【京都】龍馬のいた町「伏見・濠川」桜景色

公開日 : 2024年04月11日
最終更新 :
筆者 : Akio

濠川(ほりかわ)の歴史

濠川は文禄3年(1594年)、豊臣秀吉の指月伏見城築城にともなう建築資材を運ぶため、
宇治川の流路改修工事により宇治川派流として作られました。
江戸時代の濠川沿いには問屋、宿屋、酒蔵が建てられ、米や薪炭、できた酒などを運ぶ小舟が往来し、
総称して伏見浜(港)と呼ばれていました。(4月10日撮影)

寺田屋と坂本龍馬

「寺田屋」は濠川のすぐそばにある船宿です。
ここは、坂本龍馬が襲撃された「寺田屋事件」の舞台でもありました。
慶応2年1月(1866年)、その日宿泊していた坂本龍馬や長州の三吉慎蔵らは、
幕府伏見奉行の捕り方百数十人に囲まれていました。

いち早く気付いたお龍は、風呂から裸のまま裏階段を2階へ駆け上がり龍馬達に危機を知らせました。
踏み込まれた龍馬らは、拳銃や手槍を用いて防戦。
辛くも脱出して材木屋に隠れ、伏見薩摩藩邸からの救援で 九死に一生を得ることが出来ました。

その後、龍馬は伏見薩摩藩邸に暫く、かくまわれていましたが、
右手の傷を癒すため寺田屋浜から三十石船に乗り、お龍とともに九州の霧島へと旅立ちました。

濠川沿いの寺田屋近くには龍馬・お龍の銅像があります。
いわゆる、日本初の新婚旅行とも言われています。

坂本龍馬の生きた時代、濠川はほぼ今の様な水路だったそうです。
濠川両岸に咲く桜は、ほとんどがソメイヨシノです。

京都市内の桜スポットと同時期に見頃を迎えます。

濠川は川や池とは違い、水路ならではの
ゆっくりと流れる水と桜の風景が広がっています。

坂本龍馬を思う「伏見・濠川」の桜・・・・・
今年も見事な桜景色です。

伏見・濠川水路

京都市伏見区堀詰町~葭島金井戸町
アクセス

京阪本線「中書島駅」徒歩5分

筆者

京都特派員

Akio

京都は平安京の頃から、今に至るまで様々な歴史が残っている町。歴史と季節を訪ねながら京都特派員ブログを、綴って行ければと思います。

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