フランス外務省発行記者証所持)。渡航経験は欧州を中心に約60カ国800都市です。
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