タジキスタン共和国グルメレポートNo. 8 - 究極の伝統タジク料理クルトップ
タジキスタンにはどのような飲食店があるかご存じですか?
英語でブラウザー検索をかけると、首都ドゥシャンベ市内の飲食店に関する一定の情報は得られますが、日本語で得られる情報は皆無と言っても過言ではありません。
手当たり次第に暖簾をくぐり、タジキスタンで出会うことができる様々な料理を紹介してゆきたいと思います。
- 「美味しい」は、記述がない限り筆者個人の主観です。
- 良い部分をピックアップできるよう、最低でも2度利用し、3種類以上のメニューを味わよう心がけています。
- 食の水準は発展途上であるという見方もあります。批評に終始せず、明るくユーモラスなレポートとなるよう心がけます。
- 食あたりに関しては、どこで何を食べたとしても一定のリスクが伴うというのが同国の現状です。本稿は「安全」のお墨付きではございませんので、旅行者の皆様におかれましてはくれぐれも体調とご相談の上で、利用をご検討ください。
とあるタジク料理店
先日、バレリーナの方々に美味しいサムサの店をご案内いただいたのですが、その際にもう一か所「美味しいので是非、今度行ってみてください」と、紹介をいただいた飲食店がありました。
どのような料理を楽しむことができるお店なのか尋ねたところ。
ドゥシャンベで間違いなく、一番美味しい「ヒタパン」が食べられる店です!
在留邦人Tさんひたぱん...?
聞き馴染みのない単語に狼狽の色を隠しきれず、恐る恐る説明を求めると、どうやら綴りは「浸パン」であるとのことでした。パンをスープに浸して食べる欧米風の食生活の話をされているのかと予想しましたが、どうやらそういったことではないようです。クルトップとは?
どうやら「浸パン」と呼ばれているその料理の正体はクルトップのようです。とは言え「なーんだ、ただのクルトップのことかぁ~」と、納得される読者もまた稀であろうことは容易に想像がつきます。
クルトップはタジキスタン固有の伝統料理で「クルト」と呼ばれる乾燥したチーズのような乳製品の塊と、これまた独特のパンを温水に浸したものに、様々なトッピングを振りかけることで作られます。使用される材料の特徴から、英語では「Bread Salad」等と形容されることもありますが、実際は前菜というよりも強烈な量と密度を持つ主食級の料理です。
高級料理というよりも庶民派で身近な料理であり、基本的に肉類は含まれません。大皿を複数人で共有し、手でつまんで食べることが一般的であるため、調理過程で生じるリスク (水や乳製品の扱いや、生鮮野菜の使用など) も相まって試食する店や時期、タイミングなどはある程度吟味する必要があるでしょう。
筆者は一年もの間タジキスタンに住んでいながら及び腰だったのですが、気温も下がり、ドゥシャンベ一番のクルトップ提供店を知ってしまった今、挑戦しない理由はありません。Курутобхонаи Наврӯзӣ
店の名前は英語で「Kurutoʙxonai Nowruz」、日本語にすると 「クルトブホナイ・ナウルーズ」という響きになり、「クルトップ・ハウス - ナウルーズ」という意味になります。
Google Map上には存在しないため、ロシア語やタジク語が分からない外国人が自力で偶然辿り着く可能性は限りなく低いでしょう。店の入り口は地下一階にありました。いよいよクルトップの洗礼を受けるのだと思うとドキドキが止まりません。
店内は地下にあるはずですが、まるで標高4000メートルのパミール高原にタイムスリップしたかのような錯覚を起こします。完全に博物館の様相を呈している一画も確認できました。
色とりどりの装飾品が飾られており、ソファーの布地、壁の彫刻、どれをとっても非常に美しく、店主のこだわりが感じられます。
タジク料理店の多くでは一貫して「レイアウトがいい加減」、「椅子がちぐはぐ」、「メニュー表が存在しない」など、共通の特徴が挙げられますが、こちらの飲食店「ナウルーズ」に関しては、筆者も稀に見る例外で、まるでワンダーランドです。因みに、いわゆる「下町の中華」と形容される店の多くがそうであるように、店内の様相と料理の品質は分けて考察する必要があります。
そして、この理論を応用すると「ナウルーズ」を除く筆者が知る全てのタジク料理店は、ありとあらゆる労力を料理そのものに注ぎ込み、その他の要素へのコミットメントは全て端から放棄している可能性があることが分かります。何だか、見慣れてしまったタジク料理店のいい加減な接客やレイアウトが、料理に対する最上級のコミットメントのリフレクションに思えてきますね。
さて、いい加減なのが筆者の思考回路なのかタジク料理店なのか分からなくなってきたところで、初めのクルトップをいただくとしましょう。1皿 (500g): 18ソモニ (約246円)
一番小さいサイズを注文したのですが、ボリューム満点です。未知なる食べ物であるがゆえ、柄にもなく「これ、完食できるかな...」と不安が頭をよぎります。
しかし、「パンを水に浸す」というやや不安を煽るコンセプトとは裏腹に、案外おいしいものでした。パンは薄く堅く焼かれたもので、表面こそ湿っているものの、決して「べちゃべちゃ」な状態ではなく、不快感はまるでありませんでした。チーズも癖のない味で、絶妙な歯ごたえが楽しめます。
バルサミコ酢のような味を想像した黄金の液体からは、特段主張が感じられませんでした。あの液体は何なのでしょうか。一緒に来店した在留邦人に初めて体験するクルトップの感想を求めると、液体が分離している特定の箇所を指さしながら「ここが美味しそうな模様です」との回答が得られました。
1個 (50g): 4.5ソモニ (約61.4円)
中央アジア広域で見られるマントゥです。カザフスタン等では「マンティ」と発音されることが多いようですが、タジキスタンでは専ら「マントゥ」と呼ばれています。小麦粉を練って伸ばした皮でひき肉のタネを包んで蒸した料理です。小籠包・饅頭の一種と言っても過言ではありません。同席の在留邦人は白いソースには目もくれず、「ポン酢がほしいな...」と寂しげに呟いていました。確かに食べ慣れた餃子を髣髴とさせる料理であるだけに、しょう油等の類が欲しくなる気持ちはわかります。
おわりに
「浸パン」はタジキスタンに暮らす一部の若い在留邦人の中で浸透しつつある造語ですが、料理の特徴をしっかりと捉え、且つキャッチ―なその響きには、唸るほどのネーミングセンスを感じます。
まるで、下校した高校生が「マック行こうぜ!」と発するかのような気軽さで、「今日は浸パンでいい? - 行きましょう、行きましょう!」といった会話がタジキスタンの地で繰り広げられている様は何とも不思議な感じがします。
この「浸パン」ことクルトップが日本に上陸し、身近な存在となるまでにはまだ日数がかかるような気がしますが、一同が顔を突き合わせ、同じ皿を囲むことを余儀なくされる状況を作り出すこの料理は、現代日本社会にこそ強く求められているキープレイヤーではないでしょうか。
中央アジアに足を踏み入れる機会がございましたら、是非ご賞味あれ。Курутобхонаи Наврӯзӣ
- 英語メニュー
- なし
- ロシア語メニュー
- なし
- 英語を話すスタッフ
- なし
- アルコール飲料の提供
- なし
- 記載価格は2023年10月4日時点、OANDA(149.5円=1米ドル)とタジキスタン国立銀行(1米ドル= 10.96ソモニ)発表の両替レートに基づいて算出しています。
- 当該飲食店は2023年11月18日時点でGoogle Map上に掲載がありません。上記の住所は飲食店が隣接している理容店のものです。
筆者
タジキスタン特派員
村中千廣
人道支援・開発援助分野でキャリアを構築しながら、駐在・渡航先での発見や観光情報を発信するライター。
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