海外旅行・観光情報の「地球の歩き方」TOP > ヨーロッパ > イタリア > ローマ > 観光スポット > トレヴィの泉

イタリアトレヴィの泉Fontana di Trevi

ローマイメージ

“ローマへもう一度戻りたいと願うなら、後ろ向きにコインを投げよ”といういかにもロマンチックな言い伝えのため、世界中から来る観光客が必ず立ち寄るのがここ、トレヴィの泉だ。
ポーリ宮 Palazzo Poliの壁面中央に刻まれた勝利のアーチを背に立つ海神ネプチューン、左右の2頭の海馬と、それを操るトリトン。建築と彫刻と水が一体になった、このバロック芸術の傑作は、1762年に若い建築家ニコラ・サルヴィ Nicola Salviによって完成された。
路地からこの泉の前に飛び出すと、初めは広場が予想外に狭いのに意外な感じを受ける。しかしすぐに、足元に広がる水面と周囲を囲む建物が作り出す、光と音の二重の楽しみに心を奪われるに違いない。今ではローマの代表的なモニュメントのひとつともいえるトレヴィの泉が完成するまでには、実はさまざまな紆余曲折があった。
帝政ローマ時代、町まではるばる引いてきた水道の末端に、工夫を凝らした泉を造ることはひとつの習わしでった。見事な噴水から勢いよくあふれる水は、資金を出した裕福な階級の人々や工事に携わった関係者の、名誉と誇りの印でもあったからだ。
トレヴィの泉の起源も紀元前19年、アウグストゥス帝の婿養子アグリッパ Agrippaが造らせた水道に遡る。水道は20kmにわたって「アクア・ヴェルジネ」(処女の泉)を運んでいた。最初のトレヴィの泉は樋から落ちる水を3つの水盤で受ける物だったが、ローマの町のあちこちにあったほかの泉や噴水と同様、「蛮族の侵入」で破壊された。
泉の再建は1453年、ニコラウス5世 Nicolò Ⅴの命でレオン・バッティスタ・アルベルティによって始められたが、工事は水盤をひとつにし、後ろの壁面に装飾を施すだけに終わった。その後約300年に渡って13代の法王がかかわり、1623年に法王ウルバヌス8世 Urbano Ⅷがベルニーニを起用してようやく実現するかに見えた本格的な工事も、法王とベルニーニの死でまたも棚上げとなった。
1730年、クレメンス12世 Clemente Ⅻは工事を完成させるため、コンクールで建築家を募り、その結果栄光を手にしたのが、当時ほとんど無名の若手ニコラ・サルヴィだったわけである。現在もサルヴィがベルニーニの残したデザインに基づいて造った物だという見方は根強く残っている。

住所
Fontana di Trevi
交通アクセス
トレヴィの泉は細い路地の先にあるので、バスなどは入らない。最寄りの地下鉄駅やバス停からやや歩く必要があるが、近くには行き先表示があるので、迷う心配はない。
地下鉄の場合はA線バルベリーニで下車し、トリトーネ通りを下り、サン・シルヴェストロ広場手前の小さな広場(いつもたくさんのバイクなどが駐輪してある)を左に入る。
バスの場合は、テルミニ駅から175番などで、バルベリーニ広場を過ぎたトリトーネ通りで下車し、後は上記地下鉄同様に歩こう。
コルソ通りからはコロンナ広場そぼのIntesa BCI銀行の脇からVia delle Muratteを入ると近い。

地球の歩き方からのオススメ情報

トレヴィの泉の口コミ

朝と夜は違って見えます

評価 ★★★★★

ここも朝早い時間に行くと、人が少なく泉のそばまで簡単に行けます。ま...

続きを見る

トレヴィの泉の口コミ一覧

ローマのおすすめホテル

ローマ の海外航空券

ローマのおすすめツアー