144. ウズベク語、ロシア語、タジク語、カラカルパク語...。とにかくカオスなウズベキスタンの言語事情

公開日 : 2024年05月01日
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サローム(こんにちは)!

海外に行くときは「こんにちは」「ありがとう」「トイレはどこですか?」など、その国の言語の基本会話やサバイバル会話を覚えておくという方は多いはず。しかし旅先がウズベキスタンの場合、覚えるべき言語はウズベク語とロシア語か?という問題が発生します。多くの旅行者がお世話になっているであろうガイドブック『地球の歩き方』巻末の単語・会話集にも、ロシア語と中央アジア各言語の両方が載っているのです。
ウズベキスタンで暮らす私にとってもなかなか興味深い、そして時折頭を悩ませてくるこの国の言語事情。各言語のいくつかのフレーズも交えながら、素人なりに解説してみます。ウズベキスタン旅行をさらに楽しむため、そして現地の人々との会話を弾ませるため、ぜひ頭の片隅に入れておいてください。

ウズベキスタンはどこでもロシア語が通じるイメージがありますが、実は国の公用語はウズベク語のみで、公式ではロシア語の地位は定まっていません。しかし「旧ソ連のためロシア語がよく通じ、事実上の準公用語になっている」という説明がなされた資料もよく見かけます。これはまさにその通りで、ソビエト連邦から独立して30年以上たつにも関わらず、いまだにロシア語はそれなりの地位を保っています。都市部の人々やソ連時代に教育を受けた人々の多くはロシア語を話すことができます。
また多民族国家ウズベキスタンにおいて、民族間の共通語として使われる言語としてもロシア語は大きな役割を担っています。この国に住むタタール系やウクライナ系、アルメニア系などの民族は、それぞれの民族言語よりロシア語が得意な人が多いです。この国で異彩を放つ少数民族である、1930年代などに極東から中央アジアに強制移住させられた高麗人(コリョサラム)と呼ばれる朝鮮系民族も基本的に母語はロシア語。

ウズベク語・ロシア語併記看板
読めそうで読めない文字、キリル文字が使われるロシア語。動物園で見つけたこの「手に気をつけて」の看板はウズベク語・ロシア語併記

民族構成の統計を見ると、全体の8割以上とこの国で圧倒的多数を占めるのがウズベク系。当然彼らの母語はウズベク語...かと思いきや、一概にそうとは言い切れません。この国の主な公立学校は、ウズベク語がメインで教えられるウズベク語学校と、ロシア語がメインで教えられるロシア語学校に分かれますが、ウズベク人家庭なのにロシア語学校に子供を通わせている家庭もあるのです。ロシア語が上手だといい仕事に就きやすいという傾向が未だにあるようです。

ウズベク語とロシア語の教科書
本屋で売られているロシア語とウズベク語の教科書

さらにロシア系の割合が多い首都タシケントは当然ながらウズベキスタンのどの地域よりもロシア語が浸透している町で、ウズベク人同士の会話でもロシア語を使ったり、ロシア語とウズベク語を完全にごちゃ混ぜで話す...といった光景も見受けられます。「ルー語」のようにウズベク語の文の中のある単語をロシア語にするだけではなく、一文一文をそれぞれ異なる言語で話すこともあり得るのです。彼らに話を聞くと、最初に頭に浮かんだ言語がそのまま口から出てくるのだ...といいます。一般の日本人には到底理解できない感覚です。

ウズベク語とロシア語はどれぐらい似ているの?と聞かれますが、実はとても似ても似つかない言語。ウズベク語が属しているのはテュルク諸語という言語グループで、カザフ語やトルコ語などに近く、また文法は日本語と似ています。一方ロシア語は英語など多くのヨーロッパの言語と同じインド・ヨーロッパ語族という言語グループに属しています。この国の人々の多くは、全く違う2つの言語をいとも簡単に操ってしまうのです(なおロシア系の人々はウズベク語をあまり解さないことが多いです)。
全く違う言語とはいえ、ロシア語からウズベク語に入ってきた語彙も多いです。空港(аеропорт アエロポールト)や列車(поезд ポーイェズド)、テレビ(телевизор チェリェヴィーザル)など、昔はこの国に存在せずロシアやソ連を通じて持ち込まれた物が主に当てはまります。が、昼食(обед アベード)や夕食(ужин ウージン)といった単語も現在はロシア語由来の単語の方が主流で、果ては大丈夫(Нормально ナルマーリナ)や私が思うに...(Помоему... パマエムー...)といった表現までロシア語のまま使っている人も。どの言語を話そうと、とりあえず分かればいいというウズベク人のおおらかさが感じられます(?)。

タシケントの風景
ソ連時代の建築が豊富に残るエリアも多いタシケント。ロシアの地方都市みたい...と感じる人も

旅行者にとってはどっちの言語を覚えておけばいいのでしょうか。もちろんどっちも覚えておくのに越したことはありませんが、この国の人々は外国人ならロシア語を話せるものと思っていることが多いので、まずはロシア語の基本会話を覚えておくといいかと思います。ただウズベク語でも「こんにちは」「ありがとう」などの最低限のフレーズを覚えておくと、相手がウズベク系であれば喜ばれること間違いないでしょう(相手がロシア系と分かれば全てロシア語で話した方がよい)。また値段交渉などに備えて数字をしっかり覚えたい場合、ロシア語はなかなか難しいのでウズベク語で覚えておくことをおすすめします。
なお母語がウズベク語のはずのウズベク系でも外国人がウズベク語を話すことを想定していないらしく、混み入った会話をウズベク語でやろうとしてもロシア語で返されることがままあり、これがウズベク語ならある程度話せるもののロシア語はあまり話せない私の悩みです。単に私のウズベク語力がまだ低いだけかもしれませんが...。

またロシア語を覚える場合でもウズベク語を覚える場合でも、できればキリル文字を学んでいった方がいいでしょう。以前全てキリル文字で書かれていたウズベク語は、独立後にラテン文字(英語やローマ字などで使われる文字)に切り替えられることになったはずですが、いまだにキリル文字表記のウズベク語も多く見かけます。キリル文字が読めるようになれば、旅行がかなり楽になるはず。今さら新しい文字を覚えるのか...とお思いの方もいるでしょうが、我々日本人は2、3000以上の文字をすらすら読むことができる人種。キリル文字だって本気を出せば数日で学ぶことができるはずです(多分)。

ウズベク語・ロシア語併記のスローガン
コロナ禍のときに出現した「家にとどまって(ステイホーム)」のスローガン。上からウズベク語ラテン文字、ウズベク語キリル文字、ロシア語

この言語事情は、サマルカンドやブハラに行くとまた一層ややこしくなります。これらの町の中心部に住む生粋のサマルカンド人やブハラ人は、伝統的にウズベク人ではなくタジク人。彼らの母語はタジク語で、何と彼らの多くはタジク語、ウズベク語、ロシア語を自由に使い分けているのです。このタジク語、イランで話されているペルシャ語に近い言語で、ウズベク語とは全く文法が違います。無理やり日本で例えると、京都の洛中でのみ母語が中国語の人々が住んでいるようなものでしょうか。
さらに古来からシルクロードのオアシスとして栄え、民族が入り混じる地で暮らしてきたサマルカンド人やブハラ人はもともと言語能力が高く、英語や日本語などの外国語も上手に話せる人が多いのです。日本人には羨ましすぎるマルチリンガルっぷり...。

ウズベク語やトルコ語、タジク語やペルシャ語が分かる方は、これらの町に行った際はぜひ人々の会話に耳を澄ませてみましょう。ある場所ではタジク語、ある場所ではウズベク語と、聞ける言語がめくるめく変わるはずです。例えば私は度々サマルカンド市内の大学で観光学の講義を行っていますが、講義を担当するのはロシア語クラスなのに私はウズベク語しか話せないので、私が話したウズベク語を同僚教授がロシア語に訳して学生たちに伝えてくれます。しかし学生と教授の個人的な会話になるとタジク語が登場。同じ空間内でウズベク語、ロシア語、タジク語の3言語が行ったり来たりし、毎回脳みそがバグっています。

タジク語新聞
サマルカンドで売られているタジク語新聞。「サマルカンドの声」の意味

しかし面白いことに、これらの町でも文字としてタジク語を見る機会はなかなかありません。彼らにとってあくまでタジク語は「話すため」の言語であり、上記写真の新聞は例外として文字で記すことはほとんどないようです。ごくたまにサマルカンドの住宅街などでタジク語モニュメントを目にすることがありますが、文字としての貴重なタジク語として私はその度写真に収めています。

タジク語モニュメント

この国の公式統計ではタジク人人口の割合は全体の5%ほどですが、実際の数はその数倍で、人口の2~3割はタジク人が占めるという説もあります。ソ連時代にこの地域の民族が定められたとき、ウズベク語を話すことのできるタジク人はウズベク人と分類されたためこのような状況になってしまったとのこと。またかつてはこの国に多くあったタジク語学校も、今はほとんどないそうです。このことからも、ウズベキスタンでタジク語がある意味「隠された」言語ということが分かるでしょう。しかしこの言葉がサマルカンドやブハラで堂々と話されているのがおもしろいところです。
他にもフェルガナ盆地のリシタン、ナヴォイ州のヌラタなど、タジク人が多数派を占める町や村は国内に点在しています。ウズベキスタン国内のタジク語は地域によって方言の差異がありますが、いずれもタジキスタンのタジク語(標準タジク語)とはかなり違うとのこと。私はサマルカンド人とタジク語で話してみたいと思い一時期教科書を買って勉強していましたが、そこで学んだタジク語をサマルカンド人たちに話すと大爆笑されてしまいました。彼らにとって外国人がタジク語標準語を話しているのは相当奇妙に聞こえたようです。

モスクのタジク語表記
タジキスタン国境近く、カシュカダリヤ州の山岳地帯の村ギロンのモスクで見つけたタジク語表記

最後に、ウズベキスタンの言語事情を紹介する上でこの言語を取り上げないわけにはいきません。「スタンの中のスタン」、自治共和国の地位を与えられている国内最西部のカラカルパクスタン共和国を中心に暮らしている少数民族カラカルパク人。彼らが話しているのがカラカルパク語です。
このカラカルパク語、先述のタジク語とは違ってカラカルパクスタン共和国の公用語としての地位を与えられているため、どこでも表記を見ることができます。まずカラカルパクスタンの玄関口、ヌクス空港の看板がこれ。カラカルパク語が最も目立つように描かれています。

ヌクス空港のカラカルパク語表記
カラカルパク語のスローガン
国内のあちこちで見る年ごとのスローガンも、芸が細かいことにカラカルパク語版が用意

もちろん耳でもしょっちゅうカラカルパク語を聞くことができます。この言語はどちらかといえばウズベク語よりカザフ語に近い言語で、ウズベク語学習者がカラカルパク人と話そうとすると少し戸惑うことでしょう。ヌクスで活動していた私の先輩JICA隊員いわく、カザフスタンに行ったときにカザフ人にカラカルパク語を話してみたら、何でおれたちの言葉が分かるんだ!と喜んでくれたとか...。

ロシア語・カラカルパク語辞書とカラカルパク語の絵本
ヌクスの中央バザールで売っているロシア語・カラカルパク語辞書とカラカルパク語の絵本

しかしこのカラカルパクスタン共和国もまた多民族地域。カラカルパク人、ウズベク人、カザフ人の割合がだいたい同じとのことで、特に州都ヌクスともなると人々の間であらゆる言語が飛び交うことになるのです。
ウズベキスタンではどこでも様々な民族、いろいろな言語が共存しているということがお分かりいただけたかと思います。

最後に、旅行で役立つウズベク語とロシア語の基本フレーズをいくつかご紹介しましょう。ぜひ出発前に覚えて行ってください。

●ウズベク語基本フレーズ
こんにちは:Assalom Aleykum. 【アッサローム・アレイクム】
やあ!:Salom! 【サローム】
(どうも)ありがとう:(Katta) Rahmat. 【(キャッタ・)ラフマット】
さようなら:Xayr. 【ハイル】
すみません:Kechirasiz. 【ケチラスィズ】
私は日本人です:Yaponman. 【ヤポンマン】
英語は分かりますか?:Inglizchani bilasizmi? 【イングリスチャヌ・ビラスィズム】
いくらですか?:Nech pul? 【ネチプル】
安くしてください:Arzonroq qiling. 【アルゾンロック・キリン】
これをください:Buni bering. 【ブヌ・ベリン】
トイレはどこですか?:Hojatxona qayerda? 【ホジャットホナ・カイェルダ】

●ロシア語基本フレーズ
こんにちは:Здравствуйте. 【ズドラーストヴィチェ】
やあ!:Привет! 【プリヴェート】
(どうも)ありがとう:Спасибо (большое). 【スパシーバ(・バリショーエ)】
さようなら:До свидания. 【ダスヴィダーニャ】
すみません:Извините. 【イズヴィニーチェ】
日本から来ました:Я японец. 【ヤー・イポーニェツ】(男性の場合)/Я японка. 【ヤー・イポンカ】(女性の場合)
英語は分かりますか?:Вы понимаете по английски? 【ヴィー・パニマーエチェ・パ・アングリースキ】
いくらですか?:Сколько стоит? 【スコーリカ・ストーイト】
安くしてください:Есть скидка? 【イェスチ・スキートカ】
これをください:Дайте мне это. 【ダーイチェ・ムニェ・エータ】
トイレはどこですか?:Где туалет? 【グジェ・トゥアリェート】

なお私がJICA青年海外協力隊観光隊員として活動している観光案内所(103. 特派員が活動中のサマルカンド観光案内所ご紹介!学生スタッフがガイドする街歩きミニツアーも開催)では、日本語学生スタッフがお教えするミニウズベク語レッスンや、ウズベク語・タジク語オリジナルテキストの販売を行っています。せっかくだから旅行中にウズベク語を学んでみたい!という方はぜひ。

それではコルシュグンチャ・ハイル(また会う日まで)!

筆者

ウズベキスタン特派員

伊藤 卓巳

根っからのスタン系大好き人間です。まだまだ知られていないウズベキスタンの魅力や情報を、サマルカンドより愛をこめてお伝えします!

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