SOMPO美術館「ブルターニュの光と風」展、フランスの芸術家たちが愛したブルターニュの魅力とは?

公開日 : 2023年02月28日
最終更新 :

東京新宿にあるSOMPO美術館で2023年3月25日〜同6月11日に、ブルターニュのカンペール美術館所蔵品を中心とした「ブルターニュの光と風 -画家たちを魅了したフランス〈辺境の地〉」が開かれます。フランス北西部にあるブルターニュ地方は豊かな自然と独自の文化を持つ地域で、同地に魅了された画家たちが描いた45作家約70点の油彩・版画・素描などの作品を通じて、ブルターニュの歴史や風景、風俗を幅広く紹介しています。

記事上部:アルフレッド・ギユ《さらば!》 1892年 油彩/カンヴァス 170×245cm カンペール美術館 Collection du musée des beaux-arts de Quimper, France

今回の特別展が見逃せない点は大きく3つ

ジャン゠マリー・ヴィラール《ドゥアルヌネ近郊のケルレゲールの岩場》 1878年 油彩/カンヴァス 60×90cm カンペール美術館 Collection du musée des beaux-arts de Quimper, France
ジャン゠マリー・ヴィラール《ドゥアルヌネ近郊のケルレゲールの岩場》 1878年 油彩/カンヴァス 60×90cm カンペール美術館 Collection du musée des beaux-arts de Quimper, France

今回の特別展の見どころは多く分けて3つあります。

一つ目は、ディープなフランスを知れるということ。ブルターニュは、パリっ子にとっては定番のバカンス先ですが、日本ではまだまだ知られていない地域です。豊かな自然と独自の文化を持つこの「辺境の地」は、19世紀のフランスでも「内なる異世界」としてエキゾティシズムに満ちた場所として捉えられてきました。

2つ目は、定番以外も知れるということ。ブルターニュ地方をフランスの近代絵画史からひも解くと、ゴーギャンやポン=タヴァン派の画家たちが集い「総合主義」が生まれた場所として知られていますが、それら前後の時期にも、ブルターニュの豊かな自然風土と人々の姿に魅了された画家たちは多くいました。今回の特別展では、約1世紀の間に様々な様式で描き出されたブルターニュの姿を紹介しています。なかでもサロンを活動拠点とした画家たちによる大画面の作品には圧倒されるはずです。

3つ目はカンペール美術館の珠玉のコレクションを日本で見られるということ。カンペール美術館は1872年に開館した美術館で、ポン=タヴァン派以外にもブルターニュに関連する絵画を多く持ち、その充実度はフランス随一です。

特別展の流れも3章に分けて展開

今回の特別展では、3つの章に展示作品を分けています。順に見ていくことで、画家たちがどのようにブルターニュに魅了され、新しい作風を生み出し、それがフランスの絵画界全体に影響を与え新たな発展につながり、それが再びブルターニュにどんな返答を送ったのかが分かります。

第一章「ブルターニュの風景 ―豊饒な海と大地」

テオドール・ギュダン《ベル゠イル沿岸の暴風雨》 1851年 油彩/カンヴァス 131.5×202.5cm カンペール美術館 Collection du musée des beaux-arts de Quimper, France
テオドール・ギュダン《ベル゠イル沿岸の暴風雨》 1851年 油彩/カンヴァス 131.5×202.5cm カンペール美術館 Collection du musée des beaux-arts de Quimper, France

ブルターニュは、19世紀前半にロマン主義の文学者たちが「未知なる土地」や「異郷」 として描き出し、多くの画家の創造性を刺激しました。美しい自然の造形と、ブルトン語を話しケルトの伝統が色濃く残る風習のなかで生きる人々に対して関心の高まり、サロン(官展)においてのブルターニュ絵画の流行へとつながりました。

画家たちがまず関心を持ったのが、岬の絶景や岸壁 に打ち付ける波といったブルターニュの自然です。サロンで活躍した画家たちは、厳しい自然と共に生きるブルターニュの人々の姿を確かな描写力で描き出し、人気を博しました。そして荒野、森、畑などが織りなす内陸部を、画家たちは荒涼とした大地として描くこと で、不毛の大地というブルターニュの典型的なイメージを作り上げました。

アドルフ・ルルー《ブルターニュの婚礼》 1863年 油彩/カンヴァス 138×203cm カンペール美術館 Collection du musée des beaux-arts de Quimper, France
アドルフ・ルルー《ブルターニュの婚礼》 1863年 油彩/カンヴァス 138×203cm カンペール美術館 Collection du musée des beaux-arts de Quimper, France

19世紀はパリで急速な近代化が進む一方で、それに対するように素朴な生活を続けるブルターニュの人々の暮らしぶりや、「パルドン祭」に代表されるブルターニュの人びちの信仰心も、魅力的なテーマとして取り上げられました。

第二章「ブルターニュに集う画家たち ―印象派からナビ派へ」

ポール・セリュジエ《さようなら、ゴーギャン》 1906年 油彩/カンヴァス 65×92cm カンペール美術館 Collection du musée des beaux-arts de Quimper, France
ポール・セリュジエ《さようなら、ゴーギャン》 1906年 油彩/カンヴァス 65×92cm カンペール美術館 Collection du musée des beaux-arts de Quimper, France

第二章では、印象派に代わってナビ派が誕生する経緯について、作品を通して理解します。

ブルターニュの土着的な習俗や自然は画家たちに格好の画題を提供しましたが、果てしない海と広がる空は、画材を携行して各地を旅をした風景画家たちの心を捉えました。ウジェーヌ・ブーダ ンが描いた空の様子は、印象派に先駆けた自然描写となりましたし、 ポスト印象派のポール・ゴーギャンは「原始的なもの」への憧れを異邦に求めて最終的にタヒチまで行きますが、その前段階としてブルターニュへ関心を寄せ、1886年には同地の小さな村であるポンタヴァンにたどり着いています。

ゴーギャンのエミール・ベルナールやポール・セリュジエらとの出会いは、太く明確な輪郭線と平坦な色面構成を特徴とする「クロワゾニスム」を作り上げ、この「ポン=タヴァン」の誕生によってブルターニュはフランスの近代絵画史上の重要な時代のひとつとなっています。

モーリス・ドニ《フォルグェットのパルドン祭》 1930年 油彩/カンヴァス 54.5×82.5cm カンペール美術館 Collection du musée des beaux-arts de Quimper, France
モーリス・ドニ《フォルグェットのパルドン祭》 1930年 油彩/カンヴァス 54.5×82.5cm カンペール美術館 Collection du musée des beaux-arts de Quimper, France

さらに、ゴーギャンの教えをセリュジエがパリに持ち帰ったことにより、ピエール・ボナールやモーリス・ドニらによる「ナビ派」誕生へとつながっています。心象的なイメージを重んじ、色面と線で大胆に表現する手法をさらに発達させることで、印象派に代わる新たな表現を作り上げていきました。

第三章「新たな眼差し ―多様な表現の探求」

リュシアン・シモン《じゃがいもの収穫》 1907年 油彩/カンヴァス 102×137cm カンペール美術館 Collection du musée des beaux-arts de Quimper, France
リュシアン・シモン《じゃがいもの収穫》 1907年 油彩/カンヴァス 102×137cm カンペール美術館 Collection du musée des beaux-arts de Quimper, France

ゴーギャンが去った後のブルターニュでは、パリの美術動向と歩を合わせるかたちで画家たちがさまざまな絵画表現を試みました。 1870年代に誕生した印象派や1880年代に登場した新印象派の特徴と筆触は、ポン=タヴァン派の画家たちにも継承され、マキシム・モーフラやフェルディナン・ロワイアン・デュ・ピュイゴトーらによる風景画の中で、さらなる発展しました。

1880年代にサロンは民営化され、旧来のアカデミックな表現を脱した新たな表現の可能性が模索されていきます。シャルル・コッテやリュシアン・シモンに代表される世紀末に台頭した「バンド・ノワール(黒い一団)」と呼ばれる一派は、ブルターニュを拠点としながらギュスターヴ・クールベやオランダ絵画からの影響を受けて、暗澹たる風景を描いています。

シャルル・コッテ《嵐から逃げる漁師たち》 1903年頃 油彩/厚紙 54×75cm カンペール美術館 Collection du musée des beaux-arts de Quimper, France
シャルル・コッテ《嵐から逃げる漁師たち》 1903年頃 油彩/厚紙 54×75cm カンペール美術館 Collection du musée des beaux-arts de Quimper, France

20世紀に入ると、フォーヴィスムやキュビスムなど前衛的な絵画表現が展開されていきます。この動向はブルターニュの画家たちにも無縁ではなく、民族衣装姿の女性など、ブルターニュの典型的なイメージが新たな様式で描かれ続けました。

名称
SOMPO美術館
住所
東京都新宿区西新宿1-26-1
開催期間
2023年3月25日〜6月11日

カンペール美術館のあるカンペールはどんなところ?

サン・コランタン大聖堂(左)と県立ブルターニュ博物館(右) ©︎LAMOUREUX Alexandre
サン・コランタン大聖堂(左)と県立ブルターニュ博物館(右) ©︎LAMOUREUX Alexandre

ブルターニュの文化は、海を隔てたイギリスから渡ってきたケルト人によって築かれました。ケルト人が上陸したのがブルターニュ地方のフィニステール県であり、その中心的な町がカンペールです。パリ・モンパルナス駅からTGVで約4時間の距離にあります。

町の中心にはオデ川が流れ、右岸にサン・コランタン大聖堂が建っています。同大聖堂の北側に市庁舎があり、そのすぐ隣にカンペール美術館があります。またサン・コランタン大聖堂の南には、隣接して県立ブルターニュ博物館があり、ここにはブルターニュの民族衣装や伝統的な家具などが展示されています。ケルト文化を知るためには、もってこいの場所です。

カンペールで、もうひとつ忘れてはいけないのがカンペール焼。青や黄色の縁取りに、花・鳥・人物を描いたカラフルな紋様が特徴的です。町にはカンペール焼の工房や、陶器博物館もありますので、あわせて訪れてみてください。

名称
Musée des beaux-arts de Quimper(カンペール美術館)
住所
40 Place Saint-Corentin 29000

筆者

フランス特派員

守隨 亨延

パリ在住ジャーナリスト(フランス外務省発行記者証所持)。渡航経験は欧州を中心に約60カ国800都市です。

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