【京都】2024「京の冬の旅」非公開文化財特別公開「飛雲閣」

公開日 : 2024年02月11日
最終更新 :
筆者 : Akio

2024「京の冬の旅」非公開文化財特別公開では、「飛雲閣」が公開されています。

西本願寺・飛雲閣
拝観料
800円
住所
〒600-8501京都市下京区堀川通花屋町下る本願寺門前町
市バス「京都駅前」より9番、28番、75番(西賀茂車庫行など)に乗車、「西本願寺前」で下車
京阪バス「京都駅八条口」より311番、312番に乗車、「西本願寺」で下車。
京の冬旅「京都非公開文化財特別公開HP

https://ja.kyoto.travel/event/single.php?event_id=7336

世界遺産・西本願寺は、浄土真宗本願寺派の本山「龍谷山本願寺」と言います。
数多い国宝・重要文化財の建造物のなかでも、今回公開されている飛雲閣(国宝)は、
鹿苑寺「金閣」と慈照寺「銀閣」と合わせて「京の三名閣(三閣)」に数えられる名建築でもあります。

2024「京の冬の旅」非公開文化財特別公開・西本願寺・飛雲閣拝観では、インターネットでの
予約制と外観のみの拝観があり、外観のみ拝観に行って来ました。
飛雲閣へは西本願寺に入り、広い境内を進むと受付のテントが見えます。
受付を済ませ横の築地塀の門から入ると目の前に飛雲閣です。

飛雲閣の建物は、桃山~江戸初期の建築とされ、柱が細く障子が目立つ1層部分など、
全体が軽やかで空に浮かぶ雲のようだとして、その名がついたと言われています。
建物の一階は柳の間、八景の間、船入の間、茶室からなります。
二階は歌仙の間といい、戸板には三十六歌仙の絵が描かれいます。
三階は摘星楼(てきせいろう)とよばれ、軍配形の異形の花頭(かとう)窓を備えています。

飛雲閣とは・・・・・

飛雲閣は、豊臣秀吉が造営した聚楽第(じゅらくだい)にあったものを寛永年間(1624~44)に
現在地に移建したと伝えられますが、詳細の建築年代やその背景はまだ不明な点も多く確証はありません。

また近年の説では、秀吉が聚楽第の後に築城した『京都新城』の遺構という説もあります。

豊臣秀吉と本願寺の関わりは深く、秀吉ゆかりの遺構だと伝わる建築物が西本願寺には点在します。
それは、日暮門や能舞台や対面所、虎渓の庭などですが、いずれも聚楽第、伏見城の遺構と伝わっています。
外観参拝では飛雲閣のある名勝「滴翠園庭園」も少し見られます。

「滴翠園庭園」には、田舎家風の外観の茶室「澆花亭(ぎょうかてい)」や四阿(あずまや)
「胡蝶亭」などがあります。

こちらは鐘楼。
鐘楼は、間口1間、奥行1間、単層、屋根は切妻造り、本瓦葺きです。
装飾や彫刻が豪華で、明治43年(1910)に国の重要文化財に指定されています。
安土桃山時代の建築様式で、装飾に金や漆を多様した豪華絢爛で緻密な様式で造られています。
梵鐘は今も毎日午前5時半に撞かれています。

2024「京の冬の旅」非公開文化財特別公開・西本願寺・飛雲閣の公開は
3月3日までです。

筆者

京都特派員

Akio

京都は平安京の頃から、今に至るまで様々な歴史が残っている町。歴史と季節を訪ねながら京都特派員ブログを、綴って行ければと思います。

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