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川魚である鮎を使った「熟(な)れずし」を知っていますか?岐阜県を流れる長良川上・中流域を中心とした郷土料理です。岐阜県の人でもあまり馴染みがないであろう、この熟れずしについて、実際に食べてみました。
岐阜市を睥睨するように鎮座する金華山と岐阜城。その麓、岐阜大仏で有名な正法寺から西へ少し歩いた先に、「御鮨所跡」という岐阜市による案内板が立っています。案内板によると、同所は江戸時代の尾張藩の施設があった場所で、長良川の鵜飼でとれた鮎の加工品「鮎鮨(鮎熟れずし)」を製造していたそうです。
鮎鮨とは現在の鮨の原型と言えるものだそうで、酢を使わずに発酵によって酸味を出して作ります。江戸時代に徳川将軍の献上品として毎年5月から8月までの間に10回ほど、岐阜の笠松および名古屋を経由して、東海道を江戸へと5日間の予定で運ばれたそうです。そして江戸に着く頃に鮨は食べ頃になりました。
なぜ私がこの小さな看板がある同所に興味を持ったかというと、少し個人的な話になりますが、私の曽祖父の一人がこの辺りの生まれで、家は料理屋をしていたということを知ったからです。いざ同所を訪れてみたら、この御鮨所跡の案内板が立っていました。
その曽祖父は、その後料理人から身を起こして名古屋で喜多福という店を開き、愛知と岐阜を代表する発酵食品であり名物である守口漬を考案して、中京実業界へ出ました。また今は亡き祖母が言うには、曽祖父は若い頃に江戸へ行く人足のようなこともしていたそうです。その曽祖父の、かつての実家を尋ねて金華山の麓にやってきたところ、「料理が盛んな土地柄」「保存の効く発酵食品を扱っていた」「江戸へ行く人々と近かった」など、多くの要素が重なり合っていたのです。
この鮎熟れずしというものを食べてみたいと思いお店を探したところ、岐阜市内ではないのですが、親戚が暮らす岐阜の大垣市にある料亭でコース料理の中に組み込まれていました。
同店で食べてみたところ、クセはなく食べやすい。コースに組み込まれた一口サイズの料理だったということもあるかもしれませんが、清流に泳ぐ鮎のイメージそのままで、私が想像していた「熟れずし」とは異なっていました。
「熟れずし」という料理名を聞いて、私以外にも琵琶湖の「ふなずし」を連想する人は多いかもしれません。日本の農林水産省のウェブサイト「うちの郷土料理」によると、ふなずしとは琵琶湖でとれる主に子持ちのニゴロブナを使用して作られる料理です。フナを丸ごと漬け込むと、発酵中に産生する乳酸で骨が軟らかくなるため、骨まで食べることができるようになります。増えた乳酸菌による整腸作用もあり、栄養価も高く。滋賀県では古くから腹痛や体調不良の際は、薬の代わりに「ふなずし」を食す習慣があるといいます。
いずれの料理もそれぞれの滋味がありおいしいですが、もしふなずしが苦手で、熟れずしというものを敬遠している人がいれば、一度鮎熟れずしを食べてみてください。比較的食べやすく間口の広い料理です。
再び曽祖父のことに戻ります。守口漬は、守口大根(愛知と岐阜で収穫されるとても長細い大根)を塩および酒粕で何度か漬け、最後に味醂粕で漬けて味を整えることによって、風味をまろやかにしています。同じく酒粕で漬ける奈良漬は、強い酒の香りに苦手とする人もいますが、守口漬はそれがとても柔らかく、奈良漬が苦手な人でも食べられることが多いです。
この「食べやすい」という点でも、鮎の熟れずしと、曽祖父および喜多福から始まる名古屋の守口漬は近い関係にありました。